何もできないままに

 四天王の一人カニンと戦っている途中に意識を失った俺が次に目が覚めたとき、埃臭い部屋にいた。どうにか周囲に目を向けるとアルヴィンとクレアが心配そうに覗き込んでいることに気付く。


「あれ? 二人とも何やってんだ?」


「どうにか意識を取り戻したようですね。とりあえずは一安心です」


「はぁ、良かったわ。まさかあそこまで敵にやられてるなんて思わなかったわよ」


「敵? ああそういえば、四天王のカニンと戦ってたんだっけ」


 まるで人ごとのように俺はつぶやいた。まるで実感がない。みんなでカニンの研究室に入って、おぞましい風景を見てから四天王と戦って、ギャリーが危なくなって。


 思い返していると次第に感覚がはっきりとしてきた。そうだ、ギャリーが四天王を刺した後、魔物に囲まれて危なくなったからクレアとアルヴィンに助けるよう言ったんだ。あれからどうなった?


 勢い良く起き上がろうとして思うように体が動かないことに俺は驚く。


「うっ、くそ、動かねぇ。クレア、ギャリーはどうなった? 四天王は?」


「ギャリーは助かったわよ。重傷だけどね。四天王のカニンは倒せたわ。最後にハミルトンがとどめを刺したのよ」


「そっか。ギャリーは生きてるのか。しかも四天王を倒せたとは。大金星じゃないか」


「勝てて良かったのは確かね。でなきゃみんな殺されてたでしょうし」


「そうだな。それで、ここはどこなんだ?」


「秘密の脱出路に通じてる地下倉庫よ。あんたとギャリーを運ぶのに苦労したんだから」


「すまん。助かった。けど、これで後はアレンたちと合流するだけだな。あれ? さっきから立てないのはなんで、なん、だ」


 喋りながら起き上がろうとした俺はまったく立てないことに眉をひそめた。どうにも感覚がおかしい右腕に顔を向ける。すると、二の腕の途中から先がなかった。なぜ肘から先が見当たらないのか。右手を動かそうとしてるのにその感覚がない理由を知る。


 なるほど、俺は右腕をなくしていたのか。どうりでいくら動かそうとしても動かないし、うまく立ち上がれなかったわけだ。間抜けすぎる。


 冷静に考えられたのはそこまでだった。まさか自分の右腕が消え失せているとは思わなかったので現実感がなかったが、理解してくると猛烈な焦りが湧いてくる。


「おいおい、俺の右腕がないじゃないか! なんでこんなことになってんだ!?」


「あなたの右腕は合成生物キメラによって食いちぎられていたのです。腕があれば再生できるか試せたのですが、四天王討伐後に研究室の魔物が暴れ始めて急いで逃げるしかありませんでした」


 アルヴィンが静かに俺へと説明してくれた。けれど、俺はそれどころではなくて、右腕のあったところを見ながら何度も手を動かそうとする。もちろん、二の腕の途中から失ってるから動くわけがない。


 目を見開いた俺は荒い呼吸を繰り返した。つい先程まであって当然だったものがない。ゆっくりとその事実を受け入れようとする。もうない、もうないんだ。


 愕然としながらも右腕を失ったという事実を俺は次第に受け入れる。そうだ、ここはまだ魔王城の中なんだ。混乱したり怒り狂ったりしてる場合じゃない。


 それよりも、自分の右腕を犠牲にして助けたギャリーのことが気になった。周りに目を向けると、少し離れた場所に横たわっている。クレアがそちらに移ったらしく、隣で跪いていた。何か会話をしているらしい。


 とりあえず生きていることを知って安心した俺はギャリーに声をかける。


「ギャリー、生きてたんだな」


「はいっす。危うく死にかけたっすけど」


「まさか四天王の背後に回り込むなんてなぁ。途中まで全然気付かなかったぞ」


「へへ、静かに回り込むのは得意なんすよ。もうできなくなったっすけど」


「え? どうして」


「左脚がなくなったんすよ。ボコられたときに食いちぎられたらしくて」


 力なく笑うギャリーの姿をよく見ると、確かに膝上の辺りから左脚が見当たらなかった。さすがにあんな目に遭って無事というわけにはいかなかったらしい。


「俺も右腕を食いちぎられたんだ。似たようなもんだな」


「そうっすね。アルヴィンの治療のおかげで痛みはないのが救いっす」


 話を聞いた俺は右腕に痛みがないことに今更気付いた。それからアルヴィンへと顔を向けると微笑みながら頷かれる。まだ礼も言っていない。


 口を開こうとしたところで近づいて来たハミルトンが声をかけてくる。


「容態は安定したようだな。結構なことだ。なら、これからのことを話そう。現在、我々は四天王の一人カニンを倒して地下倉庫まで戻って来た。しかし、ミルデスとギャリーの二名が重傷を負い、戦えない状態だ。よって、二人はここに残し、今後は残り四人で勇者の支援を続行する」


