第九話 聖母様は余所見中


「……どれだけ失礼なんですか。弱みなんか握って無いですよ!」




「じゃあ何だ! アレか、催眠か? 催眠術でこの子を意のままに操っているのか!」




「アンタは少し落ち着け! 何だ、催眠術って! 部長、漫画の見過ぎですよ!!」




 しかもアンタの年齢で見ちゃダメなヤツだろ、それ!!




「じゃあ、この子はなんなんだ!?」




「俺の妹ですよ! 義理のっ!!」




「……」




「……」




「……小太郎」




「……なんですか?」




「……お前にこの言葉を贈る。傾聴」




「……はい」






「『それ、なんてエロゲ?』」






「……」




「……つくならもう少しマシな嘘をつけ! 舐めてるのか、お前は!!」




「う、嘘じゃないし舐めてなんてないです! 本当です!」




「まだ言うか!」




 ブチギレた部長が俺の胸倉を掴む。ちょ、ストップストップ! 胸倉を掴むなっ!!




「遅くなりました!」




 今にも部長の拳が俺の頬にクリティカルヒットしそうになったその瞬間。そう言って美術部のドアを開けて入って来たのは一人の女子高生。髪は高めに結ったポニーテールに、大きな瞳。小鼻で、背はすらっと高い美少女。




「すいません、ちょっと職員室で先生に……って、何してるんですか、部長?」




「綾乃! このバカが! このバカが! 染めてはいけない方向性の過ちに手を染めてしまった!! この部から犯罪者が……犯罪者が出るんだぞ!!」




「って、ぶ、部長! なんで、葛城の胸倉を掴んでいるんですか!」




「聞け、綾乃! このウチの出来そこないは、あろう事かこんな美少女に犯罪まがいの方法で手を出しやがった! しかも言うに事かいて『義理の妹』だと? 法が許してもこの私が許さん!」




 部長がビシっとユメを指さす。指先に視線を向けた美少女がきょとんとした顔をして見せる。




「妹って……あれ? ユメじゃん」




「あ、委員長」




「知り合いか?」




「ええ。今日、ウチのクラスに来た転校生です」




「……なに?」




「ちなみに本当に葛城の妹です。義理の」




「……」




「……」




 そっと、部長が俺の胸倉から手を離す。そのまま、俺の乱れた胸元を直し、優しい瞳をユメに向ける。






「……心から入部を歓迎するよ、ユメ」






 にこやかに笑って右手を差し出して――って、おい!!




「ちょっと待て! 無いのか? 謝罪は無いのか!」




 俺の言葉に部長が『うぐぅ』と言葉に詰まる。が、それも一瞬、部長は『うがー』っと気炎を上げた。




「ち、違うなら違うとなぜ言わない!」




「言ってましたよ! これ以上無いぐらい声高に主張してたわ!」




「何時何分何秒! 地球が何回まわった時だ!」




「小学生か!」




「ふん、言えないじゃないか! 証拠が無いなら人を犯人扱いするな!」




「アンタは……もう良いですよ」




 呆れ果ててため息も出ない俺にかかる声。




「災難だったね、葛城」




 声の方に顔を向ける。そこには先ほどの美少女の顔。






 ……その、あまりの近さと……その、綺麗さに思わずどきっとする。






 一年一組学級委員長で、天英館高校美術部の最後の一人、藤堂綾乃。成績優秀で学年トップ、品行方正、スポーツ万能。中等部一年の夏まではテニス部の期待のホープと言われた逸材だが、何故か油絵に目覚めて美術部入部を果たした変わり種。一年の時からずっと学級委員長の要職を歴任し、それでもそんな所を鼻にかける事無く、男女問わず人気のある女子高生。そのあまりの万能っぷりに、ついたあだ名が『藤堂綾乃に死角無し(アルマダ)』。ちなみに、『アルマダ』とは、スペイン帝国の無敵艦隊の事だ。大航海時代を元にした某シミュレーションゲームにハマった修斗が名付け親だ。天英館高校一年一組『彼女にしたい女の子』『幼馴染にしたい女の子』『ギャルゲーのヒロインにしたい女の子』の三冠に輝く女の子である。当然、狙ってる男子も多く、俺だって憎からず思っているわけでして……




