もう一組からの呼び出し

 獣の丘陵での仕事を終えた俺たちのチームは十日以上かけてスーエストに戻った。暦の上では二月、真冬だ。手足の先が冷えて仕方ない。


 到着当日は長旅で疲れたからそのまま宿で休む。そして翌日、三人揃って冒険者ギルドに出向いた。


 すれ違いを防ぐために受付カウンターまで足を運んだ俺は受付係に尋ねてみる。


「俺はミルデスっていうんだが、ハミルトン殿という騎士かローレンスの旦那という魔法使いから何か伝言は預かってないか?」


「ハミルトンとローレンスね。ちょっと待ってくれ」


 受付カウンターの奥にある棚で俺たち宛の伝言を探し始めた受付係を俺はぼんやりと眺めた。


 やがて受付係が一枚の小さな羊皮紙を手に戻って来た。それを見ながら口を開く。


「あったぞ。オビシット発、スーエスト着で、ミルデス宛ての伝言だ。至急、オビシットに全員で来い、だ」


「オビシットに?」


「そう書いてある。もしかして、オビシットがどこにある町かわからないのか? ここから北西に向かって一週間くらいのところにあるんだ」


「なるほど、ありがとう」


「それじゃ、ここにサインしてくれ。字が書けないんだったらバツ印でもいい」


 ペンを渡された俺は半ば呆然と羊皮紙にバツ印を書いた。それから仲間へと振り返る。


「聞いたか? 今度はオビシットに行かなきゃいけないみたいだ」


「ということは、ここにハミルトン殿たちはいないってことよね。もしかして交渉がうまくいってないのかしら?」


「たぶんそうなんじゃないっすか。まだ交渉がまとまってないのはおかしいっす。こりゃぁ厄介なことになるかもしれないっすね」


 予想外の呼び出しを受けた俺たち三人は眉をひそめた。まだ向こうにいるということは交渉が完全に決裂したわけではないようだが、呼び出すほどには困ったことになってるということだ。


 それにしても、一介の平民に過ぎない俺たち三人が貴族様相手に役立つことはないように思えた。それとも、何か使いっ走りをさせられるようなことがあるのかもしれない。


 何にせよ、呼び出された以上は向かう必要がある。俺たち三人は準備を済ませるとスーエストを出発した。




 丘陵地帯と灌木地帯の狭間を縫うように北西へと街道を進んだ先に、デザイラル地方の玄関口の一つである都市オビシットはあった。王国西部とも繋がってるこの町は元々交易が盛んだったが、魔王軍が王国に攻め入ってからは寂れている。しかも、王国側が年々戦線を東側へと後退させているせいで、今や魔王軍の脅威に直接曝されつつあった。


 夕方、そんな緊迫感が増している町に入った俺たち三人は冒険者ギルドへと向かう。俺宛の伝言があることを確認すると、その内容に従ってお高めの宿へとすぐに足を向けた。


 宿の主人に宿泊客の一人を呼び出してもらうように頼むと、すぐに二人がやって来る。ハミルトン殿とローレンスの旦那だ。全員顔色が冴えない。


「冒険者ギルドの伝言を聞いてきた。時間がかかったのは悪かったが、その分あっちでの成果は悪くないぞ」


「報告は後で聞く。ともかく、まずは全員で冒険者ギルドの打合せ室に行くぞ」


「え? 冒険者ギルドに?」


 悪い予想は当たりやすい。久しぶりに会ったお二方の様子を見て俺はその思いを強くした。クレアなどは小さくため息をつく。


 言われるがままに冒険者ギルドへと戻った俺たちは打合せ室へと入った。席に着くとハミルトン殿が口を開く。


「自分とローレンス殿の目的はオビシット伯爵様の説得だったが、現在に至るまでうまくいっておらん。しかもその間に、オビシットに対する魔王軍の脅威が増してきたという知らせも入ってきた。自分たちも手を尽くしたが、今やお手上げ状態だ」


「儂たちは最初伯爵様を説得しようとしてうまくいかず、その理由を探った。すると、どうも有力な家臣の意見をそのまま聞いていらっしゃるようなのじゃ。これを何とかしない限り、説得は難しいと考えておる」


 ハミルトン殿の話を継いでローレンスの旦那が眉をひそめたまま原因の概要を説明した。


 話を聞いた俺たちの方が今度は困惑する。自分たちが役に立てることが想像できない。代表して俺がハミルトン殿に尋ねる。


「それ、俺たちが来たところでどうにもならないように聞こえるが?」


「まずは話を聞け。自分たちも色々と探ってみたのだ。現在、オビシット伯爵様は勇者と聖剣で魔王を討つと宣言している王家を非難されている。そして、他国と再び連携して人類連合軍を組織して魔王軍を撃破すべしと主張されているのだが、これは一度魔王軍に敗北して以来、現時点では他国は消極的になっている」


