凱旋と再会

 協力関係を築くため、俺はクレアとキャティの三人でエルフのダークエルフへの反撃に参加した。途中、俺に不信感丸出しのクレアの姉さんが無茶ぶりをしてきたが、キャティがそれを諫めて収めてくれる。正直助かった。


 この一戦は勝利できたが、これですべてが解決するわけではない。エルフとダークエルフの戦いはこれからも続く。


 ただし、今回の一連の戦いでエルフが得たものがあった。それは近接戦闘の有用性に気付いたということだ。森の民はどちらも弓矢と魔法を得意としてる。しかし同時に、近づかれると意外に弱い。だから、人間や獣人と組んで戦うと相手を圧倒できる。


「今回、キャティとミルデスの二人と共に戦えて新たなことがわかりました。わたくしたちが苦手とする戦い方を獣人のあなた方に担ってもらえれば、あの者たちに勝つことができます。偏見なく何でも試してみるものですね」


「どの口が言ってるのよ」


 したり顔で感想を述べる姉に対して細めた目を向けるクレアだったが、その声は族長に届いていないようだ。


 ともかく、出会った当初よりも俺に対する評価はましになって安心する。冷たい視線を向けられなくなったのは何より嬉しい。それでも暖かい態度ではないが。


 この機に確認しておくために俺は族長に声をかける。


「フォレスフォースティア族長、ダークエルフへの対策と勇者の支援についてお願いできますか」


「あの者たちへの対応は元より我らの責務です。ただ、獣人の皆さんに支援していただければより容易たやくその責務を全うできますが」


「いいわよ。ドギオンに話しておくわ。とりあえず、二十人くらいを三ヵ月間くらいでどうかしら。必要ならまた交代で同じだけ送り込むけど。ああそうだ、その間は薬草を融通してくれない? あの塗るやつと飲むやつ」


「わかりました。約束いたします。それと、勇者への支援ですが、この聖なる森の中でしたら便宜を図りましょう」


「ありがとうございます」


「姉さん、何か役に立つ話があったらそれも教えてよ」


「言われなくても伝えます」


 相変わらず妹には厳しいクレアの姉さんだが、それでも最初の頃のような棘は口調から消えていた。少しは仲が良くなったのかもしれない。


 こうして、聖なる森でのエルフとの交渉は終わった。まぁその交渉自体を俺はあんまりやったわけではないんだけど、チーム全体で功績を挙げたということで良しということにする。




 聖なる森を出発した俺たち三人は四日後に獣の丘陵のアニマに戻って来た。久しぶりの帰郷にキャティは喜ぶ。それはいいが、森の中とは違って丘陵では吹きさらしの場所が多いので、真冬の今は冷たい風に曝されて非常に寒い。


 しばらく見ていなかった獣人連合の大天幕に懐かしさを覚えながら俺たちは中へと入る。相変わらず獣臭い。そういえば、エルフの集落では臭いが気にならなかったな。


 薄暗い天幕内に目が慣れると、ドギオンだけでなく、すっかりくつろいだ様子のギャリーがいた。俺とクレアの姿を見ると立ち上がる。


「ミルデス、クレア、お帰りっす。なんか疲れた感じっすね」


「予想以上にきつかったんだよ」


「それは大変だったっすね。クレアがいるから何とかなると思ってたんすけど」


「むしろキャティが大活躍だった。クレアの奴、自分の姉である族長に会った途端、いきなり口喧嘩を始めたからな」


「なんすかそれ」


「あれは姉さんの方から始めたじゃない! あたしからじゃないわよ」


「その様子だと本当に大変そうだったみたいっすね」


「なによ!」


 ギャリーの反応にクレアはむくれた。どっちが最初というのは俺にとっては重要じゃないからなぁ。当人にとっては大切なのはわかるけど。


「ギャリー、そっちはどうだった? 腕のいい鍛冶師は見つかったか?」


「見つかったっす。ドギオンに教えてもらったハムデンっていうドワーフと約束したっすよ」


「ちゃんと交渉はまとまったんだ。良かった」


「簡単だったっすよ。人間と魔族の戦争には興味なさそうなのはともかく、別に頼まれたら誰の仕事でも引き受けるそうっすから」


「なんだか無節操に聞こえるな」


「自分もそう思うっす。けど、今回の場合は都合がいいっす」


「なんかそっちは簡単そうに仕事を片付けられたように聞こえるな」


 仲間がすんなりと結果を出したことは本来喜ぶべきことだが、自分が苦労しただけにもやもやとしたものが心に残った。しかし、こうなることは予想できたんだ。諦めるしかない。大きく息を吐き出して気持ちを切り替えた。


