王国侵攻会議
予が魔界を統一し、人間の国へと攻め込んで既に十年になる。当初は快調に攻め入っていた我が軍も、今やすっかりその勢いをなくして停滞していた。敗北することこそないものの、勝つのに時間がかかるようになってしまったのだ。さすがに人間もやられっぱなしというわけではないらしい。
この現状を打破するために今回大規模な攻勢に出るわけだが、そのための最終的な会議が目の前で始まろうとしておった。中央の玉座に座る予を中心に、右の列にハイリティとカニン、左の列にパウフルとブラレストと四天王が並び、その奥に他の配下の者どもが続いておる。
「これからカルマニア王国制圧に関する御前会議を始める」
進行役を務めるのは四天王筆頭のハイリティだ。我が盟友にして冷静な性格の魔族の将軍である。黒髪に青白くも整った顔立ち、それに美しい羽を持つこの者は女にもてるらしい。当人は素知らぬ顔だが、予の周りの使用人が噂をしておるのを耳にしたことがある。
「二年前の攻勢により疲弊した戦力は、人間側からの散発的な攻撃を除いて戦闘を控えた昨年の間にほぼ回復した。また、新たな攻勢に出るための再編も予定通り終わり、後は作戦開始を待つのみである。詳細については今から簡単に説明する」
概略については事前に聞いていた予はハイリティの話を聞きながら周囲を漫然と眺めた。巨人族のパウフルはつまらなさそうに大あくびをしておる。最近は眠らなくなっただけましというべきか。同じ魔族で有数の頭脳を誇るカニンは興味なさげな表情だ。あやつの場合は既に知っておるからであろう。ダークエルフのブラレストはじっと話を聞いておる。特に反応は示しておらん。
軍全体の説明が終わると、ハイリティは次いで会議の参加者に話を振ってゆく。最初は我らの三倍はあろうかという巨体のパウフルだ。額から角が出た禿げ頭をゆっくりとゆらし、獰猛な顔つきをハイリティへと向ける。
「おらはいつでもいいぞ! 去年だっていつでも人間をぶちのめせたんだ。早く暴れたくてしょーがねぇ」
「準備は万端、ということか」
「その通りだ、ハイリティ! 次に人間を攻めるときはおらが最初に突っ込んでやるよ!」
巨体に見合った大声を上げたパウフルが大声で笑いおった。頼もしいのは良いが、室内では耳に響いていかん。
次いで声をかけられたのは比較的小柄で小さな羽を持つカニンだ。猜疑心の強い顔がハイリティへと向けられる。
「貴殿が先程申した通り、軍全体の補給と支援は滞りなく進めておる。作戦開始後も問題ないわい。追加で要求が来なければ、完璧と言って差し支えないぞ」
「感謝する」
「ただし、気になることが一つある。人間の国でデザイラル地方と呼ばれておる場所の玄関口の一つに町オビシットという町がある。ここに仕込んでおった間者との連絡が先日途絶えた。詳細は調査中だが、もしかすると侵攻時の内応は期待できんかもしれん」
「では、力攻めによる攻略が主体になるわけか」
「そう覚悟すべきだな。もっとも、元々あちらは人間側の戦力を分散させるための助攻だ。最悪町を包囲するだけでも構わんのだろう?」
「できれば手に入れたいが、内応の件は承知した。担当の将軍にはそのつもりで行動させよう」
淡々と受け答えをするカニンは話し終えるとハイリティから目を逸らした。作戦開始前から不都合なことが起きたものの、作戦自体に大きな影響はないため両者とも落ち着いた対応だ。
助攻の話が終わると、ハイリティは続いてブラレストに声をかけおった。褐色の肌色をした美しい顔立ちのダークエルフだ。無表情の顔をハイリティへと向けよる。
「昨年までの間に人間側へと送り込んだ間者たちはしっかりと働いていた。しかし、去年の終わり頃にその間者網の一部が人間に摘発されてしまい、今年に入って再編しているところだ」
「その話は先日聞いた。再編はどのくらいまで進んでいる?」
「正直なところ思うように進んでいない。今年からエルフどもの活動が活発になり我らの里が脅かされつつあるのだ」
「そちらの戦いはこちらの助力で優勢に進められていたのでは?」
「あの石頭ども、なぜか獣人と手を結んだらしいのだ。最初は人間らしき姿もあったと聞いたので、案外連中が介入したのかもしれない」
