奸臣の正体

 魔族の可能性が高いマナメットが逃げそうになったので、俺はクレアとギャリーの三人でマナメットを取り押さえることになった。


 屋敷に入る前にまずは敷地を突破しないといけないが、敷地は壁に囲まれており、中にはパージター家の警護兵が守ってる。見張ってるときはその警護兵を避けてスカンラン様の配下たちが忍び込んだが、今は何よりも時間が惜しい。


 そこで、スカンラン様の配下の四人ほどがパージター家の正門前で派手に声を出して音を立てた。それで敷地内の警備兵の注目が正門へと逸れているうちに、数人の内偵が次々と警護兵を静かに倒していく。


 武器を手に俺たち三人はその脇を通り過ぎ、ギャリーの先導で屋敷の勝手口から中へと入った。後ろから内偵の者が続く。


「団欒の間はこっちっす!」


「やべぇ、警護兵!」


「精霊よ、輝け!」


 ギャリーを先頭に廊下を走ると屋敷の使用人や警護兵が姿を見せた。立ちふさがられると厄介だが、クレアが目潰し代わりに姿を現した者たちの目の前に輝く精霊を出現させる。


 そうして団欒の間に着くと、ギャリーが扉を開けた途端に身を低くして飛び込んだ。剣を持った俺がそれに続く。


「マナメット、話が違うではないか! 自分だけ逃げようとするとは!」


「うるさい! ここはもう終わりだ!」


 突入した団欒の間では二人の男がもみ合っていた。一人は禿げ頭で醜く歪んだ顔の男マナメット、もう一人が中途半端に禿げた頭に脂ぎった顔のパージター様だ。もみ合っていると言ったが、正確にはパージター様がマナメットの腰に縋っている。


 これは都合がいい。クレアが一度マナメットの魔法陣を止めて少し時間が過ぎていたが、図らずもパージター様がマナメットを引き留めてくださっていたわけだ。この機を逃すわけにはいかない。


「おおお!」


「もう来たか! ええい、離れろ!」


 蹴飛ばされたパージター様が床を転がるのを尻目に俺はマナメットに突っ込んだ。剣で腕を斬りつけようとする。


 剣は見事マナメットの右腕に当たった。人間ならば血を吹き出して痛みに苦しむはずだ。しかし、爪が大きく伸びて人間よりも厳つくなった腕が俺の剣を受け止める。


 これを機にマナメットの姿が大きく変わった。禿げ頭と醜く歪んだ顔は同じだが、全身が厳つくなり、背中から蝙蝠のような不気味な羽が左右に広がる。くそ、魔族の方かよ!


 俺の剣を受けて動きを止めた魔族のマナメットは俺を睨んでいたが、すぐに左へと顔を向けた。同時に左腕で飛来した何かをはじく。その先にはナイフを投げた格好のギャリーが立っていた。


 小馬鹿にした表情を浮かべたマナメットが叫ぶ。


「はっ、さすがにそんなオモチャでやられるものか!」


「オレもそう思うっす」


「本命は別なんだよなぁ」


「なに!?」


 攻撃を受け止めはじかれた俺とギャリーは不敵な笑みを浮かべた。さすがにそんな簡単に魔族をどうにかできるとは思っていない。


 魔族のマナメットから離れたところに立っていたクレアが両手を突き出した。その瞬間、マナメットの両手首と両足首、それに羽にも青く輝く輪が現れる。更には抵抗するマナメットの意など介さずに左右の手首と左右の足首がぴったりとくっついた。羽も羽ばたけないように左右がくっつく。俺も初めて見るが、拘束具のようなものらしい。


「なんだこれは!? 解除できないだと!?」


「エルフ謹製の拘束魔法よ。いかに魔族でも簡単には引きちぎれないわ。ダークエルフから教わらなかったの?」


「くそう!」


 床に転がったマナメットは悔しそうに叫んだ。しかし、いくら喚いても魔法の拘束具は解けない。もはやこれまでだった。


 魔族の捕縛に成功した俺たちは同じ部屋の別の一角が騒がしいことに気付く。そちらへと顔を向けると屋敷の主であるパージター様がスカンラン様の配下たちに捕縛されていた。目を剥いて抵抗している。


「離せ! 私はパージター家の当主だぞ! こんな扱いをされる謂われはない!」


 オビシット伯爵の家臣だから普段ならその通りなんだけど、魔族と内通してたことが発覚した今となってはね。部屋から連れ出されていくその姿を見ていた俺は何とも言えない気分で見送った。