「ま、まったく、あの部長は……」




 少し赤くなった頬を悟られないよう、わざとぶっきらぼうにそう言ってみる。




「まあまあ。それに、教室でもあんな反応だったじゃん? クラスの男子なんか『嘘だ~! 何で小太郎ばっかり!』って言ってたし」




 ……まあ、確かに。男子どもの嫉妬やら怨嗟の視線を受ける受ける。しまいには、『ユメちゃんは将来、ろくでも無い人生を送る小太郎をなんとかしたいと思った、小太郎のひ孫から送られてきた未来の世界の人型ロボットだ』なんて言い出した奴まで居た。それ、なんてユメエモン? まあ修斗バカの言った事だから仕方ないけど。




「……だからと言って慣れているわけでは無いんだけどな」




「……だね」




 そう言って苦笑を浮かべる委員長に俺も苦笑で返す。




 委員長と俺の付き合いは長い。中等部の一年の頃からずっと同じクラスで、席も近場。だもんで、『学級委員長』のイメージはズバリそうでしょうの人か、藤堂綾乃かってぐらいに『委員長』のイメージは『委員長』だ。ちなみに修斗もずっと同じクラスだが、修斗のイメージはただの『バカ』である。




「それにしても……いいの?」




「何が?」




「部長、ユメに何か吹き込んでいるけど?」




「なに?」




 委員長の言葉に顔を向けると、椅子に座らせられたユメがこちらを向いて『ヘルプミー』の合図を出していた。




「……いいか、ユメ。今すぐ葛城小太郎と兄妹の縁を切れ。そして私と『スール』の契約を……」




「待て」




「なんだ?」




「なんだじゃないです! 何をしてるんですか!」




「なに、ちょっと姉妹の契りを、な」




「『姉妹の契りを、な』じゃないです! アンタ、何考えてるんだ!」




「だってツインテールに絶対領域だぞ?」




「なに、その『当然だろう』みたいな言い方!」




「大丈夫だ、マリア様はライトノベルに夢中だし」




「意味が分からんわ!」




 ユメが怯えたように俺の服の袖をぎゅっと握ってくる。よしよし、怖かったのか。




「こ、小太郎」




「大丈夫だ。ちょっと……少し……だいぶ……人として間違った人ではあるが、取って食われる事は多分無い」




「おい後輩」




「何ですか先輩」




「その言い方は失礼だろう? 私はただ、ユメと健全な関係を築こうとしているだけだ」




「姉妹の契りを結ぼうとしている時点で健全じぇねーよ!!」




「多様性の時代だろう? ああ、ちなみに恋愛感情はないぞ? 私は可愛い物は徹底的に愛でる派だ!! いつか綾乃とも……と、思っている!!」




「胸を堂々と張るな! 節操が無さ過ぎるわ!」




 肩でぜーはー息をする俺。なんだ、今日は朝から大声ばっかり上げている気がするぞ。




「まあスールの誓いはおいおいだ。取りあえず、ユメ」




「は、はい」




 名前を呼ばれ、びくっと体を震わしながらも、ユメがおずおずと俺の袖から手を離し部長に視線を向けた。




「転校前は帰宅部といったな? 君は美術に興味があるのか?」






「あ……え、えっと……」




 言葉に詰まるユメに部長が手をひらひらと左右に振って見せる。




「ああ、すまない。責めているわけではないぞ? 小太郎と一緒に居たい、というのがどういう感情かは分からんが……まあ、転校したてで知り合いも居ない状況だ。義理とは言え、兄妹のいる部活の方が居心地が良いという気持ちも分からんではない」




 違うか? と問う部長におずおずと頷くユメ。そんなユメに、部長は『そんなに緊張するな』と苦笑を浮かべて見せた。




「別に私は学校を代表する立場では無いが……私はこの学校が好きだ。そして、この学校でともに学ぶ仲間となった君にも、出来ればこの学校を好きになってくれたら嬉しいと思う。その一助に美術部がなれるとすれば……まあ、これほど幸せな事はないさ」




 優しい部長の声音と、慈愛に満ちた視線を送られたユメの目が、キラキラと輝く。




 ……こういう所あるから、この人嫌いになれないんだよな~。まあ、無茶苦茶だけどさ?






「君の入部を快く認める。これから宜しく。願わくば、少しくらいは美術を好きになってくれると嬉しい。まあ、強制はせんが」






 そう言ってにこやかな笑みを浮かべる部長に。




「あ、ありがとうございます! よ、よろしくお願いします!!」






 ユメは嬉しそうに頭を下げた。




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