オビシットを解放せよ

 スーエストに戻って来た俺たちは、町の郊外に多数の天幕が並んでいるのを目にした。その周囲に騎士や兵士が多数往来するのを見て遠征が近いことを知る。


 先に戻っていたアルヴィンとギャリーの二人とは冒険者ギルドで再会した。お互いに喜び合った後、ハミルトン殿が目を輝かせて俺に話しかけてくる。


「侯爵様の号令がかかり、先週辺りから続々と騎士や兵が集まってきている! オビシット解放のときは近いぞ」


「軍はいつ頃出発するんですか?」


「まずは先発隊が数日後に出発するらしい。オビシット伯爵様たちに我らが見捨てていないことを示すためだ」


 随分と意気軒昂なことに俺は呆れつつも納得した。騎士であるハミルトン殿にとって戦争は本分だ。血がたぎってしまうんだろう。


 などと俺が思っていたら、ハミルトン殿が困ったことを叫び出す。


「こうなればじっとしておられん。自分たちも軍に自主参加しよう!」


「え!? そんなことできるんですか?」


「できるとも、有志が義を見て自主的に軍へ参加することは珍しくない。幸い、自分は騎士で貴様らがいれば最小単位の集団になる。参加は充分にできる」


「ちょっと待ってくださいよ。戦争は領主様に任せておけばいいでしょう」


「何を言う。仲間であるローレンス殿がオビシットに残っているではないか。自らの手で助けずしてどうするというのだ?」


 ローレンスの旦那のことを持ち出された俺たちは絶句した。てっきり軍の後方をついて行くだけだと思っていたからだ。最前線で戦うなんて少なくとも俺は考えていない。


「では、私も同行させてください。今回の件であなた方はとても好ましい方たちだと知りました。同胞を救うために私も微力を尽くしたいのです」


「素晴らしい! 癒やしの奇跡を使えるあなたがいれば傷など恐れる必要はない。ぜひお願いする」


 何やら真面目な二人が妙に盛り上がっていた。これはいよいよ断りにくい。


 結局、ハミルトン殿に押し切られる形で俺たちはオビシット救出軍に参加することになった。




 オビシット救出軍の先発隊に参加することになった俺たちは、四月の半ばにスーエストを出発した。俺たちの中で元気なのはハミルトン殿とアルヴィンだけだ。俺とクレアとギャリーの足取りは重い。


 それでもオビシットへどうにか向かう気になったのは良い知らせを聞いたからだ。なんと、四天王の一人ダークエルフのブラレストが勇者アレンに討ち取られたらしい。今まで四天王には散々煮え湯を飲まされた俺たちはこの朗報に沸き立った。


 オビシットまでの道のりは個人あるいは小集団ならば一週間程度だが、これが軍という大集団になると遅くなる。俺たちの場合は二週間近くかけて街道を進み、丘陵地帯と灌木地帯の狭間はざまに入った。ここからは町を包囲している魔王軍の領域だ。


 平地から起伏のある場所に入ると、空に飛翼竜ワイバーンの姿が見えるようになった。それに合わせて、ここからは先発隊から更に先へと偵察隊を送り込んで様子を窺う。


 同時にいつでも戦えるように先発隊は戦闘隊形となった。俺たち五人はハミルトン殿を隊長として先発隊の左翼、丘陵地帯に配置される。何組かの小集団ごとに丘から丘へと渡って周囲を警戒した。


 西側が丘、東側に灌木が続く一帯を眺めながら延々と歩く。


「ハミルトン殿、敵が攻めてくるとしたら、どう仕掛けてくると思うっすか?」


「魔王軍といえども真っ正面から力攻めというわけではあるまい。王国の西側での戦いでは立派な戦術を使ってくるらしいからな。そうなると、自分ならば奇襲を仕掛ける」


「奇襲っすか? 待ち伏せっすかね」


「そうだ。灌木地帯は背丈の低い草木が生い茂っておるし、ここの丘陵地帯は丘の間の谷間が草木で見えにくい。這いつくばっていたら、なかなか見つけられん」


「少し前にあたしたちがそれを利用したわね」


「その通りだ、クレア。今度は魔王軍がそれを利用するというわけだ。人間と違い、地面に張り付くのが得意な魔族や魔物もいるだろうしな」


「爬虫類系や四本脚の魔物が隠れてたら面倒だわ」


 周囲を警戒しながらギャリーやクレアがハミルトン殿と雑談を交わしていた。黙っていた俺は先日の印象が強いせいか、ダークエルフを真っ先に思い浮かべる。


 そうやって進軍していると二日目に魔王軍とついにぶつかった。灌木地帯を進んでいた味方が待ち伏せ攻撃を受ける。あっという間に乱戦になっていく様子を丘の上で目の当たりにした。


