魔王城の秘密の脱出路

 ダークエルフの案内で俺、クレア、ギャリーの三人は魔界の領域にある漆黒の森へと入った。聖なる森の西隣にあるこの森はダークエルフの住む森だ。同じ森でも聖なる森よりも一層暗い。


 その森を西に進み続けると次いで山地が広がっている。この辺りでは陰鬱な山岳と呼ばれているらしい。非常に険しく、谷間には陰鬱な森という森林地帯が広がっている。


「この経路を覚えろ。迷うと出られなくなるぞ」


 案内役のダークエルフが無表情で伝えてきた。聞けば、この陰鬱な山岳と陰鬱な森には普段あまり入らないらしい。なので、漆黒の森とは違って迷っても助けられないのだという。


 最悪の状況を考えて俺たち三人は全員が進む経路を頭に叩き込んだ。後で確認すると俺だけ若干記憶が怪しかったがどうにか覚える。


 そうして聖なる森の集落から六日ほど歩き続けて目的の場所にたどり着いた。案内人に示されたそこは岩場の根元で、一見すると洞穴のようで何もない場所に見える。


「この奥にデモナル城に繋がる脱出路がある」


「ぱっと見てこれはわからないな」


「だから秘密の脱出路なんすね。うまく隠せてると思うっす」


「魔法を使って隠してるのかと思ったけど、そうでもないのね」


 それぞれ感想を口にしながらも俺たちは案内人に続いて洞穴に入った。クレアの精霊魔法で現れた光の玉で周囲が照らし出される。内部は荒削りの岩やむき出しの土が見えてまったく整えられていない。どう見ても自然の穴だ。


 歩きにくいその洞穴の中を進んで行くと、やがて人工的に作られた壁に突き当たった。暗闇の中を歩き続けていたから時間の感覚が怪しいが丸一日近く歩いた気がする。その先に人工物を見た俺はそれが魔族が作った建造物であっても安心した。


 先頭を歩いていた案内人が俺たちに振り返る。


「ここが終着だ。この先はデモナル城の地下倉庫に繋がっている。滅多に使われない物置のような場所だ」


「つまり、多少出入りしても見つからないってことっすね」


「頻繁に人が出入りしてたら秘密にならないものね」


「だったら、今ここから地下倉庫に入っても大丈夫なのか?」


 案内人どころかクレアとギャリーも俺に驚いた顔を向けてきた。まさか全員にそんな顔をされるとは思わなかったから俺は動揺する。


「あれ? いや、この重そうな石の扉がちゃんと動くのか見ておきたいし、地下倉庫の中も知っておいた方がいいだろう? 滅多に人が、あいや魔族が来ないんだったら確認できるんじゃないかなって思ってさ」


「実際のところ、どうなのよ?」


「普段誰もいないのは確かだが、やめておいた方がいいと忠告はしておく。どうしてもというのなら止めないが、オレはここで待つ」


「前に教えてもらった城内の地図通りなんすよね?」


「それは保証する」


「だったら少し見て回ろう」


 最後に俺が宣言するとクレアとギャリーは黙って頷いた。


 前に出た俺とギャリーは石の扉の左端に立ち、手を引っかける場所に指を入れて思い切り右側へと引っぱる。すると、石がこすれる重い音を立てながら石の扉が開いた。


 半ば辺りまでで止めると、ギャリー、俺、クレアの順に地下倉庫へと入る。まず埃の臭いが鼻につき、あちこちに古そうな武具や用途不明の道具が乱雑に置かれていた。


 陰気な森の中とはまた違う辛気臭さに顔をしかめたクレアがつぶやく。


「確かにここなら見つからなさそうね」


「オレ、ちょっと外を見てくるっすよ」


「それはいくら何でも危なくないかしら?」


「顔を出して通路の様子を見るだけっすよ。さすがに外に足跡を残すことはしないっす」


 ギャリーが離れていくのを見ながら俺は記憶に残るデモナル城の地図を思い出した。あれによると城内はなかなか広い。また、ダークエルフの話によると魔王は主に謁見の間か執務室にいるらしい。目的地に案内してもらってもたどり着くのは大変なように思える。