 その後、俺たちは魔族のマナメットを引き受けてくれる官憲がやって来るまでこの場で待った。魔族をきちんと取り押さえておけるのは俺たちだけ、正確にはクレアだけだからな。ここで取り逃がしてしまうというのは俺たちも避けたい。


 スカンラン様の配下数人と一緒に待っていた俺たちは官憲がやって来るとすぐにマナメットを引き渡した。官憲側は魔法使いを二人用意してマナメットを魔法でしっかりと縛り上げてから引き連れてゆく。


「やっと終わったな」


「魔族と戦ったのは初めてっすから緊張したっすよ」


「魔族のことはクレアから事前に聞いてたが、素手で剣を受け止めるなんてとんでもないな。魔王軍と戦ってる王国軍って、どんな風に戦ってるんだろう?」


「あそこまで丈夫なのは珍しいわ。あらかじめ魔法で体を強化していたのかも」


「さすがクレア。長生きしてるだけに物知りだな」


「あ゛?」


 普通は出ないような声を出して睨んできたクレアを俺はなだめた。今のは褒めたはずなんだけど、歳が関係するだけでもダメなのか。厳しいな。


 俺たちができるのはここまでだった。後は捕らえた方々を尋問してどんな裁定を下すかは領主様次第だ。


 この一件で俺たちのチームはスカンラン様からお褒めの言葉をいただいたとハミルトン殿から伝えられた。頭痛の種が減ったんだからそりゃ嬉しいだろうなと俺たちも思う。


 ハミルトン殿やローレンスの旦那たちはこれを機にオビシット伯爵様を説得すると息巻いていた。ようやくやって来た機会を活かそうというわけだ。


 その後、俺、クレア、ギャリーの三人は基本的に待機だった。たまに事情聴取のために呼ばれることがあったが、それ以外は自由だ。ある者は冒険者ギルドで依頼をこなし、ある者はオビシットの町を見て回り、ある者はひたすらのんびりとしていた。


 春先の気配を感じる頃になって、俺たちはハミルトン殿に呼び集められる。冒険者ギルドの打合せ室に集まるとハミルトン殿が声をかけてきた。オビシットの町で最初に集まったときとは別人のように機嫌いい。


「よく集まってくれた! 今日はこれまでの活動の成果を聞いてもらおうと思う」


「その様子だと、大体思惑通りに事が運んだみたいだな」


「わかるか、ミルデス。その通りだ。今回のパージター様の件は想像以上に効果があった。もちろん、スカンラン様のお力添えもあってのことだがな」


「ということは、勇者の支援をしてもらえるという約束をしてもらえたと」


「王家への協力をするという形でだがな。どうにも勇者様への疑念は払拭できんらしい」


「実際のところを目にしたわけじゃないからなぁ」


「それでも、一応目的が果たせたのだ。これで良しとするべきだろう」


 亜人からの協力を取り付けたときのことを思い出した俺は頷いた。とりあえず協力してもらえるのならばいいんじゃないかと思う。先月までの拒絶的な態度よりはましだ。


 俺の質問が終わると、次いでクレアがため息をつく。


「ようやくオビシットでの仕事も片付いたわねぇ」


「まさかこっちで仕事をするとは思わなかったよな」


「まったくよ。パージター様とマナメットの件だって、最初は調査と監視だけだと思ってたら捕り物になっちゃったし」


「正直なところ、もう魔族とは直接やり合いたくないな。あれは一人だととても相手にできない奴らだ」


「まぁ、魔王軍とやり合わない限りはもうこんな機会はないんじゃない?」


「そう願いたいな」


 三対一でクレアという切り札があったからあっさりとマナメットを取り押さえられたことを俺は自覚していた。魔王軍とやり合っている王国軍の将兵の苦労を思い知る。


 解放感にひたるクレアを尻目にギャリーがローレンスの旦那に顔を向ける。


「それで、パージター様とマナメットはどうなったんすか?」


「パージター様はこの件で失脚された。尋問によると、魔王軍の脅威を不安に思って魔族と内通したらしい。両天秤を計って、どうなっても自分の身の安全を図ろうとしていたそうじゃ」


「気持ちはわかるっすけど、貴族様の家臣がそれをしちゃまずいっすよねぇ」


「まったくだ。信用していた家臣の裏切りに伯爵様も随分と動揺されておった。マナメットはパージター様以外のことはほとんど喋ってないらしく、まだ尋問が続いておる」


「しぶといっすねぇ」


 首を横に振ったギャリーが呆れた。さすがにパージター様のように一筋縄ではいかないそうだ。


 ともかく、俺たちは自分たちの目的は一応果たせた。魔族が関わっていたことは意外だったが、ことを明るみにできて一安心だ。

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