第二話 天使と悪魔


「……いや、『にゃんにゃん』って……」


 俺のジト目に気付いたか、サキュバスは『うぐぅ』とあんまり美少女の口から出ないような声を出す。


「な、なによ! し、仕方ないでしょ!! 恥ずかしいんだから!! わ、私だって別にこんな事言いたくないし……それに、したくないわよ! で、でも仕方ないでしょ! それがサキュバスの掟なんだから!」


 そう言って俺のベットをバンバン叩くサキュバス。やめれ! 親が起きる!


「そ、そう言う事で! ほ、ほら! 早く『済ませ』るわよ!」


「す、済ませる? な、なにを?」


「な、何って……ナニよ!」


「な、ナニ!?」


「そ、そうよ! ほ、ほら!」


 そう言って、立ちっぱなしだった俺の手をサキュバスが心持強く、引っ張っる。


「……あ」


 不意の強襲に、なすすべもなくサキュバスに覆いかぶさる形でベットに倒れこむ俺。下ではサキュバスが顔を真っ赤にしてそっぽを向いている。


「は、初めてなんだから……や、優しくしなさいよね!」


 そう言ってそっぽを向いたまま憎まれ口を叩くサキュバス。よくよく見れば小刻みに体を震わすその姿は、サキュバスと言うより一人の『可愛い女の子』。性格は……まあ、おいとくとして、外見だけは間違いなく極上の美少女だし。



 ……いいのか、俺?



 なし崩し的にこんな展開迎えて。『据え膳食わぬは男の恥』なんて言葉もある。何より健全な男子高校生。こういった事に興味が無いなんて言わない。むしろ、アリアリだ。アリアリなんだけど……


『いいじゃねえか、やっちゃえやっちゃえ!! 女の方から誘ってるんだぜ? やらない方が失礼だろう! 据え膳食わぬは男の恥って言うだろ? こんなの据え膳どころか、口元に箸持っててあーんじゃねーか! 女に恥かかせんな! 美味しく頂いちゃいな!!』


 俺の頭の中で、デビル小太郎が囁く。


『ほらほら、早く! 相手は待ってるぜ? 優しくしてやれよ? 男だろ~?』


 そ、そうだよな。待たせるのも失礼だよな! そう思い、俺はサキュバスにゆっくりと――


『待ちなさい!』


 覆い被さろうとしていた俺の頭の中に出てきたのはエンジェル小太郎。小さな輪っかを頭の上に載せて、神々しい後光を放っている。


『……その女の子を良く見てみなさい。彼女、可哀想なくらい震えているじゃないですか』


 エンジェルの言葉にはっとなる。そうだ。この子、こんなに震えてるじゃないか。

 ……そりゃそうだよな。この子、『初めて』って言ってたもんな。初めてぐらいは、好きな人と……その……『にゃんにゃん』したいよな。


『おいおい、エンジェル? なにイイ子ぶってんだよ?』


 俺の頭の中のデビル小太郎がジト目をエンジェル小太郎に向ける。おい、デビル、止めろ! 俺は――


『……可哀想なくらい震えている女の子を優しくなんて……そんな『スイーツ』な展開、認めませんよ! なんですか、貴方? デビルでしょ? こんな美味しいシチュエーション、逃してなるものですか!! 純愛系? はっ! ちゃんちゃら可笑しいですよ!! 今こそパソコンの中に保存している『見せられないよ!』で貴方が学んだ数々のプレイを! こういう時こそ野獣の様に雄々しく攻める! これ一択! さあ! 虚構の世界で磨き上げられたその知識とテクニックで、その子を快楽の海に溺れさせてしまいなさいな!』


 ……をい、エンジェル。


『っく。お前……イイ子ぶってると思ったら俺より悪魔じゃねーか。そのドのつく外道さ、俺には真似できないぜ』


『ふっふふ……精進しなさい、デビルさん』


 そう言って黒い笑みを見せる二人。俺の中には良心は無いのか、良心は!! 神は悪魔か、コンチクショー!


「……ね、ねえ。は、はやくしてよ……は、恥ずかしいじゃない」


 頭の中で仲良くダンスし出した天使と悪魔に辟易している俺に、そう言って潤んだ瞳を見せるサキュバス。


 ……ええい! ままよ!


「……っあ」


 サキュバスの息を飲む音が聞こえる。俺はサキュバスの頭の下にそっと手を差し入れ少しだけ頭を浮かす。


「……俺も初めてだから……その……」


「……ん」


 こくん、と小さく頷き、サキュバスがぎゅっと目を瞑る。そんなサキュバスの顎に反対の手を当て少し上に向かせる。


 そのまま、サキュバスの柔らかそうな唇に、自身の唇を押しあて――




「……やっぱり、ダメーーー!」




 ――る前に、不意に顎に入るアッパーカット。綺麗に入ったそれの勢いに負け、宙を舞う俺。


『やっぱり駄目だったか。まあ、そりゃそうだよな』


『そうですよ、デビルさん。世の中そんなに甘くないですって。それよりどうです? これから一杯?』


『お、いいね! 俺、良い姉ちゃんがいる店知ってるんだ!』


 ……をい、お前ら。


 仲良さそうに肩を組んで歩いていくエンジェル小太郎とデビル小太郎の姿を最後に、俺は意識を手放した。


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