獣の丘陵の更に奥へ
人間に敵対的な獣人を討伐するために獣人連合の遠征に同行した俺たち三人は、約一ヵ月後にアニマの集落へと戻ってきた。季節はすっかり冬で冷え込みが厳しい。
ドギオンとキャティに続いて俺たちは獣人連合の大天幕に入った。獣臭い室内に顔をしかめながらもようやく天井のある場所に入れたことを喜ぶ。結局遠征中はずっと野宿だったからな。なんというか、非常に落ち着く。
それはドギオンとキャティも同じらしかった。久しぶりに戻って来た天幕内の様子を見て尻尾を振り始める。
「やっぱ外より落ち着くなぁ!」
「そうね。久しぶりの我が家だわ」
「俺も屋根のある所に入ると落ち着くな」
「オレもオレも! ずっと中にいっぱなしってのも飽きちまうんだけどな!」
二人に釣られて感想を漏らした俺にドギオンが機嫌良さそうに同意してきた。定位置に座り込むと思い切りくつろぐ。客人の俺たちがいるのにまったく気にしてない。一方、キャティの方はもうちょっとましだった。くつろいではいるがそこまでダレていない。
そんな二人に合わせて俺たち三人も近くに座った。俺がドギオンの正面、クレアがキャティの近く、ギャリーは俺の少し後方だ。みんな大きな息を吐き出す。
「疲れた。一ヵ月も遠征するとは思わなかったわ。てっきり最初の戦いで終わりだと思ってたのに」
「何言ってるのよ。ワルフがやられたことを示さなきゃ、他の連中が延々と刃向かってくるじゃない。ああいうのは、最初にきっちりと示しとかないと」
体の力を抜いたクレアの愚痴を耳にしたキャティが反論した。人間でも似たようなもんだしな。あの遠征は仕方ないと思う。それに、俺たちだけがアニマに戻っても意味がない。
二人の話をよそに、腰の水袋を手にしたギャリーが言葉を漏らす。
「これで村は襲われることがなくなったんすよね。良かったっす」
「こっちも同じだ。獣人同士で争ってもいいことなんてねぇしな。めでたしめでたしってわけだ!」
「あとは
「さすがに水辺で戦うってのはちょっとなぁ」
「人間にはきついっすよね」
「オレたちもお前たちにそこまでは求めてねぇよ。あっちは出てきたところをしばいてやればいいだけだし。当面は何とかなる」
狼族を討伐できたドギオンは満足そうに頷いた。獣人にとっての問題は残すところこの
そこで俺はドギオンに話しかけてみる。
「これでお互いの問題は一つ解決したわけだけど、魔王軍との戦いに参加してくれるっていう話はどうだ?」
「正直オレたちにとっちゃやる意味がねぇんだよな。そりゃ
「こっちも持ち出せるものがないしなぁ」
「何かあったらまたお互いに相談しようぜ。一緒に戦ったお前たちはもう仲間だしな」
「そりゃ嬉しいね」
「ああそれと、勇者に協力ってのもやってもいいぜ。この辺の道案内とかだったら任せろ。わからねぇことなんてねぇぞ」
仲間扱いしてもらえたことを俺は喜ぶと同時に、勇者に対する協力を取り付けられたことに安心した。これで獣の丘陵での仕事は最低限果たせたことになる。
しかし、亜人関係の仕事はまだ残っている。ドワーフとエルフの元へ行かないといけない。
「ドギオンたちとはうまくやれたけど、この先まだ面倒な仕事が残ってるんだよなぁ」
「そういや遠征中にも言ってたな、ミルデス。それってどんなことなんだ?」
「腕の良いドワーフの鍛冶師を探して勇者の武器や防具の製作をお願いする仕事と、エルフにダークエルフ対策の協力を要請する仕事なんだ」
「それじゃまだ奥に行かねぇとなぁ」
「ドワーフは赤い山地に住んでるんだっけ?」
「そうだぞ。遠征でちょっと見かけただろ。あそこだ」
「ということは、ここから三日か四日くらいか。クレア、エルフのいる森ってここからどのくらいなんだ?」
「忘れたわ」
「おい」
俺が顔を向けると同時にクレアが顔を背けやがった。帰るのを嫌がってるのは知ってるが、そんな駄々をこねられても困る。
「クレア」
「森の中で迷わなかったら四日で集落に着くわよ」
「お前がいるんだから迷いようがないだろう」
「わからないわよ? 百年くらいさまよい続けるかもしれないじゃない」
「時間切れを狙ってるんじゃねぇよ」
せめてもの反抗のつもりか、顔を背けたままクレアは返事をしなかった。理由はまだ聞いてないがそんなに嫌なのか。
