割り振られた仕事

 冒険者三人で飲んだ二日後、俺たちは再びチームメンバー全員で集まった。場所は冒険者ギルドの打合せ室だ。久しぶりにハミルトン殿とローレンスの旦那の姿を見たな。


 長方形のテーブルを囲んで五人全員が座るとハミルトン殿が俺たちの顔を見る。


「久しぶりに全員集まったな。今日はスーエストでの活動の経過と今後の予定について話をする」


「それなら、ハミルトン殿から報告してもらおうかの。まずはデザイラル侯爵様の考えと様子を知りたい。この方が勇者支援に前向きならば、目的は半分達成したも同然じゃからな」


 御用商人オルニー様を担当していたローレンスの旦那から声が上がった。この地方で最も偉い人の意向は確かに俺も早く知りたい。


 指名されたハミルトン殿が大きく頷く。


「では自分から話そう。侯爵様とは一度面会させていただいたが、良い返事はもらえなかった。王家としては勇者様の支援の他に軍の派兵も望まれているが、領の内外で問題を抱えているために断られたのだ」


「話の腰を折るようで悪いけど、あたしたちは勇者の支援のために動いているのよね? なら、勇者様の支援に的を絞るべきではないかしら」


「確かに貴様の言うことには一理ある。が、魔王配下の四天王には一軍を率いている者もいる。その魔族を討ち取ろうとするとどうしても兵が必要になるのだ。知っての通り、王家の軍は長年魔王軍との戦いの矢面に立って疲弊している。だからこそ、更なる一軍が必要なのだ」


 話の途中で質問を投げかけたクレアは納得して黙った。ハミルトン殿が出兵にこだわっていた理由を俺も初めて知る。勇者のための軍を必要としてるのか。


「しかし、主に三つの理由で侯爵様は現在動けない。一つ目は、領内の西側を荒らす獣人の存在があること。二つ目は、領地の北西部を圧迫する魔王軍の存在。そして三つ目は、勇者に批判的な貴族の存在だ」


「魔王軍はこっちに攻めてきてなかっただろう。ギャリーがそう言ってたじゃないか」


「今まではな。しかし、今年の夏頃からデザイラル地方の北西部近くまで進出して様子を窺っているらしい。そして、その辺りを治めるオビシット伯爵が反勇者の急先鋒だそうだ」


「魔王軍が迫ってきてるんだったら、勇者の存在は望ましいと思うんだが」


「かつてのように他国と再び連携して人類連合軍を組織し、魔王軍を正面から撃破して魔族を滅ぼすべきと主張しているそうだ」


 今度は俺が質問するとハミルトン殿は首を横に振った。目前に敵が迫ってるというのに王国側の足並みが乱れている。


 デザイラル侯爵様の話を整理すると、領内を荒らす反人間の獣人を押さえ込み、魔王軍の圧迫を退け、オビシット伯爵を説得しないといけないらしい。どれも俺たちだけでは明らかに手が余るように思える。


「では次に、ローレンス殿の話を聞こうか」


「承知した。儂はデザイラル侯爵家の御用商人オルニー殿と面会したが、こちらもなかなか苦しい様子だった。中央に食料を送っているせいもあり、物不足と物価高に苦しんでいて他を助ける余裕がないと言葉を返された」


「最近は襲ってくる獣人に畑を荒らされて肝心の食料も厳しくなってきてるっすからね」


「ギャリーの言う通りだ。そのため、勇者の支援と言っても宿泊地を提供するくらいしか今はできんらしい」


 渋い表情のローレンスの旦那が口を閉じた。御用商人でも苦しいとなると他はもっと大変だろう。ギャリーの補足もあって本当に余裕がないことが俺にも想像できてしまう。


「ハミルトン殿、デザイラル教会のカイル司教はどうなんだ? そっちも厳しいのか」


「勇者様に対する支援は約束してもらえた。しかし、自分たちへの協力となると今のところは難しいようだ」


「どうして? 俺たちは勇者を支援するチームなのに」


「魔王軍に協力する亜人もいるという理由で、唯一神派がデザイラル派に獣人攻撃を促しているからじゃ。儂らはその尖兵ではないかという疑いがまだあちらにあるような。この誤解が解けんのじゃ」


「王都から来た俺たちも唯一神派扱いなのか。教会内の問題は教会内だけに留めてほしいよなぁ」


 説明を聞いた俺が渋い表情を浮かべた。同時に王都からやって来た俺たちを信用できないというデザイラル派の言い分も理解できる。何とも困った話だ。


 重苦しい沈黙が室内に立ちこめたが、ハミルトン殿がため息をついてから俺たちに話しかけてくる。


「結局のところ、領内を荒らす反人間の獣人を押さえ込み、魔王軍の圧迫を退け、オビシット伯爵を説得しないといかんらしい。これに王家から要請されている勇者様の支援を加えると、なかなか厄介だな」


