第七話 美少女のお願い
一時間目、現国。
「はーい。それじゃ、いつもの頭の体操、行くわよ~」
HRから流れる様に突入した姉御の授業に、俺の意識は既に朦朧とし始める。姉御の授業は、『面白い』と評判でもあるし、俺だって嫌いではないのだが。
「それじゃ、第一問。『あたふた』を使って短文を作りなさい! 分かる人!」
「はいはいはいはい! 姉御! 俺! 俺!」
後ろの席から聞こえる喧しい声。修斗だ。
「……大場君。何度言えば分かるの? 『遠藤先生』でしょ?」
「遠藤先生! 俺! 俺が答えます!」
修斗の声に、姉御、溜息。
「……それじゃ大場君。答えて」
「はい! 『ACアタフタが壊れた』!」
「……先生もゲームは好きよ。でも、不正解。つぎ。『うってかわって』」
「はい! 先生!」
「……大場君。ちゃんと答えてくれる?」
「まかせとき!」
「それじゃ、大場君!」
「『彼は薬をうってかわってしまった』」
「……それはちょっとブラックすぎるわね。あと、あんまり面白くない上に、どっかで聞いた事があるわ」
「ひど! ぼろくそやん! 俺がボクサーやったら、もうグロッキーにな――」
「はーい。それじゃ授業始めるわよ~」
「――ってるでって、フォローなしかい! かなわんわ~」
額を抑えて机に突っ伏す修斗に、教室中から笑い声が漏れる。ウチのクラス恒例、遠藤&大場のショートコントコーナーの時間だ。別に正解する必要も、もっと言えばこんな事する必要も全く無いのだが、姉御は姉御で固くなりがちな空気を和らげようとし、修斗は修斗で大手を振ってふざけられ、クラスメイトはまあまあ楽しいので現国の時間はいつもこんな感じ。
「ハイ正解。良く出来ました~。ココ、テストに出るからちゃんと覚えとくのよ」
授業開始から既に三十分。姉御の授業は順調に進み、同時に俺の眠気も順調に進んでいる。やべ……落ちる……
「それじゃ……葛城……ユメさんの方ね。この問題は?」
「はい。『彼はそこにずっと居続けた』です」
「おお! 正解! やるわね~」
俺が落ちかけた所で、ユメが何やら問題を答えたらしい。クラスがざわざわしてる所を見ると、ちょっと難しい問題だったか?
「……それじゃ次は……葛城くん! ちょっと難しい問題だけど安心して! 選択問題よ! お兄ちゃんのプライドを見せて!」
……全然聞いてなかったんですけど。当てられるままに、教科書に目を通す……けど、わかんねえぞ、おい。
困り果てた俺、教室中を見渡す。と、ユメと眼があった。口が何やらもごもご動いている。ええっと……ああ、なるほど。
「……わかりません」
「あー……ちょっと難しかったかな?」
「はい。すいません」
「ん。それじゃこの問題は……」
既に、姉御の注目は別の人へ。うん。これでいい。なんかユメさんが怒ってる気もするけど……まあ良いや。もう、瞼がひっつきそうで限界なんだよ……
◆◇◆
「小太郎、帰ろう」
一日の授業が終了し、帰り支度を整えている俺にユメが声をかけてくる。
ちなみにユメさん、休み時間中ずっとクラスメイトに囲まれてまして、実は学校に来てから話すの初めて。
「一人で帰れよ」
「またアンタは、そんなつれない事言う!」
「俺は今日部活。だから一緒には帰れない」
「部活? へー、アンタ部活なんかしてるんだ? 何部? 野球部? サッカー部?」
「美術部」
「……」
「なんだ、その顔は」
「いや……何というか……イメージにぴったりね」
「美術部をバカにするな!」
「べ、別にバカにはしてないわよ!」
焦ったように両手を左右に振るユメ。全く。
「とにかく、そういう訳で俺は忙しい。だからお前は一人で帰る。おっけー?」
「……」
「……なんだよ?」
「その……一緒に行っても良い?」
ユメの言葉に目を丸くした後、俺はユメの袖を引っ張って教室の外に。左右を見回し、誰も居ない事を確認して、口を開く。
「……もう一遍言ってみろ」