何があるのか次第に興味が湧いてきたが、それを一旦脇に置いて俺は今後について考える。正確な月日はちょっと自信がないが、今が年末くらいなのは予想できた。スーエストの町を出発してから一ヵ月半から二ヵ月くらいってところだ。
ある程度時間がかかることは覚悟していた俺たちだったが、この調子だと町に戻るのは春先になるかもしれない。そういえばいつまでにという期限がないことに今更気付いたが、だからといっていつまでも時間をかけるわけにもいかない。こうしている間にも魔王軍は王国を侵略しているからだ。
そうなると、ハミルトン殿と俺たちが別れて仕事に取りかかったように、ここで更に二手に分かれた方がいいかもしれない。
ある程度方針を固めた俺はメンバー二人に声をかける。
「クレア、ギャリー、俺たちはまだやるべきことが二つあって、あまり時間をかけられない。そこでだ、二人ずつに分かれて仕事を分担しようと思うんだが」
「あたし、ドワーフの方がいい」
「お前は絶対エルフの方だろう。残る俺とギャリーがどっちに行くかだな。俺の考えでは、俺とクレアがエルフの方で、ギャリーがドワーフの方だな」
「理由はあるっすか?」
「クレアの様子を見てると、エルフの方はなんか面倒なことになりそうなんだよな。だから、リーダーの俺が行った方がいいと思ったんだ。ドワーフの方も人捜しっていう面倒さはあるけど」
「こじれそうな交渉よりはやりやすいっすよねぇ」
俺の意見に賛意を示したギャリーが頷いた。俺もリーダーに任命されてなかったら赤い山地に行きたかったんだけどな。
それ以上の意見は出なかったことから、俺の提案で今後やっていくことになった。先のことを考えると気は重いが仕方ない。
話が一段落するとギャリーがドギオンに顔を向ける。
「ドギオンは腕のいいドワーフの鍛冶師って知ってるっすか?」
「そうだなぁ。ハムデンっていうヤツは腕がいいって聞いたことがあるぞ」
「ハムデンっすか。だったら最初に声をかけてみるっす。そのハムデンは武器や防具も扱えるんすよね?」
「何でも引き受けるって聞いたことがある。細工物や建物の金具から武器なんかも。客をえり好みすることはないらしいから、仕事を頼んだら引き受けてくれるんじゃないか?」
「だったら何とかなりそうっすね」
仕事の目星を付けられたギャリーが余裕の表情で何度も頷いた。出発する前から仕事が片付きそうな気配がするのって羨ましいなぁ。
それに引き替えこっちは情報源の拒絶反応が強いせいで目的地の話が全然ない。これではさすがにまずいのでそろそろ本格的に話を聞き出す必要がある。
「クレア、そろそろお前の故郷のことについて話してくれないか? さすがに何も知らないまま行っても話がうまくまとまるとは思えないんだ」
「う~」
「あんたなんでそんなに嫌がってるのよ? 喧嘩でもしたの?」
横からキャティもクレアに問いかけてきた。これだけ露骨に嫌ってる態度を見せられるとさすがに興味を引いたようだ。
しばらく唸るだけだったクレアだが、やがて仕方なさそうに口を開く。
「あたしが集落を出たときと変わってなかったら、族長ってあたしの姉さんのはずよ」
「家族だったら話がしやすいじゃない」
「話やすすぎるのも問題よ。何でも遠慮なく言ってくるんだから」
「なるほど」
「そりゃオレにもあるな。容赦する理由なんてねぇから言い合いになっちまうんだ」
言葉に詰まったキャティに代わってドギオンが苦笑いしながら答えた。俺も四人兄弟だったからその辺りの事情は思い当たる節がある。よく喧嘩したなぁ。
ため息をついたクレアに対してキャティが話しかける。
「だったらアタシも一緒に行こうか。しばらくエルフとは話をしてなかったし」
「キャティは姉さんを知ってるの?」
「一度だけ会ったことがあるわよ。何て言うか、とっつきにくそうだったけどね」
「そりゃ森の中で引きこもってたらみんな根暗になるわよ」
「あはは」
相変わらずの様子のクレアにキャティが愛想笑いを返した。いつもと違って実に扱いにくい。
こうして、不満がある一名以外からの反論もなく、これからやるべきことが決まった。
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