ある日、純情サキュバスJKと同居することになったんだが。
綜奈勝馬
プロローグ サキュバスはテレビの中から。
◆◇◆
――最後の決戦。
リーナ・リグヴェートはその言葉に身震いした。
胸の中で熱くなる想いを思い、リーナは目を閉じた。頭の奥ではこれまでの冒険の数々が走馬灯の様に駆け巡る……って、走馬灯?
(これって死亡フラグ?)
そんな事を思い、軽く苦笑する。
「なーに一人で百面相してんだよ」
急にでこピンをされて、頭を仰け反らせる。涙目になりながら前を見ると、そこにはニヤニヤと軽薄な顔をした見慣れた男の顔があった。
「……イオシス! アンタね!」
イオシスと呼ばれた男は肩を竦めた。相変わらずの、笑顔のままで。
「これから最後の戦いにむかうんでしょ! 何よ! その気の抜けた顔は! しゃんとしなさい! しゃんと!」
リーナが勢い良くイオシスを怒鳴りつける。当のイオシスは、そ知らぬ素振りで口笛なんぞ吹いていた。
――イオシス・ノーツフィルト。
三年前の魔王メルバによるオーランド侵攻。オーランドに住まう人間全てが恐怖し、神に救いを求める日々……そんな中、アルガス王国に住む一人の騎士候補を『世界樹(ユグドラシル)』が勇者として認定した。それが今リーナの目の前に居る男、イオシスだ。
イオシスの住んでいたアルガス王国から遠く東にある、ローレント公国。そこで魔術師の修行をしていたリーナに、大師父からの『託宣』が降り、リーナもイオシスと合流し世界を救う冒険に旅立った訳だが……
初めての出会いは最悪であった。イオシスと会ったのは酒場である。今でもリーナはその光景をありありと思い出す。託宣を受け、オーランド全ての人民の期待を一身に背負っていたはずの勇者は……ウエイトレスのお姉さんを一生懸命口説いている最中だった。
女好きで、軽薄で、酒飲みで、金に汚い。酒場や賭場では湯水の様に金を使うくせに、武器屋や道具屋に行っても『誰が世界を救うと思ってるんだ!』と、ただで武器や道具を巻き上げる。今までリーナが見てきた物語の『勇者』とは明らかに別物だ。出会った当初は信仰する神に向かって毒を吐いたことも一度や二度ではない。
相変わらずニヤニヤ笑うイオシスの顔を、溜息混じりに見やる。
「なんだ? そんなにじっと見るなよ。惚れたか?」
いつもなら「誰がアンタなんかを!」と、反応する所であるが……最後の戦いである。
――自分に素直になっておくのも一興か。
「……そうかもね」
リーナの返答に、イオシスの顔が引きつる。17歳の女の子の告白に対して、そのリアクションは非常に心外ではあるが、それと同時にイオシスの反応は概ねリーナを満足させる物だった。
イオシスの軽薄さは一種のポーズである、とリーナが気付いたのは出会って随分経ってから。
――色んな女の子に声を掛けるが、決して特定の女の子と『イイ仲』にはならない。
――軽薄ではあるが、決して浅慮ではない。
――酒はよく飲むが、飲まれることは決して無い。
――武器屋や道具屋で金を払わない代わりに、孤児院に寄付をしている。
「どうしたの?」
今度は逆にニヤニヤしながらリーナが聞いてやる。対してイオシスは渋い顔だ。
「……冗談だよな?」
「なに、その反応。ちょっと傷つくわよ?」
「いや……そういう意味じゃなくてだな」
「……分かってるわよ。アナタ、特定の女の子と付き合うこと無いものね。魔王と戦う、なんて、とんでもない大仕事。下手したら……アナタは死ぬかもしれない。そんな時に悲しむ人が居たら困る、ってとこかしら?」
「……まいった。降参だ」
軽く両手を挙げ、イオシスが苦笑する。
「私の前で軽薄に振舞っていたのは、そうすると私が離れていくと思ったから? 自分一人で、魔王と戦うつもりだったから?」
イオシスは沈黙。その反応を肯定と受け取り、リーナは大きく息を吸い込んで。
「舐めるなぁ!」
絶叫が、響き渡った。
イオシスが目を丸くする。構わずリーナは胸のうちに溜まっていた言葉を吐き出した。
