獣人との戦い

 獣人連合の代表者であり犬族のドギオンと話をした俺たち三人は、共通の敵である狼族と一緒に戦うことになった。場所はアニマの集落から南に三日向かった辺りだ。人間の集落と赤い山地と呼ばれる山脈の間に広がる丘陵地帯に狼族の多くは住んでいる。


 今回、狼族と戦うのは犬族と猫族が中心となった獣人たちだ。これは、現在の獣人連合の中心を担っているのが犬族と猫族だからであり、他は狼族の被害に遭った獣人の出身部族が参加している。


 そろそろ晩秋という頃に俺たちはアニマの集落から出発した。荷物は大天幕に固めて置いて、三人とも武具で身を固めただけの身軽な姿だ。


 途中、幾人かの獣人が参加して更に人数が増える。俺はその人数を大雑把に数えて目を見張った。


「ドギオン、これだけ仲間がいたら勝てるんじゃないか?」


「狼族は強いから油断はできねぇ。熊族が参加してくれてりゃ確実だったんだが」


「被害に遭ってないから参加しない、か。あれで良かったのか?」


「無理矢理参加させる方法がないからな。そんなことをして連れてきても戦ってくれねぇし。ワルドの野郎、ああいう強そうな部族はきっちり避けてやがるんだ」


「結構抜け目ないね」


「ずる賢いんだよ、あいつは」


 面白くなさそうにドギオンが俺に言い返した。狼族は強いだけでなく知恵も回るらしい。


「でも、もっと早く戦ってたら獣人たちの被害は少なかったんじゃないのか?」


「そんな簡単にはいかないのよ。犬族と猫族以外は狼族の被害者だって言ったでしょう? ひどい目に遭わないと参加してくれないの」


「つまり、戦いに参加してくれる獣人を増やすため、ある程度被害が広がるのを待ってたってことか?」


「そうよ。獣人連合として狼族と戦って何度も負けると、あっちになびく部族が増えるからね」


 なるほどな、狼族と戦って勝てる数を揃えられるまで待ってたんだ。獣人は頭が悪いと馬鹿にする人をスーエストで見かけたことがあるけど、なかなかどうしてそんなことはない。必要な犠牲と割り切る果断さも結構なものだ。


 そうして三日目、いよいよ狼族の縄張りに入った。俺たち人間からすると今までと何も変わらないように見える。目印も特に見当たらないが、獣人たちには大体わかるらしい。


「ミルデス、気を付けろ。これからはワルドたちの縄張りだ。どこから襲ってくるかわかんねぇぞ」


「みんな、小さな集団を作って周りに気を付けて! 襲われたら集団単位で対処すること! あと、絶対に深追いはしない! 鬱陶しくても我慢するんだよ!」


 キャティが集まった仲間たちに声をかけ回っていた。既に大体同じ部族同士で固まってた獣人たちの他、数が足りない者同士が臨時で集まったりしてる。


 俺たち三人も改めて周囲を警戒した。獣人ほどではないにせよ、気配を探るのが得意なギャリーを中心に油断なく歩く。


 緊張しながら進んだ俺たちは、結局日没まで誰とも出会わなかった。この日もいつものように野営を始める。とは言っても、木のそばや窪みなどに小集団ごとに集まって雑魚寝するだけだが。


 人間の場合だと夜は見張りを立てるが、獣人たちはそんなことをせずに全員が眠る。人間よりも耳が鋭いのと眠りが浅いため、異変があればすぐに察知できるんだそうだ。その代わり、普段は大体眠っていることが多いとキャティが教えてくれた。


 日没直前、焚き火に当たりながら俺たちは干し肉を囓る。獣人たちも肉食系は干し肉を、草食系は木の実や干し草を口にしていた。


 すっかり肌寒い中、ギャリーがドギオンに顔を向ける。


「夜中に狼族に襲われることってないっすか?」


「あるぞ。あいつらはいつでも襲ってきやがる。ただし、日没前や朝方が多いな」


「夜行性じゃないんすか」


「いつも夜に行動してるわけじゃねぇ。だから、襲われる可能性があるとしたら次は朝方かもな」


 獣人や動物にそこまで詳しくない俺やギャリーはドギオンの話を聞いて納得した。そういうことなら、夜は比較的安心して眠れるだろう。問題は野ざらしで肌寒いという点だ。これはもう我慢するしかない。


