聖なる森の族長とその妹
日々冷え込みが厳しくなる中、俺はクレアとキャティの二人を伴ってエルフの住む森へと向かった。気付けば人間は俺一人だけだ。何と言うか、僻地にやって来たという感じがする。
ともかく、獣の丘陵から更に西に進むこと二晩で森の端にたどり着く。ここから先はエルフの領域だ。クレアに先頭を歩いてもらう。
「自分たちの住む場所を聖なる森なんて呼んでるけど、ただの森よ。傷つけたり余計なことをしなければいいわ」
「人間だって栄光だの偉大だの付けるしな。そんな感じか」
「自意識が過剰な点は人間も同じなんだって知ったときは笑ったわ」
いつも通り話をしているように見えるクレアだが、その言葉には普段より棘があった。キャティに目を向けると小さく肩をすくめられる。
正直この先の話し合いがどうなるのか不安だったが、それでも今の俺にクレアを外すという選択肢はなかった。話半分に聞いたとしても、俺一人だと門前払いされそうだからな。
森の中は薄暗い。エルフにとっては庭のような場所でも人間にとってはなかなかの難所だ。それでも一歩一歩進んでいると突然声をかけられる。
「動くな!」
「フォレスファースティアよ! 姉さんに会いに来たの」
「フォレスファースティア!? 帰ってきたのか!」
弓を構えていた痩身の男が草木の間から現れた。クレアと同じきれいな金髪に彫像のように整った顔つきをしてる。そして、耳が尖っていた。
知り合いらしいその男とクレアがお互いに長い名前を呼び合いながら旧交を温めた後、俺とキャティに目を向けてくる。
「フォレスファースティア、この二人は?」
「こっちがキャティ、獣人連合の猫族の代理人。もう一人がミルデス、人間の使者よ」
「獣人はまだわかるが、人間の使者? 何の用だ?」
「対魔王戦の協力要請よ。そのために姉さんと話がしたいの」
話を聞いたエルフの男は微妙な表情を浮かべた。もっと拒絶されることも覚悟してたが、何とも判断に困る反応をされる。
ここで話を続けても埒があかないということで、俺たち三人はエルフの男に先導された。周囲からも数人の弓を持った男たちが現れる。
案内された先は森の中にある集落だった。獣人のときもそうだったが町というよりも村と言った方がしっくりとくる。
その村の手前で止まるように命じられた俺たちは、先導してくれた男が族長を連れてくるまでその場で待った。
その間に俺はクレアへと話しかける。
「俺たち、まともに話し合いはできるんだよな?」
「どうかしらね。自分たち以外は信用しないって人だから」
「交渉は難航しそうだな。何か話すネタがあったらいいんだが」
「来たわよ」
顔を前に向けた俺は、三人のエルフが近づいてくるのを目にした。中央先頭を歩くのはクレアに似た女で簡素な服を着てる。従える形の男二人も似たような服装だ。そのうちの一人は先導してくれた男だった。
非常に冷たい視線を向けてやって来たエルフの女が、クレアの前に立つと開口一番言い放つ。
「何しに帰ってきたのですか」
「猫族の代理人と人間の使者を案内しに来たのよ」
「人間の使者? 人間と話すことなどありません」
「あらそうかしら? 意外と困ってるんじゃないかしらと思って連れてきてあげたんだけど」
「余計なお世話です。我らは誰の助力を必要ともしていません。すぐに帰しなさい。森を出て行ったとはいえあなたもエルフ、この森が神聖であることは知っているでしょう」
「その神聖な場所がいつまで自分たちで維持できるかわからないんじゃない?」
「出て行ったっきり一度も戻って来なかったあなたが、何を知っているというのです?」
「魔王の配下に四天王ってのがいるらしいけど、その一人がダークエルフだそうじゃない。確かブラレストって言ったっけ。あいつ、仲間を手下に人間の領地で結構派手にやってるみたいよ」
「それがどうしたのです? 我々には何の関係もないことでしょう」
「本気でそんなことを言ってるのなら姉さんも耄碌したものね。人間の領地でそれだけ好き勝手できるってことは、こっちでのエルフとの戦いを有利進められているからでしょう。この森にも、結構好きに入られているんじゃない?」
人間側の使者であるはずの俺が挨拶も名乗りも上げないまま姉妹間で話が始まってしまった。まだクレアの姉の名前すら聞いていないが、こりゃ下手に口だしせずに様子を見た方がいいな。
