急報をスーエストへ
魔王軍に包囲されつつあるオビシットの町で、俺たちは領主であるオビシット伯爵様から伝令の任務を与えられた。そこで、ローレンスの旦那以外の四人がスーエストへ急報を届けることになる。
二人一組になって隠れながら魔王軍の包囲を突破することになった俺たちは具体的にどうするかを検討した。その結果、夜陰に乗じて丘陵地帯と灌木地帯を密かに突破することになる。街道を避けるので進むのに苦労するのは承知でだ。
日没前、俺たちは腹ごしらえと充分な休憩をした後に武具で身を固めて南の城門へと向かう。この頃になると外からの避難民はおらず、門も閉じられていた。魔王軍が攻めてくるから当然だ。そのため、ハミルトン殿が伝令の任務について担当部署の隊長に説明をして門をわずかに開けてもらう。
「それでは手はず通り行くぞ。スーエストで会おう」
門が閉じられる音を聞きながら俺たちはハミルトン殿の言葉に頷いた。ハミルトンの旦那とギャリーが東側の灌木地帯を目指して暗闇に姿を消す。俺とクレアは南側の丘陵地帯を目指して小走りした。こうして俺たちはそれぞれの経路でスーエストを目指す。
闇夜に紛れる俺とクレアは丘と丘の間を縫うように進んだ。灌木地帯と同じく低い木々が生い茂っているから隠れるのに都合がいいが、暗いこともあって歩きにくい。
「くっそ、ここまで歩きにくいとはな。クレアは平気か?」
「誰に言ってるの。あたしは平気よ。森の出身なんだから、こういう所を進むのは得意なの」
「そういえば、聖なる森を歩いてるときも平気そうだったな。あれ、地元だからってだけじゃなかったのか」
「喋ってないで周りに集中して。ただでさえ、ミルデスは動くと音がうるさいんだから」
感心した直後にクレアから注意されて俺は言葉に詰まった。緊張感はあるんだが、こうも歩きにくいと愚痴りたくなるんだよな。
当初は俺が先を進んでいたが、歩みが遅くうるさいということでクレアと交代した。すると、言うだけあってクレアは驚くほど静かに進んで行くのを目の当たりにする。俺はやっぱり草木を踏むなどして音を出していたが迷わなくなったぶんだけましになった。
最初の難関に出発当夜にぶつかる。クレアが立ち止まり、俺に顔を近づけてきた。苦々しげな声でささやきかけてくる。
「ダークエルフよ。伏せて」
いきなり最近戦った種族と出くわして俺は顔をしかめた。森の中で戦ったときにやたらとすばしっこかった記憶がある。あのときは優勢な状態で戦えたが、今はまったくの逆だ。
エルフのクレアがこういった場所を得意とするならば、ダークエルフも同じだと俺にだって予想できた。少なくとも人間よりはそうだろう。
地面に伏せている俺にはどこに敵がいるのかまったくわからなかった。暗くて見えないだけでなく、歩くときに聞こえるはずの草木のこすれる音も聞こえない。もしこれで近くにいるというのなら、なるほど俺はかなりうるさい音を撒き散らしていたことになる。
ひたすらじっとしていると、やがてかすかな音と共に誰かが喋る声が聞こえてきた。人が使う言葉ではない。森で戦ったダークエルフが使っていた言葉と似ている。
その敵は光の玉を自分たちの周囲に巡らせているようだ。たまに俺の近くの草木がその光に明るく照らされる。俺たちの近くまでやって来たダークエルフはそのまま通り過ぎていった。
声や音が聞こえなくなって結構してからクレアが声をかけてくる。
「いいわよ」
「ここまで静かにしないといけないのか」
「この辺りの地形を考えると、あいつらをここへ寄越したのは正解ね。おかげでまったくやりにくいったらありゃしないわ」
「俺もそう思う。けど、これで先に進めるんだよな」
「そうね。戻ってこないうちに行きましょう」
この場に居座る理由もなかったので俺たちはすぐに先へと進んだ。
一夜明けた翌日、仮眠を取った俺たちはかなり日が昇ってから移動を再開した。暗闇とは違って視界が利くから俺の足取りにも不安はない。音はできるだけ出さないように気を付けているものの、正直どの程度効果があるのかわからなかった。
そんな俺たちは日の昇る間なら順調に進めたかというとそうでもない。夜はダークエルフが見張っていたが、昼は空を
