確執の飛び火

 普通、近日といえば数日程度だが、その常識はすべてに通じるとは限らないことを俺はエルフと行動して初めて知った。クレアの姉さんがダークエルフに反撃すると宣言してから二週間以上が過ぎたが、未だに集落で滞在したままだ。


 この理由を知りたくて俺はクレアに尋ねる。


「クレア、なんでまだダークエルフに反撃しないんだ?」


「エルフの感覚だと半年以内は近日なのよ」


「マジかよ。それじゃ、まだ何ヵ月も待たないといけないのか?」


「戦いに参加する人は準備してたから数日中には出るみたいね」


「そんなそぶりは全然見かけなかったんだけどな」


 同種でないと見分けがつかないのか、人間の俺には戦いの準備の様子はまったく窺えなかった。


 しかしそれから二日後、クレアの言う通りダークエルフへの反撃のために三十人ほどのエルフが集落に集まる。他の集落からやって来た戦い手が大半だ。聞けば、獣の丘陵に近い集落ばかりから集められたらしい。


 集まった者たちを前に族長のフォレスフォースティアが一説ぶつ。


「魔族の手を借りて好き勝手にしているあの愚か者どもに、今日こそ正しき制裁を下します! 我らにこそ、森と精霊の加護が付いているのですから!」


 演説を聴いていたエルフたちは盛り上がっていたが、俺は心配事があってそれどころではなかった。小声でクレアに尋ねてみる。


「遠征するにしちゃ数が少なくないか?」


「エルフ同士の戦いは数が少ないのよ。元々そんなに数が多くないし」


「アタシ聞いたことがあるわ。魔法をたくさん使うんだってね」


「実際はそこまでじゃないわよ。大半の戦い手は弓矢を持ってるでしょ。あれと組み合わせるのよ。見た目はとっても地味ね」


 俺とキャティの質問にクレアも小声で応じてくれた。その間に演説が終わり、戦うための集団が移動を始める。武具を整えた俺たち三人もそれに続いた。


 さすがに地の利があるだけエルフの誰もが軽快に歩いてゆく。それに対して特に俺が遅れがちだった。クレアの手助けで何とかついていく。ちなみに、キャティは獣人特有の身体能力の高さを生かしていた。つまり、体力に物を言わせていたのだ。


 エルフの住む森を聖なる森と呼ぶ一方で、ダークエルフの住む森は漆黒の森と呼ばれてる。ただでさえ日が差さない森の中が、更に暗く陰湿だからだ。二つの森の境にやって来てその意味を知る。人間の俺でもはっきりとわかる違いだ。


 ここでフォレスフォースティア率いる三十人の集団は立ち止まる。そうして、命じられて各々森の各地に散って行った。


 それを見ていた俺はクレアの姉さんに声をかける。


「ここで戦うんですか」


「そうです。漆黒の森はあの者たちの庭ですが、ここまではわたくしたちの庭ですから」


「それなら、俺たちもどこかに隠れて待てばいいんですね」


「あなたは漆黒の森に入り、あの者たちを見つけてこちらに誘き寄せるのです」


「一人だけで?」


「そうです。わたくしたちでは罠だと思われてしまいますが、人間のあなたなら逃げれば追いかけてくるでしょう」


「それって危険すぎませんか?」


「危険は承知の上で同行してきたのでしょう。今更怖じ気づいたのですか」


「ちょっと姉さん! いくら何でも」


「あなたは黙っていなさい。これはエルフと人間の話なのです。代表同士の話に口を挟むことは許されません」


 冷たい視線を向けられた俺は顔をしかめた。ここで断るとエルフとの交渉は終わるだろう。ただ、一人だけで漆黒の森に入るとなるとどうなるかわからない。最悪俺が死んでもエルフと盟約が結べればまだ納得できるが、この雰囲気では期待できそうになかった。


 どう返答しようか迷ってると、キャティが声を上げる。


「フォレスフォースティア、あんた、やり方が陰湿すぎない?」


「何が陰湿なのですか? わたくしは戦いに勝つために最善の案を提示しているだけです」


「だったら、どうしてミルデスじゃなくてアタシに囮になれって言わないのよ。体の能力から言ったら人間よりアタシの方がずっと高いのにさ」


 言われてみればその通りだ。キャティの質問に族長は返答しない。


「イヤイヤでもミルデスやクレアの案を受け入れようとしてるのは、あんたたちエルフだって困ってるからでしょ? なのに、なんでミルデスにそんなにつらく当たるのよ? 妹との中が悪い理由は知らないけど、そんなの引きずって一族の未来を判断するのは普通じゃないわ」