「初めて会った日に言ってた亜人に対する要求っすか」


「そうだ。獣人に対する道案内や対魔王軍への参戦などの協力要請、腕の良いドワーフの鍛冶師への勇者の武具作成要請、エルフに対するダークエルフ対策の協力要請だ」


「きついっすね」


 尋ねたギャリーだけでなく、俺とクレアも頭を抱えた。一つずつの要請の内容は確かにわかる。けど、それをまとめて全部要求するとなると厳しいところじゃない。これに侯爵様たちの問題もあるんだ。


 みんなが黙る中、俺がハミルトン殿へと話しかける。


「今の話、全部できると思います?」


「やらねばならんのだ。でなければ、王国に未来はない」


「そりゃそうなんだが、明らかに人手が足りてねぇ」


「しかし人員の増員を要求したとして、許可されるかどうかわからん上に、仮に許可が下りたとしても実現するのは数ヵ月後だ。その間何もしないわけにはいかんだろう」


「まぁ確かに」


 苦渋の表情を浮かべるハミルトン殿の顔を見て、俺はこの人も無茶を自覚してることを理解した。初めて任務を授かったとき、俺と同じように言い返したのかなと想像する。


 やるべきことはこれで判明した。次の問題は誰が何を引き受けるかだ。


 ここでローレンスの旦那が俺たちに提案してくる。


「これは人間側の問題と亜人側の問題の二つに分けられる。人間側は、オビシット伯爵の説得と魔王軍の脅威の排除。亜人側は、獣人に対する反人間の獣人対策と対魔王軍への参戦要請、腕の良いドワーフの鍛冶師への勇者の武具作成要請、エルフへのダークエルフ対策の協力要請じゃ」


「もしかして、人間側の問題担当と亜人側の問題担当に分けるのかしら」


「その通りじゃ、クレア。さっきミルデスが人手不足と言ったが、それでもこの人数だけでやるしかあるまい」


 難しい顔をしたローレンスの旦那が重々しく返答した。増員が期待できないのならば確かにやるしかないが、できるかどうかは別問題だ。


 何やら考えていたギャリーが遠慮がちに発言する。


「どれも重要だとしても全部できるとは限らないっすよね? なら、最低限これだけはっていうのを決めておくべきじゃないっすか?」


「自分もそう思っていたところだ。人間側の問題だと、オビシット伯爵の説得は必須だろう。それに対して、魔王軍の脅威の排除は正直我々だけではどうにもできん」


「儂も同意見じゃ。それに対して亜人側の問題は、獣人に対する反人間の獣人対策要請とエルフへのダークエルフ対策の協力要請は実現せねばならん」


「同感ですな。どれも簡単ではないのは承知の上だが、それでもやらねばならない」


 難しい顔をしたハミルトン殿が何度も頷きながらローレンスの旦那に答えた。質問したギャリーは微妙な表情をしている。しかし、クレアがこの中で最も嫌そうな顔をしていた。すぐに以前の会話を思い出して納得する。故郷に近づきたくないんだったよな。


 そんな俺たちの内心に気付くことなくハミルトン殿が話を続ける。


「そうなると人をどう分けるかだな。自分とローレンス殿はオビシット伯爵の説得には必須だとして、獣人の説得は現地組のギャリー、エルフの方はクレアとなるか」


「その流れだと俺は獣人の方に回されるんだろうが、やるべきことの割にこっちの人数が少ないぞ。せめてローレンスの旦那をこっちに回してくれないか?」


「本来ならそうするべきだろう。だが、オビシット伯爵の説得と一口に言っても、その周囲の説得からまずは始めねばならんのだ。より遠方に向かうという意味では貴様の方が大変だが、かかる手間は恐らくこちらの方が上だ」


「そう言われると言い返しづらいよな」


「なら決まりだな。ミルデスは、クレアとギャリーを率いて亜人の説得を担当してもらう。三人の中では貴様が一番年上だからな。あいや、エルフのクレアが一番、あいやともかく、貴様が指揮を執れ」


 不機嫌だったクレアの形相が一層ものすごいことになったのを目にしたハミルトン殿が身震いして言い直した。俺も巻き添えを食らいたくないので黙って頷く。


 こうして、俺たちの役割分担は決まった。

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