「アンタはいつもそうだ! 何でも一人で背負って、その重圧を耐えて……耐えている振りをして! 私は何だ! アンタにとって……私は守るべきお姫様か!」
違う。こんな事が、私は言いたいんじゃない。
「そんなに私は頼りないか! 私を頼れ! 私は決してアンタに守って貰いたいんじゃない! アンタの隣で、アンタの背中を守って……共にアンタと戦いたいんだ!」
イオシスの顔が滲んで見える。ずっと……ずっと、言えなかった言葉。最後の最後の戦いの前でそれが出るなんて……なんてベタなんだろう。
不意にイオシスの腕に抱きすくめられる。暖かくて優しい、イオシスの香りがする。リーナはイオシスの胸に顔をうずめた。
「……お前、結構いい女だな」
「……今更気付いたの?」
「……すまん」
「……ばか」
「……」
「……」
「……悪かったな。まさかそんな風に思っていたなんて気付かなかった」
「……鈍感」
「……言葉も無い」
「……エストファリアにある『びーどろ亭』のスペシャルチョコレートサンデーで手を打ってあげる」
「……太るぞ?」
「女の子にそんな事言わない!」
イオシスの胸から顔を離し、軽くイオシスを睨む。勿論目は笑っているが……同様にイオシスも優しい笑顔で、リーナを見やる。
「それじゃ……『約束』、しない?」
「『約束』?」
「そう。必ず私を『びーどろ亭』に連れて行く、って言う……『約束』」
その言葉に、イオシスの顔が綻ぶ。
――それはつまり、必ず生きて帰るという、『約束』。
イオシスの笑顔にリーナの顔も綻ぶ。どちらからとも無く笑いあう。
「……さて、それじゃさっさと魔王を倒して、チョコレートサンデーでも食べに行くか?」
おどける様に言うイオシスに対し、リーナもウインクで返す。
「あったりまえよ。人気商品だからね! 売り切れる前に行かなきゃ」
「……ホントに……お前はいい女だな」
「え? なんか言った?」
「何でもない。さあ行こう」
世界樹によって勝手に勇者にされたイオシス。
自身のそんな境遇を嘆いた事もあった。信仰する神に悪態をついた事もある。
だが……今は感謝だ。
神様、こんな良い女に合わせてくれて……
ありがとうよ!
◆◇◆
「……いい話だ」
パソコンの画面を見つめ、私立天英館高校一年二組美化係の俺、つまり葛城小太郎は涙した。画面上に映し出されるているのは、ネットでも『神シナリオ』と名高いリーナシナリオのエンディングシーン。二人で仲良く、でも恥じらいながらパフェを食べているシーンは、今までの激闘に次ぐ激闘の日々から日常に戻った事を感じさせ、すっかり感情移入してた俺を参らせるには十分だった。
「さすが夢姫工房……芸が細かい」
先日、発売された『オーランド・ストーリー』。最近、飛ぶ鳥を落とす勢いのゲームメーカー『夢姫工房』から発売された新作だ。雑誌やネットの評判も上々、発売初日に購入した俺は三連休プラス創立記念日での四連休でこのゲームを遊び倒した。
……おい、そこ。『健全な十六歳なら女の子とデートでもしろよ』とか言うな。それが出来ないから俺はギャルゲをやってんの!
ゲームを終えた後の気だるい様な満足感。その充足感にしばし身を委ね、俺はゆっくりと椅子に身を沈めた。
「……終わったか……」
楽しいゲームをやるといつもこうだ。終わってしまったのが勿体ない様な、そんな感覚。勉強も普通、運動も普通。所謂『物語の主人公』のように友達が一人も居ないなんてこともない。自分で言うのもなんだが、ある程度社交的ではある。まあ、取りたてて格好いい訳でもなく、人に誇れる趣味がある訳でも無い。それこそ、ギャルゲーで言う所の『平凡な高校生』だ。まさにモブ中のモブだろうな。
ゲームや漫画の世界では、そんな『平凡な高校生』にとびっきり可愛い幼馴染(デフォルトで主人公の事が好き)がいたり、魔法使いに召喚されて世界の平和を守ったり、実はあるスポーツでとてつもない才能を発揮したりする展開が多い。主人公は最初はどうしようもない奴だが、努力と根性でメキメキ成長。ベタでベタでしょうがないが、そんな展開が、俺は結構好き。
……一生懸命やるのは格好悪い。適当で良いじゃん。なんとかなるなる!
