第一話 『にゃんにゃん』ってなんだよ


「さ、サキュバス……?」


「いきなりの事で混乱してるみたいね。それじゃ、質問に答えましょう。あ、でもさっきみたいに一遍に聞かれても困るから一個ずつね? 面倒くさいけど……まあ、相手してあげる。感謝してね?」


「……」


 ……なんか、上から目線なんだけど。なんなんだ、この女。


「……取りあえず、お前は誰だ?」


「さっき言ったじゃん。私はサキュバス。聞いた事があるでしょ? サキュバスくらい。無いの? え? なんか『そういう』ゲームとか好きそうなのに? 『夢魔』でもいいけど……聞いたこと無い?」


「……酷い偏見なんだが?」


 いや、まあ知ってるけどね? サキュバス――『夢魔』。男性形はインキュバス、女性形はサキュバスと呼ばれる神話世界の悪魔。インキュバスの場合は女性、サキュバスの場合は男性に取り憑き、その精力を根こそぎ奪うと言われている。それこそ、ゲームや漫画なんかではお馴染みのキャラだ。


「そう。よろしくね」


「ああ、よろし――じゃねえ! なんだこの超展開は!」


「良くある展開でしょ? パソコンから女の子が出てくるなんて」


「あるか! 聞いたこと無いわ!」


「ゲームとか漫画なんかではあるじゃない? 普通よ、普通」


「ゲームとか漫画なんかではって……」


 いかん、頭が痛くなってきた。


「そ、それよりも! サキュバスって……それはつまり……俺の精力を根こそぎ奪いに……」


 俺の懸念に、少女はきょとんとした表情を浮かべて見せる。


「精力を根こそぎ奪いにって……あはは! そんなわけ無いじゃない」


 ……え?


「……そうなの?」


「サキュバスにしてもインキュバスにしても、生涯添い遂げる永遠の伴侶を見つけるの。その人を虜にして、他の人なんか見えなくしちゃうのよ」


 そう言って少しばかり頬を赤らめる。


「そ、その……す、好きな人と一緒だったらこう……ふ、『ふれあい』たいとか思うじゃない? サキュバスもインキュバスも、そ、その……そ、そう言う事が嫌い……じゃ、ないから……そ、その……」


 真っ赤な顔のままでチラチラとこちらを上目遣いで見やる。うん、なんだろ、このセクハラしてる気分。


「そ、そもそも! 精力なんて一日経てば大体戻るのよ!! 根こそぎなんて出来る訳ないじゃない!!」


 そう言われれば……まあ、そうかも。一日寝ればまた頑張れ……ゴホゴホ、うん。今のは聞かなかった事にしてもろて。でも、それじゃ……


「……じゃあ何か? 俺は、その生涯の伴侶とかに選ばれたって事か?」


 俺の言葉に、さっきまで顔を真っ赤にしていたサキュバスが『すん』とした表情を浮かべた後、侮蔑の混じった視線をこちらに向ける。なんだよ?


「……はあ? アンタ自分の顔、鏡で見れば? なに? 私を笑わせたいの? 芸人志望かなにかなの? だとしたらその冗談、全然面白くないんですけどー」


 ……負けない。どんな罵詈雑言にもくじけない。そりゃ、確かにモテる方じゃないよ、由緒正しきモブキャラだよ、俺。でも、そんな言い方は無いと思うんだ……


「ちょっと、そんな所でブルーになるの辞めてくれる? 超ウザいんですけど」


 一人黄昏かける俺に、容赦ない一言。本当に……なんだ、コイツ?


「……まあ、いい。取りあえずそれは置いておく。じゃあ、そんな人間の所に何で来たんだよ? さっさとその生涯の伴侶とかの所に行けよ」


 なに? サキュバスって一日一回は誰かを馬鹿にしないとダメな設定とかあんの? なにその新設定。ぜってー、はやんねーよ。


「行かないわよ」


「……なんで?」


 俺の返答に、何故か口ごもるサキュバス。何だよ?


「淫魔とも呼ばれる私たちだけど、別に生まれてすぐに……その……得意って訳じゃないっていうか……そ、その……」


「なに言い淀んでだよ?」


「だ、だから!! わ、私たちは、その……」


 もじもじとしていたサキュバスが、意を決した様にこちらに『きっ!』とした視線を向けて。




「最初から、『夜』が、う、上手い訳じゃないの!! う、ううう……恥ずかしい……セクハラよ、セクハラ!!」




「……は、はあ……なんか、ごめん」


 いや、冤罪感が半端ないけど……でも涙目でこっちを睨む女の子見ていると、こう、なんか申し訳なさが出てくるな、うん。


「……ふう、ふう……はぁ。まあ、ともかく……人間と同じで、経験をつんで、初めて一人前のサキュバスになるの。最初から伴侶の所に行って……『床下手』でした、なんて夜を司るサキュバスの名折れでしょ?」


「……まあ」


 言わんとしていることはまあ、分からんでもないが。


「……だから、サキュバスの学校では生涯の伴侶の所に行く前にランダムで人間を選ぶの。まあ、卒業試験みたいなものね。それで……その人とその……」


 一息。



「にゃ、『にゃんにゃん』して一人前と認められてから、初めて生涯の伴侶の所に向かうのよ!」



 顔を真っ赤にしてそう言うサキュバス。まあ……なんだ。年若い女の子が『男女のごにょごにょ』の事を直接言いにくいのは良く分かる。



 ……良く分かるが『にゃんにゃん』は無いだろう、『にゃんにゃん』は。


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