正体不明の人物

 身動きの取れなくなってしまったハミルトン殿たちに代わって、俺、クレア、ギャリーの三人はパージター様とマナメット様の身辺を調べることになった。とはいっても、オビシットの町に来たばかりの俺たちはこの町の土地勘すらまったくない。


 そこで、ハミルトン殿たちがあらかじめスカンラン様の協力を取り付けて、俺たちが望めば配下の人を数人寄越してくれることになった。スカンラン様も特にマナメット様のことは怪しく思っていたらしい。


 頭数の目処を付けると次いで監視対象の担当を決める。相談の結果、こういった調査や監視が得意なギャリーが有力者パージター様を、魔法を使えるクレアがマナメット様をそれぞれ主担当とすることになった。尚、俺はその都度両人の手伝いをすることになる。


 担当が決まると俺たちはすぐに仕事に取りかかった。まずはハミルトン殿たちから説明されたパージター様とマナメット様の情報を頼りに周辺への聞き込みを始める。パージター家と関わりのある人に偶然を装って話しかけたり、冒険者ギルドでパージター家に関係する依頼を探して引き受けたりした。


 得られた話はクレアやギャリーと共有しながら監視をする。


「さすがにどっちも簡単に尻尾は掴ませてくれないな」


「パージター様の方は怪しい話は出てくるっすけど、どれも聞いた話ばかりっす」


「マナメット様の方も本当に素性が掴めないんだよな。遠方から町にやって来たことくらいしかわからないから調べようがない」


「パージター様もよくこんな怪しい人物を抱え込んだものだわ。普通は採用しないでしょうに」


「外からじゃ埒が明かないな。これはもう屋敷の中を探るしかない」


「で、その冒険者ギルドの依頼を引き受けたっすか? パージター家の屋敷の壁の補修補助?」


「大工の弟子が怪我で働けなくなったからって代わりに人手を募集してたんだ」


「悪くない案だとは思うわ。けど、仕事をしてる間は身動き取れないじゃない」


「だから俺とクレアの二人で引き受けるんだよ。俺が大工を手伝ってる間にクレアが屋敷の中へ入って調べるんだ。他の壁が傷んでないか調べるって名目で」


「あたし大工じゃないわよ?」


「精霊を使って壁の傷みを調べたらいいだろう」


「できることはできるけど」


「最初は大工の親方と一緒に調べて魔法での検査が有効だと認めさせてから、屋敷の中を一人で調べるんだ」


「なるほど、壁を見る振りをして周りを調べるのね。そういうことならいいんじゃない」


 半信半疑だった二人が俺の案にとりあえず納得してくれた。なのですぐ俺とクレアは大工の親方の元に行って依頼にある仕事を始める。スカンラン様の配下はまだ使わない。


 当初、エルフの女が一緒にやって来たことに大工の親方は驚き、魔法での検査の話を聞いて不信感丸出しだった。けれど、試しに何度か親方と一緒に適当な壁を調べてみると正確に壁の状態を示したので、最後はクレアのことを認めてくれる。


 下準備を終えた俺とクレアは大工の親方と一緒にパージター家の敷地に入った。パージター家の家令に挨拶と説明をすると俺たちはそれぞれ仕事に取りかかる。


 大工の親方の指示で俺が重い道具や材料を運んでる間に、クレアが最初は屋敷の周囲、次いで屋敷の中を調べて回った。


 壁の補修工事は三日間で終わる。その間に何度かパージター様とマナメット様の姿を見かけた。パージター様は中途半端に禿げた頭に脂ぎった顔、それに太った体のいかにも悪そうな風貌をしてる。一方、マナメット様は頭は禿げていて顔は醜く歪み、体は筋肉質という風貌だ。どちらも人に好かれるような感じはしない。