 簡単な夕食が終わると俺たち人間は外套で身をくるんで横になった。獣人との戦いはこれが初めてだ。寝不足にならないようにしっかりと眠る。


 次に目が覚めたのは日の出前よりも前だった。誰かに体を揺すられて目を開ける。


「なんだ?」


「何かが近づいて来たってドギオンが言ってるっす」


「来たか!」


 急速に意識をはっきりとさせた俺は体を起こした。辺りは薄らと明るく、かすかに周囲が見えるくらいだ。隣で眠っていたクレアはもう剣を抜いている。


「狼族はどこから来てるんだ?」


「周りを囲んでるらしいっす。そういえば、狼って集団で狩りをするっすね」


「俺も今思いだした。ということは、全方位から同時に襲ってくるのか」


「どうっすかね。それは相手次第と思うっす」


 既に剣を抜いているギャリーが周囲を見ながら返答してきた。そりゃそうだ。攻め手は向こうなんだから好きにするだろう。


 俺も剣を抜いたところで「来たぞ!」と誰かが叫んだ。それから周囲が一気に騒がしくなる。叫び声があちこちから聞こえてきた。しかし、まだ視界が充分に利かないこの明るさでは人間の俺には何が起きているのかはっきりとわからない。


「精霊よ、星のように輝きこの地を照らせ!」


 背後からクレアの声が耳に入った。魔法の詠唱が終わると俺たち四人の周囲一帯の頭上に小さな淡い光の玉が次々と浮かび上がる。


「よっしゃ、これで戦える!」


「でも周りから丸見えっすよ! 狙われるっす!」


「見えないまま剣を振り回すよりマシだろう! 来る奴を片っ端から倒すぞ!」


「ニンゲンごときがオレたちを倒すだぁ? 笑わせんな!」


「ぅおぅ!?」


 突如疾風のように突っ込んで来た狼の獣人が俺に爪を突き立てようとしてきた。腹側は白いがそれ以外は灰色の体毛をしており、俺よりも一回りは大きい。


 どうにか剣で爪をはじき、俺は一度転がってからすぐに起き上がった。危ねぇ!


 とりあえず構えてどうしようかと迷ったところで、脇から犬の獣人が狼の獣人へと突っ込んで行った。あれは、ドギオンだ。そのまま二人が戦い始める。


「ワルフ!」


「ハハ! ドギオン! ニンゲンなんぞに力を借りるたぁ語るに落ちたな!」


「うるせぇ! 人間の方から力を貸したいって言ってきただけだ!」


「だったら断っちまえばいいだろ! あんな連中がいなけりゃオレたちと戦う気にすらなれないなんてなぁ!」


「周りに片っ端から喧嘩ばっかり吹っかけてるヤツが何言ってやがる! 同じ獣人すら襲いやがって!」


「襲われる方が悪いんだよ! オレたちゃ元々そういう生き方をしてただろうが!」


「んなめんどくさい生き方、いつまでもやってられっか!」


 ドギオンとワルフは互いに喋りながらも、噛み付こうとしたり爪で引っかけようとしたりとめまぐるしく動いていた。動物の動きそのままで激しく動かれると人間の俺では手が出しにくい。


 しかし、のんびりとその様子を見てる暇はなかった。別の狼の獣人が襲いかかって来たからだ。こちらも俺よりも一回り大きい。どうも狼の獣人の大きさはこれが平均らしい。


 動き回られてはとても一人で対処できそうになかった俺は、ギャリーと二人がかりで一人の狼の獣人を相手にする。元々こうする予定だったのだ。俺が真正面を受け持ち、ギャリーに横合いから攻撃してもらう。


 さすがに半分は野生の獣だけあって速いだけでなく一撃も重たかった。どうにか爪でのひっかきを剣で受け止め、何とか牙を使った噛み付きを躱す。


 その間にギャリーが狼の獣人に斬りかかった。これを繰り返すことで何とか一人倒すことができる。


「よし、次は!?」


「あ、ドギオンが勝ったみたいっすよ!」


「うわ、ホントだ!」


 俺の声に対してギャリーが別の方向を指差しながら返答し、その声に再び俺が反応した。釣られて目を向けると、確かに先程の狼の獣人が倒れてる脇でドギオンが雄叫びを上げてる。


 それを機に、戦いは急速に終わっていった。狼の獣人たちが逃げて行く。


「ドギオン、やったな!」


「うおおおお! オレが最強だあああ!」


「お前その傷、平気なのか?」


「うおおおお! やったぜえええ!」


「あんたいい加減にしなさい!」


「ギャン!? キャティ?」


 いくら俺が呼んでも雄叫びを上げ続けるドギオンの頭を後からやって来たキャティがはたいた。容赦なく勝ち鬨を中断させるその姿に呆然とする。せっかくの勝利なんだから、もう少しひたらせておいても良かったように思えるんだけど。


 ともかく、これで狼族との戦いには勝った。族長のワルドは倒したので、後はそれを狼族全体に周知するため俺たちは狼族の縄張りを巡ってゆく。そうして約三週間ほどかけて狼族を平定した。

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