「ハミルトン、四人で支援を続けるってどうするつもりなんだよ?」


「これから可能な限り謁見の間に近づき、魔王を倒した勇者たちが撤退するのを支援するつもりだ。周辺には魔族が集まりつつあるはずだから、戦える者の数は多い方がいい」


「もう少し休んだら、俺も動けるようになるぞ」


「駄目だ。今のお前は弱っている。それに、そもそも武器がないだろう」


 ハミルトンに指摘された俺は目を見開いた。そうだ、見当たらないのは右腕だけじゃない。長年使っていた剣もなくしていたんだ。


 黙り込む俺に対して今度はローレンスが声をかけてくる。


「お前たち二人が治療を受けている間に周囲を簡単に見てきたが、魔族どもは上にある謁見の間に気を取られてここに気付いていないらしい。よって、ここでじっとしている限りはまだ安全じゃ。秘密の脱出路の入口が作られるくらいじゃからな。そもそも普段は誰も来ないところなんじゃろう。お前たち二人はここで休みつつ、その開きっぱなしの脱出路を見張っていてもらいたい」


「閉めておいたら見張る必要はないぜ」


「馬鹿言え、そんな重い石の扉をそう何度も開け閉めしておられんわ。それに、今のお前たち二人では動かせんだろう。何かあったときに身動きが取れんぞ」


 自分の現状を突きつけられた俺は顔をしかめた。武器もなく、まともに動けないことが情けなく思えて仕方ない。


 俺が黙るとハミルトンが再び口を開く。


「ミルデス、納得できん気持ちはわかるが、ここは我慢してくれ。勇者様を確実にここへお連れするためには、負傷者を連れて行くわけにはいかんのだ」


「わかった。ここに残る」


「ありがとう。それでは今から残り四人で魔王城の謁見の間に向かう。勇者様が既に魔王を討伐されていれば、我々はその支援をしつつ一緒に退却する。まだ討伐が終わっていない場合は、近くの適当な場所に隠れて待つ。何か質問はあるか?」


「ダークエルフは全員こちらの味方と考えていいのよね?」


「そうだ。あいつらが離反していることを魔族側はまだ気付いていないはずだ」


「だったら途中で適当なやつに頼んで匿ってもらいましょう。あたしたちだけだとそんなに進めないと思うの」


「なるほど、いい考えだな。それでいこう。他には何かあるか? ないな。よし、行くぞ」


 質問を打ち切ったハミルトンが動ける仲間に宣言した。クレア、ローレンス、アルヴィンの四人が頷くと地下倉庫を出て行く。


 室内は静かになった。今はギャリーと二人だけだ。


 しばらく黙っていた俺だったが、やることもないのでギャリーに話しかける。


「ギャリー、アレンは、勇者はもう魔王を討ってると思うか?」


「どうっすかねぇ。オレもボコられてからの記憶が曖昧でどのくらい時間が過ぎたのかわかんないっすから、何とも言えないっす」


「俺はもう討伐してるように思うけどな。何しろ聖剣ってものすごいらしいじゃないか。こう、魔王も一刀両断してあっさり終わってるかもしれないだろう」


「そんな簡単に終わってるといいんすけどねぇ。もしそうだったら、勇者様たちが逃げてくるのも案外簡単なんじゃないすか?」


「聖剣で襲ってくる魔族をバッタバッタ斬っていけばいいからか?」


「そうっす。魔王を簡単に倒せるんなら、他の魔族なんて楽勝だと思うんすよ」


「確かにそうだな」


 実際にアレンが戦っているところを見たことがない俺は聞いた話から想像しながら喋った。自分の希望も込みだからいい加減なものだ。


 それっきり、俺たちの会話は途切れる。結局は想像でしかないからだ。それに、そのうち悪い想像もしてしまいそうなのも嫌だった。


 かなり時間が過ぎてから俺はぽつりと漏らす。


「みんな、早く戻って来るといいよな」


「そうっすね。待つのは好きじゃないっす」


「俺も」


 どんな結果になるかまったくわからないまま待つというのは何とも不安なものだ。しかし、今の俺たちはひたすら座っているしかない。


 それきり黙ったまま俺は目の前をぼんやりと眺め続けた。

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