 それから俺はキャティと話をしてるドギオンに近づく。


「挨拶が遅れたな、ドギオン。ただいま」


「いいよ。今キャティから話を聞いてたところだ。かなり面倒だったらしいな」


「クレアと族長がいきなり喧嘩したからな。頭が真っ白になっちまったよ」


「姉妹仲が悪いなんて珍しくねぇが、そんなにひどかったのか?」


「危うく交渉が決裂しそうだった。それをキャティに助けてもらったんだ」


「キャティお前、あの森の長を言い負かしたのか」


「正しいことを言っただけよ。クレアとの喧嘩で頭に血が上ってるみたいだったから、ちょっと冷やしてあげただけだもん」


「それでも大したもんだ。オレだったら殴りかかってるかもしれねぇ」


「あんたは手が早すぎるのよ」


「口だってなかなか早いぜ?」


「噛むな」


 キャティに細めた目を向けられたドギオンは平気な様子で笑った。俺も釣られる。


 さて、これで亜人との交渉は終わった。振り返ってみるとなかなかの結果だと思う。何しろ勇者の支援についてはどの亜人とも約束してもらえた。俺たちのチームの存在意義からすると満点と言えるだろう。


 それにしても亜人全体に言えることだが、総じて魔王への関心が低い。直接被害を受けていないというのが大きな理由だが、そもそも外の世界への関心が低いと思う。今回はうまく事を運べたけど次はどうだろうか。


 考え事をしてるとドギオンが話しかけてくる。


「ミルデス、お前はこの後どうするんだ?」


「一旦スーエストに戻る。今回の結果を報告しないといけないしな」


「人間の里に戻るのか。次、いつこっちにはいつ来るんだ?」


「それは仕事次第かな。デザイラル地方、この獣の丘陵の東隣なんだけど、ここで次にどんなことをするかによる」


「ふーん。そうか。また来たら歓迎してやるぜ」


「ありがとう」


 獣の丘陵へやって来たのが秋頃だったから、俺たち四人はここに結構長居したことになるな。まさかこんなに時間がかかるとは思わなかった。もう一つの交渉がどうなってるのか気になってくる。


 大天幕からギャリーが宿泊してるという宿の天幕に俺たちは移った。中は大天幕をそのまま小さくしたようなものだ。そして、やっぱり獣の臭いが強い。


 久しぶりに三人だけとなった俺はギャリーに話しかける。


「帰る準備はできてるのか?」


「できてるっす! ミルデスとクレアの保存食も買ってあるっすから、明日にでも出発できるっすよ」


「さすがに一日は休ませてくれ。体がきつい」


「了解っす。オレは休みすぎて体が鈍ってそうっすど」


「だったら体を動かしたらいいだろう。獣人に頼んだらいくらでも相手をしてくれそうじゃないか」


「こっちの体力が保たないっすよ。あいつら底なしっすからね」


 勘弁してくれという様子でギャリーが首を横に振った。何度か一緒に獣人と戦ったときのことを思い返して俺は苦笑いする。まったく勝てる気がしないな。


 床に腰を下ろした俺がくつろぐと他の二人も同じように座る。クレアが大きなため息をついた。それを見たギャリーが声をかける。


「かなり疲れてるっすね」


「そりゃぁね。ああもう、だから森に帰りたくなかったのよ」


「もう離れたんだからいいんじゃないっすか?」


「まぁね。それより、ハミルトンの方の交渉はうまくいってるのかしら?」


「どうなんっすかねぇ。さすがに二ヵ月もあったら何とかなってるんじゃないっすか?」


 どうでも良さそうにギャリーが返答した。クレアの反応は薄かったが、代わりに俺が顔を向ける。


「やっぱりもうそんなに経ってるのか?」


「ミルデスは知らなかったんっすか?」


「途中からはっきりとわからなくなったんだよ。そうか、二ヵ月か。だったら向こうも一段落着いてそうだな。帰ったら遅いってハミルトン殿に怒られそうだ」


「あ~、可能性はあるっすねぇ。まぁ、せいぜい怒られてくださいっすよ、ミルデス」


「なんで俺だけなんだよ。みんな一緒だろう?」


「何言ってるんすか、こんなときのためのリーダーっすよ」


「うわぁ、ひっでぇの」


 面白そうに言ってくるギャリーに俺は渋い表情を見せた。実際に一番怒られるのはリーダーだろうから面白くない。ほとんど名ばかりの立場なのに。


 口を尖らせた俺は床に寝そべった。

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