 その様子に俺が目を見開いているとハミルトン殿が声を上げる。


「周囲を警戒しろ! こっち側からも仕掛けてくる可能性があるぞ! 特に谷間だ!」


 自分がどこにいるのか俺たちはすぐに思い出した。気持ちを切り替えて自分たちの立っている丘の周りに目を向ける。その直後、他の丘の上にいた味方が谷間を走る魔族と魔物を発見したと声を上げた。


 遅れて俺たちも魔族と魔物を目にする。魔王軍側は丘の上の俺たちには用がないと言わんばかりに谷間を走っていて、そのまま先発隊本部へと突っ込もうとしていた。


 丘陵地帯の部隊を取り仕切る隊長の配下から丘を降りて戦うよう命じられる。目を剥いた俺たちだったがハミルトン殿は張り切った。剣を手に俺たちへと声をかける。


「諸君、あの敵どもに向かって突撃だ! 続け!」


「マジかよ!」


 悪態をついた俺だったが、それでもハミルトン殿に続いた。隣にギャリー、後ろにクレアとアルヴィンだ。


 声を上げながら丘を下りて行く。俺が狙うのは突撃猪チャージボアという猪系の魔物だ。成人男性くらいの大きさで真正面から突っ込まれると非常に厄介だが、横からの攻撃は案外弱い。ここなら方向転換もしにくいので、側面から襲って足を切り落とせば何もできなくなる。


「ピギィィィ!」


 甲高く叫ぶ突撃猪チャージボアの側面に向けて突っ込んだ俺はその後ろ足を剣で薙いだ。あまりの衝撃に剣を持っていかれそうになるが両手で踏ん張って耐える。後ろ足の片方を半ばまで切断された突撃猪チャージボアは通り過ぎた直後に転倒した。これでもうまともに動けないし、あの魔物自体が障害になって後続を止めてくれるはずだ。


 谷間の底で一旦立ち止まった俺だったが、それが失敗だったことにすぐに気付いた。次々とと魔物が突っ込んでくるからだ。すぐ近くまで狂奔鹿マッドディアが迫ってきている。


「うおおぉぉぉ!」


 今度は俺が叫びながら横に転げ回った。成人男性の二倍もある体格にバカでかい角を突きつけて突っ込んでくる化け物と正面からやり合うなんて正気じゃない。


 別の丘の麓まで転がった俺はそこで立ち上がると周囲に顔を向ける。俺が後ろ足を半ばまで切断した突撃猪チャージボアが倒れて暴れている直前で狂奔鹿マッドディアは立ち止まっていた。ところが、その後ろから一角牛ユニホーンバッファローが突っ込んで悲鳴を上げている。あ、魔物同士で争い始めた。


 こうして完全に乱戦となった戦場で俺は一人で戦い続ける。仲間の姿をたまに見かけるので近づこうとするが、その都度魔物に邪魔をされて合流できない。


 一体どのくらい戦ったのかさっぱりわからなかったが、気付けば近くにまともに動ける魔物はいなかった。立ち上がれずに地面で暴れる魔物の泣き声を聞きながら俺は仲間の姿を探す。


 最初に見つけたのはクレアだった。疲れ切った表情をしているが俺を目にして声をかけてくる。


「ミルデス、生きてたのね」


「なんとか。他のみんなは?」


「あっちの方にアルヴィンがいるわ。怪我をしたハミルトン殿を治療してる」


「大丈夫なのか?」


「一命は取り留めたけど、結構な重傷ですって。治癒の奇跡である程度は治せるらしいけど」


「で、ギャリーはどこに?」


「ギャリーはあっちの方で見かけたわね。何をしているかまでは知らないけど」


 話を聞いた俺はクレアと別れてギャリーのいる方へと向かった。すると、立ってじっとうつむいている姿を見かける。


 近づいて声をかけようとした俺はギャリーが顔を向ける先に目を向けた。すると、頭部が陥没した男の死体が横たわっている。装備からすると、冒険者らしい。


「ギャリー、知り合いか?」


「違うっす。突進してきた魔物を転がって避けたところに別の魔物が突っ込んできて踏まれたのを見ちまったんすよ」


「それは」


「ツイてなかったんすねぇ」


 死ぬときは割とあっさりと死ぬのが冒険者だ。こうやって他の同業者の死体を見ることは珍しくないのでもう何とも思わない。感覚が麻痺している自覚はある。


 その後、戦いが終わってからの部隊の整理で俺たちは後方に下げられた。ハミルトン殿の負傷が完治しなかったからだ。


 後からやって来た本隊と合流して再びオビシットに向けて出発した。再び魔王軍と戦うことを覚悟していたが、何と街道沿いをそのまま最後まで進めてしまう。


 こうして俺たちは包囲されていたオビシットにあっさりと入城できた。

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