第十三話 荷物持ちという名の
「まずは……今年度邦画ナンバーワンとの呼び声高い作品! 『この、どうしようもなくモノクロな世界に、二人で色を付ける方法』を鑑賞! ラブストーリーの珠玉の名作を二人で見るわよ!」
「まだ半分残ってるけどな、今年度」
「そういう、あげ足を取る真似はやめて! ……一度見たいと思っていたのよ、私」
「お前の趣味かい!」
ユメに怒鳴りながら、思う……何でこんな事になったんだか。
金曜日は良かったのだ、金曜日は。
授業も平和に終わったし、ユメは入部三日目にして『用事がある』とか言って帰ったので、文化祭に向けての絵の制作も順調に進んだ。にしても、入部三日目でサボる度胸は凄いと思うぞ、正直。
家に帰っても平和だったのだ。ユメは夕食もそこそこに自室(二階の、俺の部屋の前の客間)に引っ込み、俺はやりかけのゲームを心行くまで堪能した。
「……お前もラブストーリーとか見るのか?」
「見るわよ。どちらかと言えば好きな方……なによ、その顔」
俺が似合わねぇ~という顔をしていたのを鋭く見咎め、殺人視線を送ってくるユメ。
「いや……サキュバスなのにラブストーリー、って」
「また貴方はそういう事を言う! サキュバス差別は辞めて!」
……問題は土曜日の朝八時、つまり今朝に起こった。
『痛てえ! なにしやがる!』
『八時よ、八時! 起きなさい、小太郎!』
自分の布団で惰眠をむさぼっていた俺を、ユメがフライングボディアタックで起こしたのが朝の八時。眠い目をこすりながら起きてみれば、見慣れたツインテールに、おかんの着ていたざっくりしたアジアンテイストの服に身を包んだユメの姿が。
『……なんだ、その格好』
『香澄さんが、あんな格好じゃ恥ずかしいからって貸してくれたの。似合う?』
そう言ってベットから降り、くるっとまわって見せるユメ。
あの母親が、ミニスカメイドの格好が恥ずかしい事を知っていた、という衝撃の事実に驚きながらもユメに視線を送る。
『……』
『……ど、どう? 変……かな?』
まあ正直、ユメは可愛い。サキュバスだから、という事実を差し引いても、十分に。そのユメが、上目遣いで不安げにこちらに視線を送ってくる姿はもう……
『萌えーーーー!』
びっくりした。居たのか、デビル小太郎。
『義理の妹が暴力的に起こしに来るという最早擦られ続けたシチュ! だが、だからこそ効果的! さらに不安げにしてくる上目遣いのダブルコンボ! あざとい! あざといまでに分かってるな! 葛城ユメ!』
……大丈夫か、俺。
『ふふふ、まだまだ甘いですね、デビル小太郎』
『あ、貴方は! し、師匠!』
エンジェル小太郎登場。何時から師弟関係が……ああ、来ないだ飲んだ時からか。
『確かにダブルコンボは強力です。ですが、それだけでは少し足りない。暴力的な目覚ましの後、『ふ、ふん! お兄ちゃんが中々起きないから悪いんだからね! ……で、でも……大丈夫?』と兄を心配してこそ萌え!』
『お、おお!』
『単にフライングボディアタックで起こすだけなら乱暴者の妹に過ぎません! 良いですか! 物事の本質を上っ面だけでなぞってはいけません! 『ヲ兄ちゃん萌え』! これが無い妹の何処に華があるのですか!』
『さ、流石師匠! このデビル、目から鱗が落ちまくりです!』
『ふふふ。萌えの道は一日にして成らず、です。さあ、行きましょう。私達の『遥か遠き萌え王国(アヴァロン)』へ!』
『はい! 師匠!』
重ね重ね……大丈夫か、俺?
『も、もう! なんとか言いなさいよね!』
『……悪くない』
不満げにしてくるユメにそう言ってやると一転、華が咲いた様な笑顔をしてくる。畜生、可愛いじゃねえか。
『……それで? 何だよ、こんな朝早くに。まさかファッションショーをしに来たのか?』
『あ、忘れてた。小太郎、デートに行くわよ!』
『……は?』
『は? じゃないでしょ! 言ったじゃない! アンタをイイ男にしてあげるって! 耳学問だけじゃ限界があるし、ならば実戦した方が早いでしょ!』
……は?
『ええっと……ごめん、日本語で頼む』
『徹頭徹尾日本語よ! なによ、不満なの!』
『別に不満じゃないけど……何で急に?』
俺の疑問に、ユメが服のポケットから財布を取り出し、中身を見せる。
『うお! 差別主義者の先生が五人も!』
『一万円って言いなさいよ。なによ、差別主義者って』
『アジア人はバカだ、ヨーロッパ人の真似をしろって言った人だぞ、あの先生は』
『そうなの?』
『脱亜入欧って言ってな』
『平等主義じゃないの? ちなみにソースは当時の日本人の一割が持っていた、って言う某ベストセラー小説』
『それは、『天は人の上にも人の下にも人を作らないって言うけど、ぶっちゃけ違うよね~』という本だ』
『本当?』
『『勉強してヨーロッパに追い付こうぜ! アジアなんて放っといてさ!』 だから、タイトルは学問のススメ』
『へー』
『まあ、先生のトリビアは置いといてだな。どうしたんだそれ?』
『香澄さんが、『女の子なのにあんな服一着だけじゃ駄目!』って言ってくれたの』
『……つまり、荷物持ちしろ、って事か?』
『失礼ね。道案内よ』
『たいして変わらん!』
『ちゃんとデートもするわよ! こんな美人とデートよ! 喜びなさいよ!』
『……』
……以上、回想終了。何故だろう、報われない感じがそこはかとなくするのは。でもまあ、ユメはニコニコ笑顔で楽しそうだし……
……ま、付き合ってやるか。
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