魔王軍来襲と伝令のお役目

 有力家臣の内通事件を解決した俺たちのチームは事後処理のためにオビシットに二週間滞在した。伯爵様の説得もどうにか成功したから、もうこの町ですることはない。


 ということで、俺たちは王都カルマニーに戻る準備を始めた。デザイラル地方でやるべき仕事はある程度達成できたため、一旦王都に戻って王宮に報告することになった。実に半年近くぶりである。


「やっと帰れるなぁ。早く王都のガッツリ丸焼きステーキが食いたい」


「いいわねぇ。あたしは牛肉煮込みの特濃スープが食べたいいわ」


 俺とクレアが馴染みの店で食べてるいつもの品を語り合った。あれをエールで流し込むのが最高なんだよな。ああ、早く食いてぇ。


 そんな俺たち二人の話にギャリーが入ってくる。


「王都は一回だけ行ったことがあるっすね。スーエストよりも大きい町なんてあそこくらいしか見たことがないっすよ」


「ギャリー、お前この地方から出たことあるのか」


「ちょっとした用事で行ったんすよ。すぐに戻ってきたんすけど」


 てっきりギャリーはデザイラル地方から出たことがないと思い込んでいた俺は目を見開いた。これなら案内してやると喜ぶかもしれないな。


 オビシット出発の前日、俺たち三人は揃って冒険者ギルドへと向かった。ハミルトン殿たちは伯爵様の屋敷に行って挨拶をするらしいが、俺たちは冒険者ギルドで何か変わった情報がないかを確認するためだ。


 仕事が一段落した開放感から俺たちは揃って和やかに町中を歩く。ところが、いつもと微妙に町の様子がおかしい。何かざわついているような感じがする。


 首を傾げながらも尚進み、俺たちは冒険者ギルドにたどり着いた。すると、その建物の周辺は明らかに緊張感があり、出入りする冒険者たちの顔には困惑や焦燥が浮かんでいる。そこで初めて俺たちも何か異変があったことを確信した。


 俺たちからも宿を出た頃の和やかな雰囲気はすっかり消え失せる。不安な表情を浮かべながら建物の中に入といつもよりもざわめきが大きい。代表して俺が受付カウンターで係の職員に声をかける。