最初に見つけたのは偶然だ。ある程度歩いてから俺が一息つこうと立ち止まって何気なく空を見上げたときに、丘と空の境目に動くものを見つけた。しばらくじっと見つめてその正体に気付く。
「
偵察や巡回ならば丘を歩いてくるとばかり思っていた俺は慌てて地面に体をくっつけた。同時にクレアへと声をかける。
「クレア、空から見えにくい場所ってこの辺にありそうか?」
「もうちょっと右に行って。その背の低い木の下に入ればなんとか」
もらった助言に従って俺は右手にある背の低い木の枝の下に寄った。ああこれ、服の上からでも刺さる細い棘がある木じゃないか。ちっくしょう
「くそ、空から見張られたら動けないぞ。夜までじっとするしかないのか?」
「
「俺たちから離れた場所で精霊に見張らせたらどうなんだ?」
「このままじっとしてるよりましね。いいわ、やってみる」
俺の提案に乗ったクレアが呪文をつぶやくと、あまり輝かない小さな光の玉が現れた。それがゆっくりと俺たちから離れてゆく。
地上よりもはるかに視界が利く空の巡回への対抗手段は限られた。俺たちの場合はクレアが呼び出した小さな精霊に見張ってもらい、視界外へ去って行ったか確認してもらうしかない。
刺さる棘に我慢しながら俺はひたすら木の下で隠れ続けた。待っているときの緊張感が一番つらい。その俺にクレアが声をかけてくる。
「もういいわ。東の方へ向かって行ったから」
「ふう、夜とは別の意味で結構きついな、これは」
「魔王軍もバカじゃないってことね。こっちがやりにくいように亜人や魔物を使ってるんだから」
「それでもうまくやり過ごせたんだから、俺たちの方が上手ってことだよな」
「随分と前向きじゃないの、ミルデス」
「でなきゃやってらんねぇ。さて行くか」
再び動けるようになった俺とクレアは草木の間から抜け出して立ち上がった。そうして周囲を警戒しながら歩き始める。今度は空にも注意しながらだ。
この後、通常なら一日程度で抜けられる丘陵地帯を俺たちは三日かけて突破した。さすがに平地までやって来ると魔王軍の巡回の範囲外らしく、そこからは亜人も魔物も姿を見かけなくなる。
ようやく安全圏に入ったことを確信した俺たち二人は街道に復帰し、そのままスーエストに向けて急いだ。疲れていたけどここは踏ん張り時だと頑張った。
その甲斐あって、ようやく俺たちはスーエストにたどり着く。街中に入り、領主様の城、デザイラル城に足を運んで門番に告げる。
「俺たちはオビシットからやって来た冒険者です。魔王軍に包囲された直後の町から脱出し、オビシット伯爵様からの急報の書状をお渡ししに来ました」
「お前たちが? これがその書状だと? 確かに封は貴族様のものだな。今から応接室へと案内させる。途中で武器類は預かるが抵抗するなよ」
素直に俺とクレアが頷くと別の門番が使用人を城内から呼んできた。再びその書状を見せて使用人に納得してもらうと中に入れてもらう。
途中で武器類を相手方に預けた俺たちは応接の間へと案内された。
かなり待たされた後、身なりの良い男が入ってきたので俺とクレアは立ち上がって一礼する。男が座ってから俺たちも座ると、俺は目の前のローテーブルに書状を差し出した。それから口を開く。
「これがオビシット伯爵様から預かっていた書状です。先日、魔王軍に包囲された町から脱出して届けに参りました」
「確かに本物だな。ご苦労だった。この件については既に連絡を受けている。お前たちは下がって休むといい」
「俺たちの仲間が既に届けていたんですか?」
「あれがお前たちの仲間かは知らん。ただ、別の者から書状は既に受け取っているというのは事実だ。帰りに褒美を受け取らせよう。下がって良いぞ」
そう言って立ち上がった男は俺たちに見向きもせずに応接の間から去った。
役目を果たした俺とクレアは使用人から武器類を返してもらい、同時に小袋を手渡されてデザイラル城から出る。これで役目を果たせたわけだが、既に先を越されていたので思ったほど達成感がなかった。
それでも気持ちを切り替えて二人で冒険者ギルドへと向かう。既に書状が領主様に届いていたのなら仲間が先に伝言を伝えているはずだ。
果たして俺の予想通り、冒険者ギルドにはギャリーたちからの伝言があった。
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