「つまり、実現する可能性が低いと」


「そうだな。主張はまっとうなのだが実現させるのは難しい。王家もその交渉をしているがうまくいっていないのが現状だからな」


「やっぱりやってるんですね」


「当然だ。自分たちだけで被害を一身に受け続ける理由などないからな」


 それを聞いて俺は安心した。あとは実現するように頑張ってもらうだけだ。


 次いでローレンスの旦那が説明を引き継がれる。


「伯爵様がこの主張にこだわっておられる理由を調べたところ、ナイジェル・パージター様という家臣とその一派が伯爵様に進言しているらしいことがわかった。が、このパージター様も自分の家臣から強く進言されたのをそのまま採用されているようなのじゃ」


「つまり、そのパージター様の家臣が怪しいってことっすね」


「その通りじゃ。そのパージター様に進言する家臣というのがマナメット様だ」


「なんでまたそのマナメット様って方はそんな進言をされてるんすかね?」


「まだわからん。ただ、パージター様に王家と勇者は信用できないと讒言しているらしい。そういう噂がある」


「随分とヤバい方っすね。不敬罪じゃないっすか」


 目を見開いたギャリーが呆れた。同じく俺も驚く。そんな噂を立てられた時点で官憲に捕まってもおかしくないことだ。


 首を傾げるギャリーがローレンスの旦那に問いかける。


「マナメット様って、官憲に捕まらないんすか?」


「パージター様がかばい立てしているらしい。それに、伯爵様と似たような意見だから捕まえにくいという理由もあるようじゃ」


「その伯爵様は王家に睨まれて平気なんすか?」


「王家もそこまで余裕がないのが実情だからな。今は見逃しているというのが実際じゃ」


「なかなか危ないっすねぇ。で、話を戻しますけど、そのマナメット様ってどんな方なんすか?」


「官吏として非常に優秀な部下だと聞いておる。パージター様に登用されてからその懐具合が良くなったという話じゃ。しかし、同時に黒い噂も絶えん。賄賂の要求や配下の差別的な扱いなどあるらしいが、なかなか巧妙らしい。登用されて数年らしいが素性が怪しいことでも知られておる。どこから流れてきたのかもさっぱりわからんのだ」


 優秀で黒い人物と聞いてギャリーが顔をしかめた。これだけ言われるとなると、本当に何かあるのではと思えてしまう。


 ただ、領主様と同じ意見の一派の問題を暴いて解決することは実際難しい。裁定する領主様の裁定がどうしてもその一派に甘くなるからな。


 顔をしかめた俺が黙っていると、今度はクレアが口を開く。


「パージター様とその一派が怪しいのはわかったわ。でも、伯爵様の配下すべてがその意見に賛成しているわけではないのよね?」


「もちろんじゃ。リチャード・スカンラン様という方が伯爵様を諫めていらっしゃる」


「そのスカンラン様とうのはどういう方なの?」


「代々オビシット伯爵家に仕える一族じゃ。スカンラン様も勇者に対しては懐疑的じゃが、王家を非難するほどではない。また、あまりパージターの意見が重用されるぎることを憂慮していらっしゃる」


「結局ここだと勇者は信用されてないわね。どうりでハミルトン殿の説得がうまくいかないわけよ」


「そうなのだ! おかげでこちらは二ヵ月以上も無為に過ごしている! まったく、なんたることだ!」


 クレアの意見に我が意を得たりとハミルトン殿が叫んだ。


 次いでローレンスの旦那が俺たち四人に話しかけこられる。


「儂らの見立てではパージター様とその家臣マナメット様に何かあると睨んでおる。そこで、お前たち三人にこのお二方を調べてほしい」


「ローレンスの旦那、どうして自分たちで調べなかったんだ?」


「気付いたときには儂らは目立ちすぎて身動きが取れなくなっていたのじゃ」


「それでわざわざ俺たちを呼び寄せたと」


「その通り。こちらの思惑を察して動いてくれるのはお前たちだけだからな」


「チームメンバーだもんなぁ」


 俺の言葉にローレンスの旦那が大きく頷いた。


 話を聞くに、こちらはこちらで面倒なことになっていたようだ。事情を聞いた俺たち三人は翌日から動き始めた。

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