姉と同じように冷たい視線を向けるクレアが言葉を続ける。
「それに、ブラレストが四天王として魔王側で人間と戦ってるということは、人間からしたらエルフが人間と敵対してるって受け取られかねないわよ?」
「我々とダークエルフは違う! 人間はそんなことも知らないのですか」
「そりゃ知るわけないでしょう。姉さんだって相手のことを知ろうとも知らないのに、普段から付き合いのないエルフとダークエルフの違いなんて人間が知るわけないでしょ。このまま放っておいたら、まとめて攻め滅ぼされるわよ」
「ふん、攻め滅ぼされる? 人間がこの地にどうやってやって来るというのです」
「つい先日のことなんだけど、獣人は人間と手を結んだのよ。人間を襲っていた狼族を一緒に討伐してね」
「まさか!」
目を剥いたクレアの姉はキャティへと顔を向けた。同じく目を見開いたキャティがクレアへと顔を向ける。
「ここでアタシに話を振る!? えっと、そこにいるミルデスたちと一緒に狼族を討伐したのは事実よ。狼族はアタシたちの仲間も襲っていたからね。利害が一致したから協力したのよ。ただ、魔王軍との戦いには今のところ参加する予定はないけどね」
「ね? 獣人が積極的に人間に協力することはなくても、少なくとも拒否はしないわ。だから、エルフと戦うために通してくれって頼まれた獣人が」
「クレア、いくら何でもそれは先走りすぎだ。人間はまだそんなところまで考えてないよ。初めまして、人間の使者のミルデスです」
「礼儀正しくあれってあたしを躾けてた姉さんが名乗り返さないっていう態度はどうなの」
「族長のフォレスフォースティアです。人間が攻めてこないというのは確かなのですか?」
「はっきりとそう聞いたわけじゃないですが、今のところエルフを攻めようとは考えてませんよ。今回やって来たのは、ダークエルフ対策の協力を要請しに来たんです。今クレアが言ったとおり、魔王軍と戦ってる人間は苦戦してます。その原因の一つであるダークエルフの暗躍を止めたいんですよ」
俺の説明を聞いたクレアの姉さんが黙り込んだ。相変わらずの視線で睨まれてるので居心地が悪いことこの上ない。
「あと、勇者への協力をしてもらえればもっと嬉しいですが」
「勇者? 前の魔王を討ち取った者ですか? あの者がまだ生きていると?」
「いやさすがに何百年も前の人間は生きてませんよ。半年ほど前に新しい勇者が聖剣を引き抜いたんです。それで、魔王を討伐するためにあちこち巡るはずなんで、こっちに来たときに便宜を図ってもらえたら嬉しいなと考えてます」
「あいつらの後ろ盾を討つ者か」
今度は俺から視線を外したクレアの姉さんが考え込んだ。あれだけ喧嘩腰だった族長が判断に迷ってる。やはり先程のクレアの言う通り、ダークエルフとの争いは不利なのだろう。
「獣人連合のときもそうでしたけど、まずは協力できるところから手を組んではどうですか? あのときは狼族が共通の敵でしたので一緒に討伐しました。今回ならばダークエルフがそれに相当すると思いますけど」
「あなたたちがあの者たちと戦うのですか? 先程魔王との戦いで苦戦していると言っていましたが、そんなあなたたちでまともに戦えるとでも?」
「あー」
「それはお互い様でしょ、姉さん。ダークエルフにいいようにやられてるのはエルフも同じじゃない」
「そこまで好き勝手にされていません! 多少不利なだけです! わかりました。よろしいでしょう。近日あの者たちに反撃しますので、同行を許します。その戦いの結果次第でそちらの要求を受け入れるか決めましょう」
「素直に助けてって言えばいいのに」
「フォレスファースティア?」
氷の魔法でも使ったのかというほど冷たい視線を族長はクレアに向けた。それをクレアは平気な顔で受け流す。
「なら、アタシも一緒に参加するね」
「あなたもですか。獣人には何も利益がなさそうですが」
「ミルデスとクレアはアタシたちの仲間だからだよ。一緒に戦ってくれたからね」
「仲間、ですか」
キャティの言葉にクレアの姉さんは戸惑いを見せた。自分の妹の得意そうな顔をちらりと目にして嫌そうな顔をする。しかし、今回は何も言わなかった。
こうして、エルフの族長は渋々ながらも俺たちと戦うことを認める。とりあえず交渉が前に進んで俺は心底安心した。
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