スーエストの修道士、獣の丘陵へ往く

 冒険者ギルドにあった伝言で指定された宿屋に向かった俺とクレアはそこで他の仲間と再会できた。自分たちの体験から厳しい脱出口だと想像できたので互いに健闘をたたえる。


「ハミルトン殿、ギャリー! 無事そうで何よりだな!」


「はっはっは! あの程度多少歩きにくかっただけだ」


「さすがに灌木の中を這って進むのはきつかったっすね」


 話を聞いていると、やはり最初にスーエストに到着したのはハミルトン殿とギャリーだった。昼間に飛翼竜ワイバーンの目をかいくぐる必要はあったが、ダークエルフとは遭遇しなかったという。なので夜に灌木地帯を一気に駆け抜けたそうだ。


 そんな話を色々と聞いていた俺たちだったが、ここでハミルトン殿から提案を受ける。


「皆、聞いてほしい。自分たちは幸運にも四人全員が再び集まることができた。本来ならば王都カルマニーに帰って王宮に報告するべきであろう。しかし、同じ仲間であるローレンス殿が残っているオビシットは魔王軍に包囲されたままだ。このまま放ってはおけん」


「そうは言っても、四人だけで魔王軍の相手はできないわよ?」


「クレア、貴様の言う通りだ。しかし、我々がデザイラル侯爵様に急報を告げたことで、近く救出のための軍が派遣されるだろう。これに参加しようではないか」


 危険な魔王軍の包囲を突破した俺たち冒険者の反応は微妙だった。理屈では理解できる。ただ、再びあそこに戻りたいかと言われると尻込みするのも確かだ。


 そんな俺たちの態度を見たハミルトン殿だったが、しかし冷静なままだった。そのまま言葉を続ける。


「ただ、どうせいくさに参加するのならば勝ちたいのが人情だ。もちろん自分もそうである。だからこそ、より確実に勝てるための方策を侯爵様に献策しようと思う」


「ハミルトン殿、そんなことを思い付いたのか?」


「ミルデス、知りたいか? ならば教えてやろう。我々のこれまでの成果を報告するのだ」


「あの勇者の支援を取り付けたことを?」


「そうだ。あの成果の中には、勇者様だけでなく、王家を始めとした王国全体の利益もあるからな」


「具体的にはどんなことを献策するんだ?」


「獣人がデザイラル地方の村を襲わなくなったことが好例だろう。これを侯爵様のお耳に入れれば、それだけオビシット救援の軍が厚くなろうというものだ」


 検索の内容を知った俺は自分たちのしてきたことを思い出した。勇者の支援ということに目が行きがちだったが、そういう活用の仕方もあるのか。


 感心した俺はそのまま黙った。しかし、代わりにギャリーがハミルトン殿に尋ねる。


「それはいいっすけど、どうやって献策するっすか?」


「もちろん直接お目通り願って献策するに決まってるではないか」


「でも、今の侯爵様はお忙しいんすよね? 会ってもらえるっすか?」


「それはもちろん、会ってもらえる、はず」


 最初こそ勢いは良かったハミルトン殿の言葉は次第に弱くなっていった。オビシットの町を救援するための軍を派遣する準備をするのだから暇なわけがない。俺たちのような一介の冒険者はもちろん、騎士であってもここではよそ者のハミルトン殿でさえもあちらから見たら大した存在じゃない。


 すっかり黙ってしまったハミルトン殿に対して俺は少しかわいそうに思う。主張していることは正しいし、実際に有効でもあるはずだ。しかし、それを伝えられる立場にない。こういうときに地位が活きるんだなと俺は初めて知った。そして同時に思い付く。


「ハミルトン殿、誰かに頼んで献策してもらったらどうなんだ? 前にここで侯爵様に近い有力者の方々と面会していたよな」


「なるほど、そうか! それならば侯爵様も献策を受け入れてくださるに違いない!」


「誰か献策してくれそうな人は知ってるのか?」


「そういうことならカイル司教はどうっすか? デザイラル派の司教ならば元々獣人との交流があるっすから、今回の成果を伝えれば積極的に動いてもらえるかもしれないっすよ」


「それだ! 早速そうしよう!」


 再び元気を取り戻したハミルトン殿がギャリーの意見を採用した。事は一刻を争うと主張して二人で宿を急いで出て行く。


 ここからは後になって聞いた話だ。ギャリーを伴ったハミルトン殿はカイル司教と面会すると、今回の亜人たちに対する活動の成果を伝えた。そして、獣人との争いは回避されたことを特に強調する。すると、カイル司教はしきりに喜ばれ、すぐにでも侯爵様に献策する手助けをしてくれることを約束してくれたそうだ。