「い、いや、私も折角だし何か部活しようかなって」
「……お前な」
「な、なによその顔!」
「そんなことしてる場合か! さっさと向こうに帰るんだろうが!」
「そ、そうだけど! で、でも折角人間界に来たんだし、それならもう少し人間界を楽しもうかなって」
「楽しもうかなって……お前な!」
「こ、これも試験の一環よ! こうやって、人間界を実地研修しておけば、いずれ生涯の伴侶の所に行っても困らないでしょ!」
「なんだよ、その取ってつけた様な理由は!」
「う、うるさいうるさい! と、とにかく私は部活をするの!」
「……わかった」
「そ、そう? それじゃ――」
「お前が部活をするなら勝手にしろ。だが、美術部だけは来るな」
「な、なんでよ!」
「お前、美術に興味あるのか?」
「っぐ!」
俺の問いに言葉を詰まらせるユメ。
「だろうが? 興味が無いなら美術部には来るな。部員全体のモチベーションが下がる」
「……」
「興味のある事をするなら止めん。だから――」
「……よ」
「なんだ?」
「なんでダメなのよ! いいじゃん、一緒に行っても! 決めた! 私、美術部に入る!」
「人の話を聞け! 興味の無い奴が美術部に来ても邪魔なだけだ!」
「小太郎と一緒に居たいのよ! それぐらい分かれ、バカ!」
不意に、時間が止まった様な、そんな感覚。
何をいってやがるんですかこの子は! 今朝までボロクソ言ってたじゃないか! な、なんだこの超展開! どっかでフラグを立てたか、俺?
良く見れば、ユメの目にはうっすら涙がたまっている。
……や、ヤバい! 女の子泣かせた! こ、こういう時はどうすればいいんだ!
『おいおい! 女の子を泣かすなよ~』
俺の頭の中で、デビル小太郎颯爽と登場。
『ほらほら、彼女、涙が溜まってるぜ! 早くフォローして上げろよな! ここは優しくそっと抱き締めてやれよ!』
恐らくエンジェルとの飲み会の帰りなんだろう。何だか赤ら顔でそんな事を言ってくるデビル。
『待ちなさい!』
エンジェル小太郎遅れて登場。こちらも十分酔っぱらってるのだろう、千鳥足だ。
『デビル、貴方は何を言ってるのですか! こんな公衆の面前で優しくそっと抱き締めるですと? そんな破廉恥な事しては行けません!』
おお! 昨日とは打って変わって真面目な台詞だ。どうした、エンジェル! 飲んだ方がまともじゃないか!
『こんな誰が通るか分からない所じゃなく、使われてない理科準備室などに連れ込んで、『あんなこと』や『こんなこと』をするべきです! 向こうから誘ってきているシチュエーションですよ!? なぜ攻めない!! いけ! 行くんだ、小太郎!!』
『おお……エンジェルが本気だ! これはホレる!!』
……をい。大丈夫か、俺の理性。溜まってるのか?
「小太郎が居ないと……私……」
脳内会議とは別に、事態は刻一刻と進行中。涙をたたえた瞳のまま、ユメは上目遣いで視線を向けた。
「私――家までの帰り道が分かんないのよ! まだ覚えて無いの!!」
思わず、腰が砕けそうになった。ああ、そういう事ね。
『まあ、そんなこったろうと思ったけどな』
『ですよね。世の中なんてそんなものです。それよりどうです? これからもう一軒?』
『お、いいね~。ちょっと飲み足りないと思ってたんだ』
『お姉ちゃんの店も良いですけど、どうです? デビルさんも好きでしょ? 一緒に居酒屋辺りでラブコメ論でも語り明かしませんか?』
『おお、アンタとは一度サシで話し合いたいと思っていたんだ! いいね、行こう!』
そう言って仲良く肩を組むエンジェルとデビル。何だよ、お前ら。
「と、とにかく……私も美術部に入るからね!」
目に涙を溜めたまま、そんな事を言うユメにため息一つ。
「……好きにしろ」
こういうしかねえだろう、畜生!
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