 提案した俺も周囲の様子を確かめるべく地下倉庫内をぐるりと巡った。置いてある物に見るべき物はなさそうだ。


 秘密の脱出路の入口に戻って来るとギャリーが声をかけてくる。


「足跡があったっすよ。たまには人が、いや魔族が巡回してるみたいっすね」


「ということは、当日気付かれるかどうかは出たとこ勝負になるのか」


「ここまで見つからずに潜入できただけでも上出来だと思うっすよ。贅沢を言えばきりがないっす」


「あたしもギャリーと同じ意見ね。この倉庫の中には特別な魔法もかかってなさそうだし、当日のことは勇者様たちにお任せするべきね」


「だったら下見はここまでにして帰ろう」


 魔王城の下見を終えた俺たち三人は地下倉庫から秘密の脱出路に戻った。石の扉を元に戻して来た道を引き返す。


 後はひたすら戻るだけだ。秘密の脱出路から出ると陰鬱の森を抜け、漆黒の森と聖なる森を通り過ぎ、獣の丘陵を越え、スーエストに到着する。ここまでで約三週間かかった。


 スーエストで冒険者ギルドに寄って伝言を聞くと、ハミルトンたちが先行して通り過ぎていたことがわかる。それが確認できると俺たちも二週間かけて王都カルマニーに到着した。実に約九ヶ月ぶりの王都だ。思わずため息が出る。


「懐かしいなぁ。こんなに空けるなんて思いもしなかった」


「やっと終わったわ」


「王都は相変わらずでっかいっすねぇ」


 三者三様の声を上げて俺たちは王国随一を誇る王都カルマニーに入った。去年まで当たり前のように感じていた街並みが今は新鮮に見える。


 冒険者ギルドに立ち寄った俺たちはいつものように伝言を確認した。すると、お高めの宿で待っていることを知らされる。夜になるのを待ってその宿に行くと、ようやくハミルトンたち三人と再会できた。


 そのまま全員で酒場へと向かうと飯を食い始める。その間に俺、クレア、ギャリーが魔王城で見てきたことを話した。最後にダークエルフが正しく情報を流していることを伝える。


「ダークエルフが魔王から離れたいっていうのは、俺は本気だと思うぞ」


「ふむ、魔王城の秘密の脱出路は本物だったか。これも王宮で報告せねばならんな」


「やっぱり、あの脱出路を使って勇者を魔王のところに送るのか?」


「最終的には王家と勇者様の決めることだが、おそらくはそうなるだろう。あまりにも便利すぎるから使わない手はない」


「だったら、当日魔王城内をダークエルフに手引きしてもらったらどうだろう。できれば他の魔族に出くわさずに魔王までたどり着けた方がいいと思うんだが」


「それはいい考えだな! よし、一緒に献策しておく」


 俺の半ば思いつきの提案にハミルトンが賛成した。言ってみるものだな。


 そんな俺とハミルトンの隣で、ローレンスが木製のジョッキを傾けながら上機嫌に語っている。


「クレア、ギャリー、これはつい最近聞いた話なんだが知ってるかの?」


「どんな話よ?」


「勇者様が四天王の一人パウフルを討ち取ったそうなんじゃ」


「え、あの巨人族の!?」


「そうじゃ! これで四天王のうち二人が勇者様の手によって倒されたことになる」


「マジっすか。すごいっすね。今年に入っていいことが続くっす」


「そうなんじゃ。おかげで魔王軍の進撃もピタリと止まり、今や王国軍が勢いを盛り返しとるらしいぞ!」


 話をしている三人が嬉しそうに盛り上がっていた。横で聞いている俺も嬉しくなる話だ。さっさと魔王軍を追い払って冒険者稼業に戻りたい。


 明るい話を聞きながら俺がエールをおいしく味わっていると、ハミルトンが難しい顔をし始めた。何事かと思って声をかける。


「ハミルトン、どうしたんだ?」


「いやな。去年任務を与えられたとき、一体どれだけ達成できるのか不安だったのだ。何しろそれまで自分は亜人とまともに話をしたこともなかったし、地方の領主とも面識がなかったからな。しかし、蓋開けてみればどうだ、大体達成できた」


「そうだな。俺もこんなにうまくいくとは思わなかったよ」


「うむ。しかし、その任務ももうほぼ終わった。後はたった今貴様らから聞いた話を王宮で報告したら、自分はこの任務を解かれるだろう」


「そっか、このチーム、いや、パーティも解散か」


「冒険者パーティというやつか? そうなるなぁ」


 ふと漏れた俺の気持ちにハミルトンが同意したことに俺は目を見開いた。


 木製のジョッキを傾けるハミルトンを見ながら俺は物思いにふける。一緒に戦争をしたくらいからか、このチームも悪くないと思い始めたのは。かつて在籍していた冒険者パーティのように居心地がいい。


 隣の席で盛り上がっている話を耳にしながら俺も感傷にひたった。結構大変だったけど悪くなかった。何より勇者になったアレンの役に立てたと自信を持てたのが嬉しい。ちゃんと有言実行できたわけだ。


 気分の良くなった俺は勢い良く木製のジョッキを傾けた。

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