四天王との対決
時間になった。それまで雑談で気を紛らわせていた俺たち六人は表情を引き締める。予定通りなら、アレンたちはもうすぐ謁見の間に到着する頃だ。
剣を抜いた俺は仲間に顔を向ける。
「行くか。ハミルトン、俺はギャリーの次でいいんだよな」
「構わんぞ。その次は自分だ。その後は、ローレンス、クレア、アルヴィンと続け」
指名されたギャリーが頷くと地下倉庫の扉に近づいてゆっくりと開けた。そっと外の様子を窺った後、俺たちに顔を向けて頷く。そうして音を立てずに出て行った。
次いで俺が地下倉庫の外に出る。左右に伸びる通路はすべて削り出された石でできていた。壁には広い間隔で青く燃える
先頭のギャリーは分岐路があるまで滑るように歩いていく。分かれ道の手前で立ち止まると一つずつ丁寧に確認していた。問題なければ振り向いて俺たちを手招きしてくる。
いくつかの角を曲がり、二度ほど魔族をやり過ごした後、俺たちは目的の部屋の前までやって来た。扉は横に長く、他のものよりも目測で四倍くらいある。
「かなり重そうな扉っすね。音が出るのは避けられないと思うっす」
「できれば後ろからばっさりやりたかったな」
「二人とも、お喋りはそこまでだ。ギャリー、できるだけ音が出ないように最小限だけ扉を開けろ。中に入るところを見られなければ誰が入ってきたかわからん。その状態でこちらが先に見つけ出せば先に攻撃できるだろう」
声を小さくしたハミルトンが俺とギャリーに声をかけてきた。それしかなさそうに思えたのでどちらも頷く。
方針が決まるとギャリーは扉の取っ手に手をかけた。他の俺たち五人は武器を手に突入に備えて構える。
取っ手を手にするギャリーがゆっくりと扉を通路側に開けた。意外なことに軋む音はまったくしない。奇襲が成功しそうな予感がする。
最初に俺、続いてハミルトン、以後はローレンス、クレア、アルヴィン、そしてギャリーの順に研究室へと入った。入室後、ギャリーが扉を閉める。
廊下は青く燃える
けれど、このときばかりは見えない方が良かったと俺たちは痛感した。ダークエルフがあんな態度をとった理由を理解する。これはおぞましい。
扉の近辺は整然と標本らしきものが本棚のような背の高い棚に並べられているが、標本されているものはいずれも何らかの生き物のようだ。羊皮紙らしきものに文字のような記号が書かれているが読めないのでわからない。
その奥には大きな瓶の中に液体が満たされ、生き物や肉の塊が浮いているのを目にする。見分けがつくものは動物、魔物、人間、亜人、魔族と多様だ。中にはうごめいているものもある。
「なん、だ、これ」
「マジっすか」
「最悪」
俺の他、ギャリーとクレアが呻くような声を漏らすのを耳にした。本当に最悪だ。一体何の研究をしているんだよ、これ。
周囲の光景に圧倒されていた俺たちはそれでもゆっくりと進んだ。秘密裏に近づいて四天王を倒すという目的さえも一時的に忘れてしまうほどの異様な室内に不快感がこみ上げてくる。
「ようこそ、わが輩の研究室へ。気に入ってもらえたかな?」
天井から聞こえてきた部屋全体に響く声に俺たちは顔を上げた。けれど、特にこれという変化はない。その場に立ち止まって周囲にも目を向ける。
すると、いつの間にか正面の奥の方に、漆黒のローブを身につけた猜疑心の強い顔つきの小男が立っていた。俺たち六人に陰鬱な笑顔を向けている。背中に小さめの羽があることから魔族だとわかった。
その小男に対してハミルトンが声をかける。
「四天王のカニンか」
「わが輩を知ってる鼠とはな。人間にはほとんど知られておるまいと思っていたが」
「そうでもない。特に最近は有名だぞ。生き残っている四天王の一人としてな」
「人間に知られていたとしても嬉しくないな。で、何の用か? 呼んだ覚えはないが」
「最近、我が国も西の端から際限なくドブネズミが湧いてきているのでな。その親玉を駆除しようとやってきたのだ。禍根は根から断てというだろう」
「ははは! わが輩を殺しに来たわけか。面白い、やれるものならやってみるがいい!」
離れた場所に立っていたカニンが笑い終えると、周囲から魔物、いやこれはなんだ? 異形の者たちがいくつも現れた。動物の肉で作られた人型のものや複数の動物を歪に組み合わせた生き物などが迫ってくる。動きがそこまで速くないのが救いか。
木製の
「
「どうやって倒すんだ、これ!?」
「
火の精霊を召喚したクレアが
四天王のカニンへと突っ込もうとするハミルトンをローレンスが魔法で助け、その背後を襲おうとする魔物を俺とクレアとアルヴィンで迎え撃った。修道士のアルヴィンがどの程度戦えるのかと俺は思っていたが、
カニンが繰り出してくる
また
「魔法で薙ぎ払った方が良くねぇか?」
「こんがり焼ける火力を出せたらね。あたしにはローレンスの真似はできないわ」
召喚した火の精霊で
一方で、カニンに向かうハミルトンは表面が焼けて動きの鈍った
どうにか五人で一歩ずつカニンに近づいてはいるものの、状況を大きく変える決め手が俺たちにはなかった。このままでは四天王にたどり着く前に力尽きてしまう。
そのとき、カニンの悲鳴が室内に響き渡った。仲間の背後を守るために背を向けていた俺が振り向くと、ギャリーがカニンの背後から脇腹を剣で刺している。
「はっ、油断大敵っすね!」
「おのれ、こしゃくな! お前ら、こやつを殺せ!」
苦痛で顔を歪ませたカニンが命じると、近くにいた
剣を手放したギャリーが途中まで魔物の攻撃を躱すものの、密度が高くて逃げる場所が限られるせいで捕まってしまう。腕で殴られ、くちばしで抉られ始めた。
あともう少しというところまでカニンを追い詰めたギャリーの効果は俺たちにも及ぶ。カニンの前にいた魔物たちがギャリーを囲んだために層が薄くなったんだ。これでハミルトンとローレンスが一気に距離を詰める。もう間近だ。
俺はすかさずクレアとアルヴィンに声をかける。
「クレア、アルヴィン、ここは俺に任せてギャリーのところへ行け! 早くしないと死んじまうぞ!」
「わかったわ、少しの間我慢してて!」
「お願いします!」
すぐに反応した二人は踵を返して俺の近くから離れた。そうしてギャリーの周囲の魔物を蹴散らしていく。
一人になった俺は三人分の魔物を一手に引き受けることになった。それまででもぎりぎりだったのに三倍に増えた負担に長く耐えられるわけもない。俺は下がりながら防戦した。
ところが、思った以上に仲間と俺のいる場所は距離があったらしい。背後に回った
その後はどうなったのかはっきりと覚えていない。体中を殴られ、切られ、噛みつかれた感覚があった。自分が体を動かしているのかも曖昧になる。どこかで誰かが呼んでいる気がした。体がやたらと重くなったと思ったらなんだか軽くなったようにも感じる。
次にぼんやりとでも周りのことがわかるようになったときは、肩を担がれて暗い通路を歩いていた。どうして歩いているのかわからないし、どこに向かっているのかも知らない。ただ、やたらと気分が悪いことだけは強く感じていた。体の力が抜けてくる。
そうして俺は体を動かせなくなり、とうとう意識を手放した。
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