第十話 ユメの楽しいサキュバス講座
「楽しいね~、美術部!」
学校からの帰り道。ユメがそうやってにこやかな笑顔を向けてくる。
『ユメの入部を祝して!』とか部長が言い出し、あの後はトランプ大会になった。ババ抜きで部長と心理戦を繰り広げ、ポーカーで部長が荒稼ぎをして、七並べでダイヤの6を部長に止められたユメが泣きそうになって……と、まあそれなりに楽しかったのは事実だ。
……ただ、今日の活動内容は『美術部が楽しい』と言えるかどうかは甚だ疑問ではあるが。
「小太郎があんなこと言うから、もっと厳しい部活かと思ったわ。『バカ者! 良く見て見ろ! この絵の具は、京都六条苑の水彩絵の具だ!』とか『俺の筆は世界を変えるゼ!』みたいな?」
「何処の世界の美術部だ、それは」
「だよね。私もそう思ったわ」
そう言って良い笑顔で笑うユメ。
「それにしても……お前、本当にサキュバスか?」
「なによ、急に。信じてないの?」
信じてないっていうか……いや、まあ、信じているのは信じているケド……
「いや、今朝のおかんの変容を見れば信じるしかないんだけど……」
「歯切れが悪いわね? なに?」
「その……なんて言うか……普通だよな、お前」
そう。こいつ、マジで普通なんだよな。
「は? 普通って……何言ってんの?」
きょとんとするユメ。いや、だってさ? いにしえの魔法使いなり、魔女っ子なり……アニメとかゲームで人間界以外の所から来た奴って、大体人間界のルールとかが分からなくて、何かトラブルを起こしたりするもんだろう?
「でも、お前はちゃんと授業にもついてきてたし、トランプも出来た」
「ああ、そういう事ね」
そう言って得心いったようにうんと一つ頷くユメ。なんだよ?
「小太郎の中のサキュバスって、どんなイメージ?」
「サキュバスのイメージ? そりゃ……」
――淫媚で艶やか。
「――痛え! カバンで殴るな、カバンで!」
「う、うるさいうるさい! アンタ今、絶対変な想像した! この変態!」
「しょ、しょうがないだろう!」
だってサキュバスってそういうもんだろう?
「う、ううう……だからイヤなのよ、サキュバスって。そ、その……そ、『そういう事しか』頭に無い様なイメージがあって」
顔を真っ赤にしながらそんな事をのたまうユメ。
「ほ、本当のサキュバスは、努力家だし、好きな人には一途なの!」
「……そうなの?」
むしろ真逆なイメージなんだけど? 男をとっかえひっかえというか……
「……まあ、恋多き種族ではあるわよ」
「だろ?」
「で、でも! そりゃ、中にはそういう子もいるけど、普通のサキュバスはそうじゃないわ! そ、その……惚れっぽいのは間違いないけど……」
「そうなの?」
「一途なんだから、サキュバスは! 好きな人の為には何でもするの!! ただ……まあ、好きな人がコロコロ変わるのは否めないけど……し、仕方ないでしょ? 魅力的な人に惹かれるのは生物としての性じゃない!! 人間だってそうでしょ!?」
いや、まあその通りだけど。にしても……
「……その割には卒業試験とか言って好きでもない奴の所に行かせるのな?」
「う! そ、それは……わ、私は嫌だったんだからね! で、でも、しょうがないじゃない! そ、そういう決まりなんだし!」
「ぐふぅ!? わ、わかった! わかったから首を絞めるな!」
ギブギブ! 分かったから!
