獣人連合の代表者

 デザイラル地方の中心都市スーエストから十日ほど西へ向かうと丘陵地帯が見えてくる。そこから先は亜人たちの領域だ。一般的には獣の丘陵と呼ばれている。ただし、丘陵とはいっても林や池が点在しているから、見通しも足場もそれほど良くない。


 この獣の丘陵に入ると亜人と出会うことが多くなるが大抵は獣人だ。二足歩行する哺乳類型の亜人を指し、動物がそのまま直立歩行しているような姿をしている。もちろん、両手両足四本を使った歩行も可能だ。


 獣人たちは通常部族や家族単位で集まって生活してる。けれど、人間と交渉するときにいちいち全部族や全家族と話をするのは大変だ。それは人間側も獣人側も同じなので、対人交渉のための窓口組織がある。それが獣人連合だ。ここに各種族ごとの代理人が送り込まれ、数年に一度代表者が選ばれる。


 その獣人連合の代表者がいるのは丘陵地帯に入って更に二日西に進んだ場所だ。アニマと呼ばれているらしい。最初は町のような風景を想像したけど、実際は天幕ばかりの集落だ。しかし、そこにいる獣人たちの多様さには目を見張る。


 俺が率いる冒険者チームは今からこの代表者と会う予定だ。人間社会だと結構な地位の人物と面会するのは面倒な手間と長い時間がかかるが、獣人の場合はそんな必要はなかった。集落に入って近くの獣人に尋ねると獣人連合の大天幕に案内してくれて、そのまま入れと言われる。


「クレア、これ中に入ってもいいのか?」


「いいわよ。獣人に人間の礼節なんてないんだから。何でも単刀直入に言う方が好かれるわよ」


「なるほど。それじゃ入るぞ」


 意を決して告げるとギャリーも頷いた。天幕の布地を腕で押しのけて中に入る。第一印象はものすごく獣臭い、だ。そりゃ獣人たちが出入りしてるんだから当然なんだが、それにしても獣臭い。


 薄暗い大きな天幕の内側には何人もの獣人がいた。大人の虎の獣人が子供をあやしてたり、熊の獣人が寝そべってたりしている。まるで家族や一族が思い思いにくつろいでいるかのようだ。声をかけようとした俺はその光景に言葉を失う。


 どうしたものかと困ってると、猫の獣人が近づいて来た。目の前までやって来ると話しかけてくる。


「人間なんて珍しいじゃない。一体どうしたの?」


「獣人連合の代表者に会いに来たんだけど、ここでいいのか?」


「ああそうなの。ドギオン! 人間の客だよ! ドギオンの近くにいるやつは叩き起こしておくれ!」


「うげっ!? なんだ? どうした?」


「人間の客だよ、ほらさっさと来る!」


 熊の獣人に軽く転がされた犬の獣人がうめき声を上げながら起き上がるのを俺は見た。全身の体毛は焦げ茶色で俺と同じくらいの大きさだ。


 寝ぼけ眼をこすりながらドギオンと呼ばれた犬の獣人が俺たちの元へと近づいてくる。


「なんだお前ら。何か用か?」


「人間側として色々と相談したくてやって来たんだ。獣人連合の代表者はお前でいいんだよな?」


「そうだぜ。俺の名はドギオン。犬族出身だ。隣にいるのが猫族の代理人のキャティ」


「俺は冒険者のミルデス、隣がエルフのクレア、後ろの奴はギャリーだ」


「エルフが人間とつるんでんのか。珍しいな」


「あたしはそれだけ進歩的なのよ」


「進歩的ぃ? まぁいいや。で、相談ってなんだよ?」


 クレアの言葉を聞いたドギオンが一瞬胡散臭そうな目を向けてきた。けれどそれもすぐに消えて俺に用件を尋ねてくる。


 今の短い会話からでもドギオンがはっきりとした物言いを好むということが俺にもわかった。大天幕に入る前にクレアから言われたことを思い出しながら用件を告げる。


「今の人間って魔族主体の魔王軍と戦ってるんだ。それに協力してほしい」


「魔王軍、あーあー、あれか。狼族の連中が言ってたやつな」


「霧の沼沢地の蜥蜴人リザードマンが魔族側に付いて、こっちにちょっかい出してきてるじゃない。たぶん、あれ関連ね」


「そうだった。ちっ、めんどくせーんだよな、あいつら」


 隣のキャティに脇腹を肘でつつかれたドギオンが顔をしかめた。獣人たちも魔王軍の影響で困ったことになってるらしい。それなら協力する余地はありそうだ。


 ここで更に押してみる。


「魔王軍のせいで困ってるんだったら、人間と協力して対抗したらいいんじゃないか?」


「具体的にはどう協力するんだ?」


「お互いに困ってることを助け合って解決すればいいだろう。こっちは例えば、人間の勇者を手助けしてくれたり、人間の村を襲う獣人を止めてくれたり、魔王軍との戦いに参加してくれたり、だな。そっちは?」