「わたくしたちのことについて外からとやかく言われる筋合いはありません」


「だったらそんなの外に持ち出さないでよ。もっとうまく隠したらどうなの」


「あなたは、獣人は人間の味方をするのですか?」


「人間全体についてはまだよくわからないけどさ、少なくともミルデスはアタシたちが困ってたことを一緒に解決してくれたわ。話をしたときだって嘘はつかなかったし、できないことは無理強いもしなかった。だからドギオンもミルデスたちを仲間だって認めたのよ」


「あなた個人ではなく、獣人全体としてその人間を認めたのですか?」


「そうよ。人間に協力する件とは別にね。誰も反対しなかったし」


 堂々と反論したキャティにフォレスフォースティアは目を見張った。これは後で聞いた話だが、獣人も人間に対してはかなり微妙な感情を抱いてるらしい。その獣人が人間を仲間と認めたというのだからエルフも驚くというものだ。


 絶句するフォレスフォースティアにキャティが言葉を続ける。


「今回だって、ミルデスは無理なんて一言も言ってないじゃない。しかも、できることは協力してる。いきなり人間全体を見るんじゃなくて、まずはミルデスを見たらどうなの?」


「この者個人をですか」


「そうよ。エルフの中にもクレアみたいな例外いるみたいに、人間にも例外がいるかもしれないじゃない」


「ちょっと、なんでそこであたしを引き合いに出すのよ」


「いいから黙ってて。今回ミルデスがそっちに頼んだのは、ダークエルフを何とかしてほしいってことと、魔王を倒す勇者を助けてほしいってことでしょ。ダークエルフの方は元々どうにかしないといけないことなんだから言われるまでもないし、勇者の方だってあんたたちのためになるじゃない。冷静に考えたら、断る理由なんてないと思うわ」


「この者が人間の例外だと大半の人間は信頼できないということになりますが、まぁそのことは良いでしょう。確かに、愚妹のせいでいささか冷静さを欠いていたことは認めます。ミルデス」


「あ、はい」


 突然謝罪された俺は戸惑った。つい先程の危機的状況からの逆転だ。俺はまったく何もしてないが。


「さて、長々と話をしてしまいましたが、今はダークエルフとの戦いに集中しましょう。先程囮を使う作戦を示しましたが、これはそのまま実行します。ただ、囮にはミルデスともう一人、キャティにやってもらいます。理由は先程説明したとおり、わたくしたちでは罠だと疑われてしまうからです」


「その理由は本当だったのね」


「それじゃあたしはどうするの?」


「ここから少し戻ったところで隠れ潜み、ミルデスとキャティの二人の姿が見えたら追ってきている者たちを攻撃しなさい。それを合図にわたくしたちも戦い始めます」


「それだったらいいかしら」


「決まりね。行くわよ、ミルデス」


「え、おい」


 話が終わるとキャティはすぐに身を翻して漆黒の森へと歩き始めた。結局、話の流れを追いかけるだけだった俺はそのままキャティの後に続く。


「助かったよ、さっきの説得」


「クレアの姉ちゃん、頭が硬すぎるのよね。クレアと足して半分にしたらいい感じになるのに」


「それ本人たちの前で絶対に言うなよ」


「わかってるわ」


 機嫌の良いキャティが元気よく漆黒の森を進んだ。周囲の雰囲気にそぐわない態度だが、それが今の俺にとっては頼もしい。


 やがて、ダークエルフたちが俺たち二人に襲いかかって来た。矢と魔法を織り交ぜた攻撃を陰から撃ってくるので厄介この上ない。俺もキャティも早々に踵を返して全力で逃げる。


 追っ手は容赦なく追いかけてきて、そのまま聖なる森に入ってきた。族長が戦局は多少不利だと言っていたが、なるほど、ためらいなく相手の庭へ入ってくるのか。


 そうしてとある場所までやって来たときに、クレアの魔法が俺たちを追いかけてきたダークエルフに降り注ぐ。これが反撃の合図だった。


 ここから激しい遠距離戦が始まるが、その中で俺とキャティはダークエルフに近接戦を挑んだ。他のエルフに気を取られてる隙に距離を縮める。弓矢と魔法が使えない距離になると思った以上にダークエルフは脆かった。


 突破口を見いだした俺とキャティは以後積極的にダークエルフへと迫り、一人また一人と敵を倒していく。


 そうして、ついにダークエルフたちに勝利した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る