 後はすぐだった。翌日には侯爵様への面会が実現し、ハミルトン殿はカイル司教と共にこれまでの自分たちの成果を説明されたらしい。これでそのまま侯爵様がハミルトン殿の話を受け入れてくだされば良かったのだが、さすがに話だけでは信用できないと返事をされる。そういえば、証明できるようなものは何もなかったな。


 ここで苦境に立たされたハミルトン殿だが、それをカイル司教が手助けされた。信頼できるデザイラル派の修道士を獣の丘陵へ派遣し、確認してくれることを請け負ってくれたのだ。こうなると侯爵様も安易に拒否できない。獣人との約束が有効だという前提で準備をしつつ、確認が取れ次第実行に移すことを約束してくださったそうだ。


 こうしてハミルトン殿はカイル司教推薦の修道士を連れて獣の丘陵に向かうことになった。もちろんそうなると俺たちも同行することになる。何しろ俺たちが約束を交わした本人だからな。


 オビシット救援の準備が進められる中、俺たちはカイル司教から紹介された修道士と教会で会った。灰色の修道服を着た白っぽい銀髪に優しそうな顔の青年である。


「アルヴィンと申します。以後、お見知りおきを」


 穏やかそうな見た目通りに優しそうな声のアルヴィンが俺たちに加わった。武術を使え、その上癒やしの奇跡まで扱えるらしい。冒険者だったらどこのパーティからも引っ張りだこだ。


 ともかく、これで準備が整う。俺たちは早急に獣人たちとの約束を確認するために獣の丘陵へと出発した。




 獣の丘陵にあるアニマの集落に俺たちはたどり着いた。この十日以上の旅を経た後でもアルヴィンは大して疲れた様子も見せない。


 感心した顔をハミルトン殿がアルヴィンに向ける。


「意外と健脚だな」


「説法をする司教様と共にあちこち回りますから、歩くのには慣れているのです」


「なるほど、そういえばそんな一行に旅先で出会ったことがあったな」


 確かに貴族様だと太っている人を見かけることはあるが、教会の修道士でそんな人は見たことがないな。こういう理由もあるのか。


 集落に着くと俺たちは大天幕へと向かった。大人数で押しかけるも迷惑だから、アルヴィン以外に俺とハミルトン殿だけが中に入る。


 大天幕の中は相変わらず獣臭かった。そして、何時もの光景が目に入る。何人もの獣人がいいて、大人の獣人が子供をあやしてたり、寝そべってたりしていた。


 絶句するアルヴィンとハミルトン殿をよそに俺が丸まって寝ている犬の獣人に声をかける。


「ドギオン、人間の使者を連れてきたんだ。起きてくれ」


「人間の使者ぁ? ミルデスじゃないか! 久しぶり!」


「お前相変わらず寝てばっかりだな」


「眠いんだからしょうがないだろ。ところで、人間の使者ってどいつだ?」


「こちらだよ。スーエストの町の教会の修道士なんだ。名前はアルヴィン」


「おおそうか! 犬族の出身で獣人連合の代表をしてるドギオンだ。人間側の教会については知ってるぞ」


「お初にお目にかかります。私はスーエストのデザイラル教会の修道士カイルです。以後、お見知りおきを」


「おお? 随分と丁寧だな。まぁいいや。で、わざわざやって来たのはどうしてだ?」


「実は、私の背後にいる方々から人間と新たに約束を交わしたという話を伺いまして、それについて確認しに参りました」


 ここで俺がドギオンに以前交わした約束を人間側の偉い人に認めさせるためにやって来たのだと説明した。アルヴィンはそのための使者だとも。


 話を聞き終えたドギオンがカイル様に大きく頷く。


「ミルデスの言ってることは確かだぜ。人間の里を襲ってた狼族は討伐したから、今は被害なんてねぇだろ?」


「今年の二月頃から被害がなくなったと聞いております。なるほど、この方たちの話は事実のようですね。これで皆が安心して暮らせます」


「あと、魔王軍との戦いには参戦しねぇが、勇者の支援ってのはするからよ、そこも安心してくれていいぜ」


「承知しました。侯爵様にはそうお伝えいたします」


 獣人との約束を偉い人たちに確認させることができた俺は一安心した。


 この後、この知らせを急いで知らせるためにアルヴィンとギャリーが先行してアニマの集落を旅立つ。残りの俺たち三人は二日後に出発することになった。

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