聖なる森からの急報

 オビシット救援軍全体からするとそれほど苦労せずに町を開放できたことは幸運だった。まだ町の北側に陣取っている魔王軍と充分に対抗できる戦力を温存できたからだ。四天王の一人を勇者が討ち取ったことと並んで誰もが喜ぶ。


 軍と一緒に町へと入城した俺たちはローレンスの旦那とを探した。魔法使いの数は多くないのでほどなくして見つけ出す。


「ローレンス殿! 無事でしたか!」


「当然だ! この儂の魔法で魔族も魔物も片っ端からなぎ倒してやったぞ! ハミルトン殿は怪我をしたのか?」


「道中魔王軍に襲われてな、何とかしのぎきったが最後の最後で不覚を」


「なに、その程度のこと何ということもないわい!」


 お互いに肩を叩き合ってハミルトン殿とローレンスの旦那は生き残ったことを喜び合っていた。その後、全員で酒場へと向かう。


 酒と料理がテーブルに並べられると俺たちは一斉に食べ始めた。しばらく戦争をしていたからまともな飯がうまい。


 その間、俺たちは別れてからの自分のことを互いに伝え合う。勇ましかったこと、失敗したこと、面白かったことなどを聞いて、感心したり、笑ったり、喜んだりした。


 久しぶりの開放感もあって俺も気が緩んでハミルトン殿の肩を叩く。


「あの灌木の中でそんなぎりぎりのことをしたのか」


「もう見つかるかと思ったぞ。それが存外何とかなってな!」


「あっぶねぇなぁ、ハミルトンは! あ、失礼」


「構わんぞ! 今更遠慮する必要もない! これまで一緒に戦った仲ではないか!」


「それじゃもうハミルトンでいいや!」


「なら儂もローレンスでいいぞ。自分だけ敬称を付けられるのも変じゃしな」


「私はこれからも皆さんとご一緒したいですね。とてもやりがいを感じます」


 酒の勢いで口が滑ってしまった俺だったが、意外にもハミルトン殿、いやハミルトンは名の呼び捨てを許してくれた。それをきっかけにローレンスも続き、アルヴィンは何と今後も一緒に行動してくれるという。まるで冒険者パーティのような一体感だ。


 単に早くまともな飯にありつきたかっただけだったが、意外な結果をもたらした慰労会となった。


 数日後、俺たちは軍を抜ける。元々オビシットの町を開放するために参加しただけだからだな。しかし、スーエストにいくつかの小包を送ってくれるように頼まれる。どのみち北の街道は魔王軍に封鎖されているので直接は迎えない。俺たちは小包の件を快諾する。