 依頼の完了と共に冒険者ギルドで報酬を受け取った俺とクレアは建物の外に出た。そこで、俺はクレアから声をかけられる。


「ミルデス、今晩から屋敷を毎晩見張るわよ」


「そりゃいいけど、いきなりどうしたんだ?」


「この三日間あの屋敷の中を見て回ったけど、二日目から精霊入りの小石をあちこちに置いたの」


「よく見咎められなかったな」


「さりげなくうまく隠し置いたのよ」


「でも、その精霊入りの小石って何ができるんだ?」


「魔法の発動を検知できるのよ。もしあの屋敷の中で何かの魔法が使われたとしたら、いつどんな魔法が使われたのかわかるの」


「そりゃ凄いな。でも、魔法を使うだけなら貴族の家じゃそこまで珍しいことじゃないって聞いたことがあるが」


「知ってるわ。だから、誰かとの対話で魔法を使うか、それとも魔法陣が使われたときに強く反応するように調整してあるの」


「つまり、パージター様かマナメット様が誰かと魔法を使って外とやり取りしてると考えてるんだな。いやでも、どうしてそんなことをしてるだなんて思ったんだ?」


「初日にマナメット様を見かけたとき、どうにも怪しい感じがしたのよ。何て言うか、他の何かに化けてるような感じがね」


「マジかよ。俺は全然わからなかったな」


「それで、誰が何のためにこんなことをするのかしらって考えてたら、ダークエルフかもしれないって思ったの」


「あいつら暗躍してるって聞くもんな!」


「人間に化けるって話も聞いたことがあるからもしかしたらって思ったの。私の勘が正しければ、外と必ず魔法で連絡を取ってるはずだから」


「冴えてるな!」


 俺の褒め言葉にクレアが嬉しそうに胸を張った。


 方針が決まると俺はクレアとギャリーの三人で早速パージター様の屋敷を見張る。そのとき、俺とギャリーはクレアから小石を受け取った。少しきれいな石ころのようにしか見えない。


「これは?」


「これも精霊入りの小石よ。屋敷に隠したものからの反応をこの小石が拾ってくれるの。これから交代で見張るから、あたしが寝てるときに反応したら起こしてね」


「よし、任せろ」


 小石を握りしめた俺とギャリーは砂時計を逆さにして見張り始めた。


 真冬の真夜中に外でこっそりと他人の屋敷を見張るというのは本当につらい。手足の先から体の芯がゆっくりと冷えていくのがわかる。どんなに手をこすろうが足踏みをしようが凍えていくんだ。


 下手をしたら何日も続くなと思いながら交代して見張ってると、握っていた小石が淡く輝くのを目にする。慌てて路地裏に座って目を閉じてるクレアとギャリーの肩を揺すった。すると、すぐに目を覚ます。


「反応があったの?」


「ああ、これだ」


「わかったわ。返して」


 小石をクレアに手渡すと俺はその様子をじっと眺めた。しばらく目を閉じて黙ったままだったクレアは、やがて目を開いて俺を見る。


「誰かと魔法を使って話をしてるみたい。内容まではわからないけど、こんな真夜中に話をするなんてそれだけで怪しいわ」


「よし、だったらスカンラン様の配下に来てもらって一緒に見張ってもらおう。できれば屋敷の中に人を入れて様子を探りたい」


 ここは踏み込むべきと判断した俺は人手を増やして集めて一層監視することにした。翌日、ハミルトン殿たちに話をして改めてスカンラン様に協力を求めてもらった。いよいよ具体的な成果に喜ばれたスカンラン様は、見張りや内偵の専門家も合わせて人を寄越してくれる。


 準備が整うと俺たちは改めてパージター家の屋敷を監視した。今度は屋敷の周囲だけでなく、ギャリーや内偵の専門家が敷地内に入って中の様子を窺う。


 すると、この晩は思わぬことがわかった。ギャリーと内偵の一人が大胆にも屋敷の中に忍び込み、パージター様とマナメット様の密談を聞くことに成功したんだ。


 戻って来たギャリーが珍しく興奮気味に語ってくる。


「とんでもないことがわかったっす。パージター様は魔王軍に恐れをなして内通してたっすよ。しかも、マナメットに至ってはどうやら魔族らしいっす。人間に擬態してるみたいっすよ」


「マジかよ。一度ハミルトン殿とスカンラン様に報告しないと」


「内偵の人がもう行ったっす」


「ハミルトン殿に報告するべきだな。他の人に頼もう」


「魔法陣が動いた? あのマナメットってやつ、逃げる気よ! 気付かれたんだわ!」


「クレア、止められないのか!?」


「精霊を犠牲にして魔法陣を強制停止キャンセルしたわ。でも、もう一回試すはずよ」


「くそ、行くしかないか!」


 急に動き出した事態に俺は慌てた。重要参考人、いや魔族のマナメットを逃すわけにはいかない。俺たちの近くにいたスカンラン様の配下もクレアの話を聞いて自分の仲間に指示を出してる。


「今から屋敷に突入します。魔法を使える仲間がいるんで俺たちはマナメットの方を抑えます」


「やむを得ん。なら、我々はパージター様の方を取り押さえる」


 配下の人は若干悔しそうな顔を見せた。相手が魔族の可能性が高い以上、魔法なしだといささか厳しい。


 簡単な段取りを終えると、俺たちはパージター様の屋敷に突入した。

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