「この緊張感、普通じゃないよな。一体何があったんだ?」


「恵みの湖の方から魔王軍が町へ攻め込んで来たらしいんだ。北と西の城門はすぐに閉じられて開く見込みはない。今は南の城門だけが開いてる」


「マジで魔王軍が来たのか? 昨日までそんな話は聞かなかったぞ」


「オレだって知らねぇよ。北や西から逃げてきた連中の話だと、片っ端から旅人や商人を殺しながらこっちに向かってきてるらしい」


 そこまで聞いて俺は絶句した。出発直前に魔王軍がやって来るなんてあまりにも間が悪い。これで王都へは向かえなくなった。


 目を見開いて黙る俺の脇からギャリーが受付係に声をかける。


「南の城門はまだ開いてるっすね。ということは、南からはまだ逃げられるっすか?」


「今のところはそうだろう。南で魔王軍の姿を見たっていう報告はないからな」


「ミルデス、早く町から出るべきっすよ。ここにはもう用がないんすからね」


 振り向いたギャリーに声をかけられた俺はクレアに顔を向けた。真剣な表情で頷かれる。こうなると、いつまでも冒険者ギルドにはいられない。


 早くオビシットの町を出るという決断をした俺たち三人は急いで宿に戻った。今日は出発の前日だがのんきに明日なんて待っていられない。


 宿の部屋に入った俺たちはすぐに荷物をまとめた。ところが、ここでまだハミルトン殿たちが戻って来ていないことに気付く。伯爵様の屋敷に行ったっきりだ。俺は頭を抱える。


「しまった。あの二人がまだ戻って来てないぞ。迎えに行くか」


「入れ違いになったら面倒じゃない?」


「けど、いつ帰ってくるからわからないのを待つってのもな。やっぱり俺が迎えに行くよ」


「だったらオレは南の城門の様子を見てくるっすよ。すぐ戻って来るっす」


 バラバラに動く危険性は確かにあるが、無為に待ち続ける不安の方が俺は強かった。クレアには宿で待ってもらうことにして、俺とギャリーが宿を出る。


 何度か見かけたことのある伯爵様の屋敷がある方へと俺は急いだ。今や町中のざわめきがはっきりと目に見える。漏れ聞こえる話から誰もが魔王軍の来襲を知っていた。


 急ぎ足で伯爵様の屋敷にたどり着いた俺は、そこでちょうど屋敷の門から外に出たハミルトン殿とローレンスの旦那の姿を目にする。


「ハミルトン殿、ローレンスの旦那!」


「ミルデスか! ちょうど良いところに来たな。すぐに宿へと戻るぞ」


「冒険者ギルドで魔王軍が攻めてきたって聞いたぞ。町の騒ぎはそのせいだ」


「知っておる。自分たちも先程伯爵様から伝えられたのだ」


「それじゃ、北と西の城門がもう閉じられたことは知ってるんだな。開いてるのは南の城門だけだそうだぞ」


「それも聞いた。ともかく、宿に戻る。全員に話さねばならんことがあるのだ」


 敵の侵攻を聞いたのとはまた違う、何らかの緊張感に包まれているハミルトン殿を見た俺は黙った。いい予感はしないが避けられそうにもなさそうだ。


 徐々に増えてきた人通りを縫うようにして俺たちは宿に戻った。部屋でクレアが迎えてくれたが、直後にギャリーも戻ってくる。


「ギャリー? 随分と早くないか?」


「ヤバいっす。南の城門はまだ開いてるっすけど、町に入ってくる人が多いっす。一人捕まえて聞いてみたら、南にも魔王軍が現れたそうっすよ」


「嘘だろ? ということは、包囲されたってことか?」


「たぶんそうっす。羽の生えたヤツや肌が黒くて耳が尖ってるヤツがいたそうっすから、魔族とダークエルフがいるかもっすね」


 要点を聞いた俺たちは頭を抱えた。魔王軍来襲の報を聞いて包囲されるまであまりにも早すぎる。何がどうなっているのかさっぱりわからない。


 そんな俺たち冒険者を見ていたハミルトン殿が話しかける。


「状況はかなり切羽詰まっているようだが、まずは自分の方から重大な任務を皆に伝えねばならない。自分たちが伯爵様に別れの挨拶をしようとしたところ、先方からこのオビシットに魔王軍が侵攻してきたということを知らされた。そして、それを確認できた後にスーエストのデザイラル侯爵様へ急報の伝令を出された。しかし、その伝令だけでは不安ということで、自分たちも書状を侯爵様にお届けするという大役を仰せつかったのだ」


「伝令役になるのか、俺たちが?」


「その通りだ。書状もこの通り預かってきている」


「いや、ちょっと待てよ。そんな大役をいきなり俺たちにしろだなんて。さっきのギャリーの話を聞いただろう。包囲されて外に出られないんだぞ?」


「そこをどうにか外に出て、魔王軍の包囲網を突破するのだ」


 目を剥いた俺が反対するがハミルトン殿は既に引き受けたことだとして取り合ってくれなかった。どうにも自殺行為にしか見えない。


 顔を引きつらせる俺に代わってクレアがハミルトン殿に問いかける。


「外は魔王軍が包囲してるそうだけど、どうやって突破するのよ?」


「侵攻の第一報から南の街道の封鎖までの間隔がかなり短い。魔王軍もそれなりに準備をしてやって来たのだろうが、それにしたって限度はある。恐らく、街道近辺やその他目立つ場所をまず抑えて町の周辺に目を光らせているのだろう。つまり、今ならまだ包囲は完璧ではなく、突破することは難しくないということだ」


「まだ魔王軍の手が回ってないところから抜け出すわけっすか」


「その通りだ」


 クレアとハミルトン殿の話を聞いた俺やギャリーはなるほどと頷いた。いきなり魔王軍が町の全周囲に現れたと思って焦ったが、どうやらそうでもないらしいことを知って安心する。


 しかし、厄介な仕事であることには違いない。問題は、具体的にどう突破するかだ。俺たちが黙っているとハミルトン殿が話を続ける。


「街道はすでに抑えられているので使えない。そうなると、スーエスト方面に向かうのなら丘陵地帯か灌木地帯の中を進むことになる。四人全員で移動するのは目立つので、二組に別れてそれぞれスーエスト目指すことにする」


「四人? 五人じゃないっすか?」


「儂がこの町に残るんじゃよ。こういう潜伏行動は苦手じゃからな。それに、戦いになると魔法使いの魔法が重要になる。そこで、町の残って魔王軍相手に戦った方がいいと判断したわけじゃ」


「ということだ。これから組み分けをして、それぞれに書状を渡す」


 説明を聞いた俺たちは乗り気になれないながらも二人一組のペアを二つ作った。俺とクレアの組、ハミルトン殿とギャリーの組だ。


 手渡された封筒を持った俺は何とも言えない表情でそれを懐にしまう。こうなったら町の中にいた方が安全な気がするが、もう後には引けない。


 この後、俺たちはどうやれば魔王軍の包囲を突破できるか全員で相談した。

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