 そうして改めてスーエストへと出発する。往きとは違い楽な旅だった。




 スーエストに戻って小包をデザイラル城に届けると、俺たちは晴れてお役御免となった。本来の仕事も片付いているから後は王都カルマニーへ戻るだけだ。


 開放感に包まれながら俺たちは六人で冒険者ギルドに向かう。この後全員で酒場に行くためだ。


 俺たち冒険者に続いて歩くハミルトンが不思議そうに声をかけてくる。


「ミルデス、冒険者ギルドへは何のために向かうのだ?」


「何かあるか確認するためだよ。町の冒険者ギルドには、自分たち宛の伝言やら荷物がたまに届いてることがあるからな」


「なるほど、何かあるかもしれんのか」


「伝言や荷物はこっちの都合は関係なく相手の都合で寄越されることもあるから、帰ってきたときは必ず確認しておくんだ」


 そう頻繁に色々と寄せられてもこちらが疲れるだけだけどな。


 気軽な気持ちで冒険者ギルドの受付カウンターに臨んだ俺たちだったが、受付係からの返答は意外なものだった。羊皮紙に書かれたことを読み上げられる。


「アニマ発、スーエスト着で、クレア宛ての伝言だ。重大な話あり、至急、森に戻れ、だ」


「あたし!?」


 まさかの指名に本人が誰よりも驚いた。アニマから届けられた伝言で森に帰れという指示に全員首を傾げる。


 わずかに沈黙した後、ローレンスが口を開く。


「重大な話も気になるが、そもそも森とはどこを指すのじゃ?」


「聖なる森よ。ダークエルフの件で前に一度帰ったのよ」


「アニマは確か獣の丘陵のはず。なぜ聖なる森の伝言をそこからしたのか」


「人間の町に伝言を頼むとすると、一旦アニマに出向くしかなかったんでしょうね。あそこって外とのやり取りはほとんどないから」


 面白くなさそうにクレアがローレンスの疑問に答えた。前に出会ったクレアの姉さんの態度を思い出した俺はその返答に納得する。


「ハミルトン、どうするっす? また二手に分かれるっすか?」


「いや、全員で行こう」


「それじゃすぐに出発だな。王都は遠いなぁ」


 春先以来、王都に帰れそうで帰れないことを俺は嘆いた。そうは言っても無視するわけにもいかない。俺たちはすぐに聖なる森へと向かった。




 半月以上かけて聖なる森へと向かった俺たちをエルフの族長であるフォレスフォースティアが出迎えてくれた。相変わらず無愛想だが敵対的ではない。


「よく来ました。壮健そうで何よりです、フォレスファースティア」


「ありがとう。それで、重大な話があるって伝言を聞いたんだけど」


「ダークエルフが魔族側から離反したいとこちらに伝えてきました」


「ええ!?」


「魔族の元で四天王の一人として働いていたブラレストが勇者アレンという者に討たれたことは知っていますか?」


「それは知ってるわ」


「その後、ダークエルフは魔王から動ける者はすべて差し出せと命じられたそうです。あの者たちはわたくしたちに勝つために魔族についただけで、魔族にすべてを捧げたいわけではありません。そのため、理不尽な要求に耐えかねてこちらに下ったのです」


「それは確かに重大な話ね」


「まだ話は終わっていません。あの者たちはこちらに下ってくるときの手土産として、魔王の居城であるデモナル城の秘密の脱出路について話す用意があるそうです」


「ええ!?」


 ダークエルフの離反だけでも驚いていた俺たちは更なる重要な話に目を見開いた。余程魔王の根こそぎ動員に腹を拗ねかねたらしい。


 食いついたのはもちろんハミルトンだ。前のめりに族長へと話しかける。


「それは是非とも教えていただきたい!」


「しかし、なぜそんな重大なことをダークエルフが知っているのじゃ?」


「元々魔王と魔族を信頼していなかったのでしょう。あの者たちは魔族の様子も密かに調べていたようです」


 首を傾げたローレンスの質問に族長が淡々と返答した。ダークエルフは味方になっても油断できないと強く思うようになる。


「ただ、あの者たちの同胞は今も魔族側と人間側に散って活動しています。そのため、いきなり魔王の元を去るとその同胞たちが危険に曝されてしまうことになります。それを避けるため、当面は離反した事実を隠し、魔王軍のために働きつつも人間側に情報を流すという形にしたいとのことです」


「オビシットでの戦いで途中からダークエルフを見かけなくなったのはのはこのせいじゃったか」


「ローレンス、そうなのか?」


「うむ。何か仕掛けてくる前兆かと身構えておったが」


 ハミルトンの問いかけにローレンスが頷いて答えた。それを見ていた俺もオビシットに向かう途中の戦いのことを思い出す。そういえば、魔族や魔物の姿は見かけたが、ダークエルフの姿は見かけなかったな。絶対にいると思ってたのに。


 他にも、魔族側は人間側への侵攻に重点を置いていてデモナル城の戦力は少ないこと、四天王のうちの二人である魔族将軍ハイリティと巨人族パウフルは侵攻軍と共に戦場にいること、ブラレスト亡き後は四天王の魔族賢者カニンが前線によく出るようになったことを教えてもらった。


 どれも重要な情報なので、この話を知ったハミルトンとローレンスはとても興奮している。普段ならどれか一つでも大手柄だ。


 ただ、今は先に決めておくべきことがあった。俺はそれについて仲間に問いかける。


「魔王の居城にあるっていう秘密の脱出路についての確認なんだが、こっちはどうするんだ? さすがに誰かが一度は見ておく必要があるだろう」


「確かに、浮かれてばかりはおれん。ただ、今知った話を早く王家に伝える必要もある。このダークエルフの情報は戦局に大きな影響を与えるからな」


「ということは、二手に分かれるっすか?」


「俺、クレア、ギャリーが秘密の脱出路を確認して、ハミルトン、アルヴィン、ローレンスの三人が王都に一足先に戻るっていうのはどうだ? 俺たち冒険者が王宮で報告なんてできないしな」


「それが妥当か。よし、ならばミルデス、脱出路のことは貴様に任せよう」


 俺の提案を受け入れたハミルトンがまっすぐな目を向けてきた。それに俺が頷いて答える。


 方針が決まると、ハミルトンたち三人はすぐに王都カルマニーに向けて翌日出発した。一方、俺たち三人の方も姿を現したダークエルフと共に集落を立つ。本格的に魔界と呼ばれる領域に入るのはこれが初めてだった。

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