「オレらの方? そうだな蜥蜴人リザードマンがオレたち獣人に水場を使わせないようにしてることとか、狼族が仲間の獣人も襲うようになったとかかな」


「人間の村を襲う獣人は主に狼族だとこっちも聞いてる」


「あいつら前から人里に出入りしてたからな」


「それがなんで仲間も襲うようになったんだ?」


「狼族の連中、前から人間のことが嫌いでよ、魔王側に付いて人間をやっつけようって言ってたんだ。けど、オレら他の連中は別にそこまで思ってなかったから断ったんだ。すると、軟弱者だって言ってオレたちまで襲うようになっちまったんだよ」


「何て言うか、思い立ったらすぐに実行するんだな、狼族って」


「今の族長のワルフはそういうヤツなんだよ」


 不機嫌な様子のドギオンが吐き捨てた。こっちもあっちも問題は色々と抱えてるが、協力できそうな点はあるな。


「だったら、まずはお互い協力しやすいところからしないか? 例えば、協力して狼族に対処するとか」


「なるほど。それならこっちにも利があるな。キャティ、お前はどう思う?」


「いいんじゃない? そろそろあいつらとっちめないと示しが付かなかったところだし、殴り込みをかけるときに協力してもらったら」


「それいいな! おい、今度ワルフ率いる狼族と戦うから、それに参加してくれよ。あいつらをとっちめたら人里も襲えなくなるだろうし、お前たちにも利があるだろう」


 今度は俺が自分の仲間を振り返った。参加するとなったら全員になるので一人ずつ意思を確認しないといけない。


「みんなはどう思う?」


「妥当ね。余計な調整も必要ないし、単に狼族をやっつけるだけで目的を果たせるからわかりやすいわ」


「オレもいいっす。できるところから片付けていくべきだと思うっす」


「ということだから、俺たち三人だったらすぐにでも参加できる」


「よっしゃ、決まりだぜ! ところで、さっきから気になってることがあるんだが」


「何だ?」


「勇者ってなんだ?」


 そのとき、その場にいた全員が固まった。ドギオンは勇者のことを知らずに交渉してたらしい。ところが、キャティに目を向けるとこちらも首を傾げてる。


「魔王を倒す聖剣の使い手を勇者って俺たちは呼んでるんだけど、もしかして知らない?」


「知らん。キャティは知ってるか?」


「聞いたことないわね。人間がおいしい肉料理を作るって話なら知ってるんだけど」


 話くらいは知ってると思ってた俺はある意味衝撃を受けた。しかし、気を取り直す。勇者が有用だと理解してもらえれば協力してもらえるかもしれない。


「人間側には魔王を倒せる聖剣という武器があって、魔王が現れたときだけ使えるんだ。でも、誰でも使えるわけじゃなくて聖剣に選ばれた者じゃないと使えない。その選ばれた者が勇者なんだ」


「その勇者ってヤツは強いのか?」


「強い。だから一緒に戦って魔王を倒そう」


「そいつ一人じゃ勝てないのか?」


「そりゃ難しいだろう。何しろ魔王にはたくさんの手下がいるし、その中でも四天王という強い部下もいる。一人だけで戦ってたらきりがない。お前だって、いくら強くても狼族と蜥蜴人リザードマンをいっぺんに相手にできないだろう?」


「なるほど、確かにそうだな。うん、確かに仲間はいた方がいい」


「その蜥蜴人リザードマンっていうのが魔王側に付いて悪さをしてるなら、魔王がいなくなると何もできなくなるんじゃないか?」


 後一押しというところまで説得できた俺は力説した。今ならいい感じにドギオンを納得させられそうだ。


 ところが、脇からキャティが口を挟んでくる。


「でも、陸に上がった蜥蜴人リザードマンならまだ何とかなるのよね。だから、その勇者の協力っていうのはいくらかしてもいいけど、魔王軍と直接戦うのはねぇ」


「む、確かにそうだな。だったら、この辺りにやって来たときに道案内をするとかでも充分か」


「とりあえずはそのくらいでいいんじゃない? わからないことに飛びつくのは良くないわよ、ドギオン」


「もちろんわかってるよ」


 寸前で思い直したドギオンがキャティに頷いた。もう少しでこっちの要求を飲んでもらえると思ったが甘かったようだ。それでも共通点を見つけ出せたのは大きい。


 気持ちを切り替えて俺はドギオンとキャティに向き直った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る