別れの時

 ハミルトンたち四人が出て行ってどのくらいが過ぎたのかはっきりとしない。体感では割と過ぎているように思えた。


 横目で見ると秘密の脱出路の入口が開いたままだ。後はここを通り抜けて帰るだけなんだが、それまでがやたらと長い。みんな早く帰ってこないかな。


 などと考えていると、何人かが走る足音が聞こえてくる。ゆっくりと立ち上がる途中で地下倉庫の扉が開いた。続いて息の荒い何者かが入り込んでくる。


「はぁはぁ、老体にはきついわい」


「うまく振り切ったようですわね」


「ハミルトン殿たちはうまく逃げているだろうか」


 声から勇者パーティの面々だとすぐに気付いた。魔族でないことにとりあえず安心する。


 地下倉庫の扉を閉めた勇者パーティの一行は俺とギャリーの方に近づいて来た。先頭を歩いているアレンが俺たち二人に気付く。


「おっちゃん! ギャリーも? その腕と脚は?」


「四天王と戦ったときにちょっとヘマをしちまったんだ」


「オレもっす。生きてるだけでマシっす」


「傷は、塞がってるってことは、治療はしてあるんだ」


「うちのパーティにも優秀な修道士がいるからな。癒やしの奇跡で治してもらったんだ。それよりアレン、魔王は倒せたんだよな?」


「もちろん! ハイリティっていう将軍もついでに倒したよ!」


 暗かったアレンの表情が明るくなった。そうだ、人間の勝利に一番貢献した奴なんだから笑っていないとな。


 三人で話をしていると近衛騎士のヒンチクリフ様が割って入ってこられる。


「話の途中ですまない。ハミルトン殿から私たちは先に脱出路を使ってここを離れるようにと言われている。あなたたち二人には悪いが」


「いいですよ。元々そういう約束でしたから」


 あっさりと言った俺に対してヒンチクリフ様だけでなく、他の三人も目を見開いた。今の俺とギャリーじゃ何もできないが優先順位は理解している。


 俺からの返答を受けてヒンチクリフ様が黙って頷かれた。それからアレンに顔を向けられる。


「勇者殿、ここはミルデスたちの厚意を受けましょう」


「で、でも」


「彼らには彼らのやるべきことがあります。我らがそれを邪魔してはいけません」


「俺の仲間がまだ戻ってきてないからな。自分だけ逃げるわけにはいかないんだよ」


「そういうことっす。こっちは気にしないでさっさと行くっす」


 左脚を失い座ったままのギャリーからも勧められたアレンはしぶしぶ頷いた。そして、ヒンチクリフ様に促されて最初に秘密の脱出路へと入り、他の三人もそれに続く。中に入る直前、全員が俺とギャリーに黙礼をしてくれた。


 脱出路から聞こえる足音が徐々に小さくなってゆく。これで最低限の目的は果たせた。


 足音が聞こえなくなった頃、俺が独りごちる。


「後はあの四人が帰ってくるだけだな」


「そうっすね。魔族と一緒に戻って来られると困るっすけど」


 実はその可能性を考えていなかったことに気付いた俺は息を飲んだ。魔族を迎え撃つまでにわずかな時間があるとは限らない。これは今から覚悟を決めておかないと。


 内心で決意して少しすると、再び何人かが走る足音が聞こえてくる。そうして地下倉庫の扉が開けられた。続いて息の荒い三人が入り込んでくる。


「はぁはぁ、きついわい」


「しかし、どうにか逃げ切れましたね。追っ手は来ていないようですよ」


「後はクレアがどれだけうまくやってくれるかだな」


 戻って来たのはローレンス、アルヴィン、ハミルトンの三人だった。誰もが息を切らせながら近づいてくる。


「アレンたちでしたらさっきこの脱出路を通って行ったぞ」


「予定通りだな。後はクレアが戻って来るのを待つだけか」


「どうしてクレアだけ遅れてるんだ?」


「精霊魔法で勇者の幻影を作って別方向に魔族を誘導するためだ。あのままだととても逃げ切れんかったからな」


「あいつ一人で?」


「本人がその方がやりやすいと言ったんだ。勇者パーティだけ別方向に逃げたように見せかけるためだとな」


「なら、クレアが戻って来たら俺たちも引き上げるのか」


「そのつもりだ。問題はクレアが魔族を撒けているかだが」


「魔族も同時にやって来たら面倒っすよね」


「そのときは石の扉を閉じてここで迎え撃たねばならん。勇者様がここを通り抜けられてまだそれほど時は経っていないのだろう? 少しでも時間を稼がねば」


 やっぱりそういう覚悟は必要かと改めて思った。この三人が戻って来たときは一瞬期待したけど、そんなに甘くはないらしい。こうなると、右腕を無くしたことよりも剣を失ったことの方が残念に思えてくる。