「と、とにかく! サキュバスの逸話の中に『その人の理想の姿で現れる』って話があるの知ってる?」
「んん? 聞いた事がある様な無い様な……」
「頼りないわね。なによ? こんなことも知らないの?」
「いや、そんな常識の様に語られても。サキュバスに異常に詳しい男子高校生ってイヤじゃね?」
「別に異常な程に詳しい必要は無いんだけど……まあ、とにかくそういう話があるのよ」
「ふむふむ」
「あれ、実は嘘なのよね」
「嘘?」
「ええ。サキュバスにしてもインキュバスにしても、生まれた時から……まあ、自分で言うのもなんだけど、美形は美形なのよ」
「まあな」
それは否定せんよ。ユメは間違いなく美少女だし。
「でもね? 幾らサキュバスって言っても、そんな相手の都合に合わせてホイホイ姿が変えれるわけ無いのよ。神様じゃあるまいし。どっちかって言えば悪魔よりだし」
「そう言われれば……まあ、そうかも」
「でも、生涯の伴侶にはやっぱり、『可愛い』とか『好き』とか言われたいじゃない? だから一生懸命、人間界の事を勉強するの。ファッションとか、流行とか、歌とか……とにかく、その人が好きそうな分野に思いっきり力を入れる」
「なるほど。その男好みの女の子になるってわけか。元々素材は良いんだし、そりゃ『理想の姿』になるわな」
「そういう事」
ユメの説明に納得。でも……
「何というか……人間の女の子より『女の子』してるな」
「でしょ?」
「サキュバスって、みんなそうなのか? そうだったら、俺、サキュバスのイメージがだいぶ変わるんだけど」
「う……そ、そりゃ中には、そうじゃないサキュバスも居るわよ」
そうじゃないサキュバスって……
「……淫媚で艶やか?」
「ままままままままっぴるまから何言ってんのよ!」
「違うのか?」
「……そ、そうだけど……で、でも! わ、私は!」
「わかったわかった」
つまり……ユメがとびっきり純情って事な。サキュバスなのに純情って……どうよ、それ?
「わ、分かればいいのよ!」
顔を真っ赤にして、そっぽを向くユメ。
「それじゃ、今のお前って……俺の理想の姿なのか?」
俺の台詞に、心底イヤそうな顔をするユメ。一瞬前の、顔を真っ赤にしてたのが嘘の様な、非常に冷めた目。
「はあ? アンタ、何言ってんの? 『生涯の伴侶には』って言ったでしょ? 小太郎は練習台、卒業試験の課題、モルモット。分かった?」
……をい。
「……そこまで言うか?」
「でも……設定はそうしたでしょ?」
「設定?」
「幼馴染で義理の妹でお姉さん的キャラ。好きなんでしょ? 人間界の男は」
「……」
「違うの? なんかのブログで、『取りあえず『義妹』を出しとけば鉄板』って書いてあったんだけど?」
「いや、あながち間違ってはいないけど……」
義妹が嫌いな男なんぞは居ないと声を大にして叫びたい。
「あと、『ツインテールで絶対領域。使い古されている感こそあるが、王道はどこまで行っても王道!』とも書いてたから、そうしてみたんだけど……これも違う?」
「間違ってはいないが、偏っていると思う」
どんなブログを読んだんだ? 逆に気になるぞ、それ。
「まあ、一般受けしそうな物を選んでみたのよ」
「むしろマニア受けしそうな感じもするが……」
「いまさら設定変えられないし、もういいわよこれで。どうせ小太郎向けだし」
「……もう少し力を入れてくれ」
「なに? 小太郎、私に惚れちゃったりしたの? 辞めてよね、感じ悪い」
「……」
感じ悪いってなんだ、感じ悪いって! ああ……すげえ殴りてえ。
「ま、とにかく私達サキュバスは努力してるって事。分かった?」
「お前は、だろ?」
「そ、その……い、淫媚なサキュバスだって努力してない訳ではないからね! 方向性が私とは違うだけで!」
「そうですか」
まあ、それは分からんでもないが。そんな俺に、ユメはジト目を浮かべて。
「そうよ! だから、アンタも努力しなさい!」
「……は?」
何言っての、コイツ? 努力?
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