そんな風潮に真っ向逆らう様な『マジ』な生き方は、格好いいと思う。でも、マジで生きるのに俺の能力じゃしんどいし、つらい。だから、そういう養分はゲームで補給。終わると寂しい。まるで祭りの後のよう。
「そんな良いもんじゃねえか」
自分の考えに苦笑し、俺はテレビの電源を落とす。天井まで届く本棚が二つ。そこには、所狭しと並ぶ漫画や、ラノベ、コンシュマーゲーの数々。そこの『お気に入り』の場所にアーランド・ストーリーを仕舞う。うん、面白かったし今度またやろう。
「さて、そろそろ風呂入って寝るか」
時刻は午前一時十六分。明日から……日付が変わって今日か、今日からまた学校が始まる事を考えると、そろそろ寝ていた方がいい。
うーんと一つ伸びをして、俺が椅子から腰を上げてパジャマを取ろうと箪笥に手を――
『は!? 本気ですか!?』
不意に、声がした。
振り向くもそこには誰も居ない。電源の落ちたテレビが一つと机、後はベット。見間違う事の無い俺の部屋。
「……気のせいか?」
首を捻って体を戻し、箪笥の中からトランクスを取り出し――
『えー! あり得ない! あんな冴えない男、絶対イヤです! 何かの間違いです! もう一回調べてください!』
またも聞こえる声。気のせいなんかじゃ無い、絶対聞こえる!
「だ、誰だ!」
振り返って大声を上げるも反応なし……いや、
『……うー……マジですか? 間違いないんですか? えー……うーん……分かりました。はーい』
幻聴は……いや、ここまで行くと幻聴でもなんでもない。声はしっかり聞こえてくる。
「やばい! なんか聞こえる!」
一人トランクスを持ち部屋の中でオロオロする俺。はたから見たらギャグだが、本人は至って真剣だ。
「ちょっと、落ち着きなさいよ」
声はテレビの中から聞こえた。続いて姿も。
「なななななな!」
「だから、落ち着けって言ってるでしょ!」
テレビから人……女の子が飛び出してくる。
メイド服の様な、ミニのエプロンスカート。膝の上まである靴下、つまりニーソックスを履いて、男子高校生には眩しい絶対領域を形成している。
髪はツインテールに結ばれ、目は大きく、鼻は小鼻。
正直に言います。かなりの美少女です、ハイ。
ただ、惜しむらくは胸のサイズ。全体的に見て、年は俺と変わらないぐらいだろうが……それにしてはボディに若干残念な物が――
「……ふん!」
気合い一閃、いきなり目の前の女の子が『ぐー』を放った。油断していた俺の頬にそれはクリティカルヒット。思わず仰け反る俺。
「痛え! 何しやがる!」
「うるさい! アンタ、私の胸見て失礼なこと考えたでしょ!」
「……考えてねえよ」
「今、間があった! このスケベ!」
考えていたのは紛れもなく事実なので、思わず間が空いてしまったけど……なんだ、こいつ。エスパーか?
「ふん! 私の胸を舐めまわすみたいに見て……変態!」
「いや、舐めまわすみたいにって……そんなボリューム、あるか?」
「な、なんですって! これでも寄せて上げればBカップあるんだから!」
つまり、寄せて上げないとAカップって事ですか……じゃなくて!
「お、お前、何者だ! どこから入ってきた! 何が目的だ! 金か? 金なら無いぞ!」
「そんなに一遍に質問されても困るわ」
そう言って、俺のベットに腰掛ける女の子。座る瞬間、スカートが翻って危ういところまで持ちあがる。でも絶対に見えない! だから、絶対領域!
「……今度はスカート?」
「ち、違うって!」
スカートを抑えて、こちらを睨みつける女の子に慌てて、首よもげよと言わんばかりに左右に振る。しばし胡乱な眼で見ていた女の子だが、諦めたかのようにため息を一つ。
「私は――サキュバスよ。これから貴方と同棲するから。どうぞ、よろしく」
「……は?」
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