 俺が内心で自分の失敗を悔やんでいると、座ったままのギャリーがハミルトンに真剣な目を向けた。それに気付いたハミルトンがギャリーに声をかける。


「ギャリー、どうした?」


「時間稼ぎをするんでしたら、いい方法があるっす」


「どんな方法だ?」


「俺、ハミルトン、ローレンス、クレアの四人で偽勇者パーティを作るんすよ。それでここ以外の場所で大暴れして、この秘密の脱出路に目が向かないようにするんっす」


「自分が近衛騎士、ローレンスが魔法使い、クレアが聖女の役か。おい待て、そうなると貴様が勇者役か?」


「どうせ魔族に人間の区別なんて大してつかないから充分だと思うっすよ」


「貴様、自分が一番いい役をやろうというわけか。しかし、悪くない案だな」


 話を聞いていた俺は目を見開いた。ギャリーがそんな案をするなんて思いもしなかったからだ。けれど、それ以上に致命的な点について突っ込む。


「ギャリー、お前は片足をなくして動けないんだから無理だろう」


「歩けないから提案したんすよ。追われ続けたらオレは逃げられないっすからね。幸い、ハミルトンたちの覚悟が決まってるのがわかったから、それならと思ったっす」


「女性という意味でクレアは聖女向きですが、癒やしの奇跡が使えないのは問題ですね。それでしたら私が代わりに残った方がいいでしょう」


「でもアルヴィンは男じゃないっすか」


「魔族に人間の区別なんて大してつかないのなら問題ないのではありませんか?」


「あー確かに」


「それに、クレアは人間じゃないですし、精霊魔法を使うと偽物だとすぐにばれてしまいますよ」


 アルヴィンからも突っ込まれたギャリーは困ったという表情を浮かべた。それを見ていた俺たちが苦笑いする。より良い案になったと喜ぶべきなんだろうな。


 今まで黙って聞いていたローレンスが最後にまとめる。


「決まりじゃ。ギャリーを勇者役にした偽勇者パーティを、ハミルトン、アルヴィン、そして儂が務める。クレアが戻って来たら、入れ替わりでここを出て魔族を引きつけるぞ」


 方針が決まると具体的な対策が立てられていった。俺はそれを黙って見ている。なんだか置き去りにされるような気分だが口を挟めない。


 必要な事柄が大体決まった直後、三度みたび人が走る足音が聞こえてくる。そうして地下倉庫の扉が開けられた。息の荒いクレアが入ってくる。


「大して引き離せなかったわ! すぐここに来るわよ!」


「やっと戻って来たか。話がある。手短に済ませるぞ」


「は?」


 快活な笑顔を浮かべるハミルトンに話しかけられたクレアが荒い呼吸のまま呆然とした。そして、ハミルトンの偽勇者作戦について聞くと顔を渋くする。


「決めたっていうなら何も言わないわ。ただ、ギャリーはそのままだときついわね」


 座ったままのギャリーに跪いたクレアが左脚の膝上辺りに手をかざして呪文を唱えた。すると、土色の義足が現れる。次いで立ち上がって再度魔法を使い、聖剣のようなものを生み出した。


 立ち上がるギャリーにその聖剣もどきを手渡したクレアが口を開く。


「土の精霊にお願いしてあんたの脚代わりになってもらったわ」


「すげー! 歩けるっすよ!」


「ただし、長くは保たないからね。その聖剣もどきも同じ。飾りだと思ってちょうだい」


「ありがとうっす!」


「これで完璧だな。ミルデス、クレア、貴様たちはその脱出路に入れ。こちらから閉める。後のことは貴様たちに任せた」


「ハミルトン、アルヴィン、ローレンス、そしてギャリー。ありがとう。俺、お前たちのことを絶対に忘れない」


「自分の勇姿を語り継いでくれよ」


「神のご加護がありますように」


「人間の魔法使いがどの程度のものか、思い知らせてやるわい」


「それじゃ、行ってくるっす」


 時間がない中、俺は手短に仲間と別れの挨拶を交わすとクレア共々秘密の脱出路へと入った。


 クレアが光の玉を出す間、俺は背後へと振り向く。ハミルトンとアルヴィンが石の扉を閉じようと動かすと、石がこすれる重い音と共に地下倉庫の様子が見えなくなっていった。やがて完全に遮断されると光の玉の明かりだけが周囲を照らす。


 しばらく石の扉を見つめていた俺は、やがて前を向いて歩き始めた。

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