「この時期になってか。一体どうなっている?」
「デザイラル地方に潜伏させた間者によると、それまで人間を襲っていた獣人が最近人里に現れなくなったと報告してきている。獣人側には間者がいないのでわからないが、漆黒の森に人間の姿が現れたことを考えると、獣人と人間の間に何かあったのかもしれない」
「では、間者網の再編は難しいと」
「その通り。ただ、私が直接現地に赴いて指揮を執ることである程度穴埋めをするつもりだ。陽動のための後方攪乱も、これで期待されている成果は出せると考えている」
「なるほど。ならばこれ以上言うことはないな」
難しい顔をしたブラレストが口を閉じると、ハイリティは頷いて他の者へと目を向けた。予定通りに事が進むことなどそうないことは理解しておるが、これは地味に手痛いな。
少々面白くない話が続いたが、以後は特に特筆すべきこともないやり取りが続いた。さすがに都合の悪い話が続いても面白くないので、この単調さはむしろ安心できる。
会議も終わりに近づいて来た。一部予定外のことがあったものの、
ただし、一つだけのんきに構えていられない問題があった。我々にとっては不気味な存在に関することだ。
一般的は議題についてすべて処理したハイリティが一旦言葉を句切って周囲を見回す。
「ここからは特殊な件について話をする。去年の夏頃に現れた人間側の勇者に関する件だ」
他の件では静かに推移を見守っていた家臣たちがこの時ばかりはざわめいた。我らの宿敵、勇者。報告を初めて聞いたときはついにこの時が来たかと強く思ったものだ。
落ち着きのなくなった家臣たちをなだめたハイリティが言葉を続ける。
「去年の冬頃から本格的に活動を始めた勇者は、現在カルマニア王国各地を巡って我らが魔族や魔物を倒し、その力は侮れなくなりつつある。ブラレストの間者網が摘発されたのもこの勇者によるものだと聞いている。しかし、恐れていてばかりいても始まらん。我々は何としてもこの聖剣の使い手である勇者を倒す必要がある。そのため、まずは現時点までの全体的な話をカニンに、次いで実際に配下が対決したブラレストから具体的な説明をしてもらい、今後の対策を練るとする」
再び発言を求められたカニンが小さく頷いて勇者に関する話を始めた。最初に勇者と聖剣とは何かという話から我々魔族との因縁、そして現勇者であるアレンという人間とその仲間についての説明がなされる。
それらの話が終わると、次いでブラレストが口を開いた。こちらはより具体的な勇者アレンとその仲間たちの報告だ。それによると、他の三人の仲間はいずれも優秀な人間だそうだが、勇者はまだ充分に聖剣を使いこなせていないらしい。
「ただし、未熟な部分が目立つとはいえ、その力が侮れるというわけではない。恥ずかしい話だが、私の配下はそんな勇者一行に煮え湯を飲まされたのだからな。そして、時間をかければかけるほど、この未熟な部分はやがて成熟していく」
「危険だな。そのうち手が付けられんようになるかもしれん」
「はは、そんなヤツ、おらのところに来たら殴り潰してやるよ!」
場の空気を読まないパウフルが陽気に笑い飛ばした。いつもなら皆の者も呆れるが、今日は毒気を抜かれて
「頼もしいな、パウフル。しかし、勇者はまだ戦場に現れておらん。そこで、勇者に刺客を送り込んではどうだ? 確かそなたの配下に気性の荒い者がおったろう」
「おお、ヴァイオスか! そりゃいい、魔王様!」
「カニン、そなたの手元にも確か研究対象の竜がおったな」
「勇者にぶつけてみるわけですか。なるほど、それは面白いかもしれません」
「ブラレストは、この二人を手助けできるか?」
「はい、お任せください」
「人間側もあらゆる手段を使って我らに対抗してきておる。決して油断はできん。しかし、その悪あがきには対処可能なはずだ。皆は必要以上に恐れることなく、事に当たってもらいたい」
予が提案すると四天王を始め家臣どもが頭を垂れた。勇者は脅威であるが、我らの手でどうにかできる存在だ、今はまだ。
議題がなくなるとハイリティが終了を宣言し、御前会議は終了した。
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