庶民の付き合い

 デザイラル地方に出向いたハミルトン殿率いる俺たちのチームは、現地でギャリーと合流して当面のメンバーが揃った。冒険者ギルドの打合せ室で顔見せと現地の情勢を確認すると、早速チームメンバーに指示が飛ぶ。


 リーダーであるハミルトン殿はデザイラル侯爵様と面会するべく手続きを始めた。普通、こういう偉い人と会う約束はずっと前から準備しないと面会できない。けれど、それを王家の威光で強引に短縮するそうだ。相手の心証が悪くなる気がするんだが、俺が気にしても仕方がない。


 次いで、ローレンスの旦那はデザイラル侯爵家の御用商人フランシス・オルニー様との面会手続きを始めた。こちらもやっぱり会うための準備が必要なのだが、ここでも王家の威光を利用するらしい。使えるものは何でも使うというのは確かに悪くないが、乱用するのはどうなんだろう。話を聞いていて少し不安になった。


 ただ、そうは言ってもやはりいくらか時間はかかる。その間に両人はデザイラル教会の司教カイル様と面会するらしい。こちらは比較的簡単に会えるそうだが、話し合いがどうなるかは未知数だ。何しろ同じユニ教でも王都の唯一神派とは違い、カイル司教はデザイラル派だからな。ちなみに、ギャリーは地元民らしくデザイラル派なのでお守り代わりに連れて行くそうだ。


 こんな感じでみんなそれぞれの役目を背負って動き始めた。そうして数日間が過ぎる。


 一方、俺とクレアはというと長旅の準備を命じられた。もちろんきっちりと命令には従う。


 夕方、冒険者ギルドの室内の隅で俺はぼんやりと立っていた。しばらくするとクレアが近づいてくる。


「そっちはどうだった?」


「別に何もないわよ。長旅の準備なんてやろうと思えば一日でできるんですもの。一週間もいらないわ」


「だよな。俺だって二日あれば充分だ。空いた時間で町の中で色々と見聞きしてたけどさ」


「あたしなんてこの町は見慣れてるから観光するところもないし」


「前はここで活動してたんだっけ?」


「最近は来てなかったけど、ちょっと見てもあんまり変わってなかったわ」


 面白くなさそうにクレアは肩をすくめた。その様子を見て俺は小首を傾げる。


「なんか気分でも悪いのか? 調子が悪そうに見えるんだが」


「別に悪くないわよ。そうじゃなくて、あたしたちって獣人との交渉の方に駆り出されるでしょう? それを思うと憂鬱なのよねぇ」


「獣人の知り合いと鉢合わせると都合が悪いとかか?」


「そんなんじゃないわ。獣の丘陵の奥に森があるんだけど、そこに近づくのが嫌なのよ」


「森? ああ、お前の故郷か。でも、命じられたら行かなきゃいけないしな」


「もう最悪!」


 すまし顔が多いクレアにしては珍しく今は感情豊かな表情を見せていた。それだけ本気で嫌だということなんだろう。俺にはどうしてやることもできないが。


 落ち込んでいるのを見続けるのも嫌だったので俺はクレアを慰めながら別の話をしていると、ギャリーが近づいて来た。


「クレアはなんでそんなに落ち込んでるんすか?」


「ちょっとな。エルフにも色々とあるらしい。その辺りは後で飲み始めてから聞くんだな」


「そうするっす。これで全員揃ったっすね。それじゃ行くっす」


「ギャリー御用達の店だよな。楽しみだ」


「オレたちのような冒険者がよく集まる場所っすよ。たぶん落ち着けるっす」


 王都からやって来た俺とクレアに注目されたギャリーは肩をすくめると先頭切って歩き始めた。うまい地酒があると嬉しいな。


 案内されたのは繁華街にある年季の入った建物の酒場だ。周囲の店とそう変わらなさそうな建物の中に入ると、三人でテーブルを一つ占める。


「ギャリー、同じ肉でもこっちの方がうまくて量が多いって言ってたが、どうしてなんだ?」


「ここが産地だからっすよ。すぐ近くに牧場があちこちにあるっす。それに、塩と胡椒だけじゃなく香辛料も手に入りやすいものあるっすよ。味付けも多彩なんで楽しんでくださいっす」


「酒はどうなんだ? 地酒を期待してるんだが」


「あるっすよ。エールとワインどっちがいいっすか?」


「両方だ!」


「了解っす。それじゃ、どっちも頼んで試したらいいっすね」


 苦笑いしたギャリーが給仕を呼び寄せると酒と料理を注文していった。王都と違うというそれらを俺とクレアは楽しみに待つ。


 しばらくすると給仕がやって来た。豚、牛、鶏、アヒル、その他知らない肉が塩胡椒と香辛料の混ざった臭いと一緒にテーブルへと置かれる。更に木製のジョッキが一人二つずつ、一つは暗い黄色をした見慣れたエール、もう一つは黒い紫色をしたワインだ。これはまた空腹を刺激するな。


 待ちきれなかった俺は皿がテーブルに置かれるとすぐに手を出した。まずは鶏からだ。口に入れると刺激が控えめな香辛料の味と共に肉の味が広がる。


「確かにこれはうまいな」


「酒だって水増しなしっすよ。これに慣れたら薄いのはもう飲めないっすね」


「まさか王都よりうまいものがあるとは。こりゃ帰ったら困りそうだ」


 ギャリーの言葉を聞き流しながら俺は肉と酒を交互に口へと入れた。最初はエール、確かに濃いな! 次に赤黒いソースのかかった牛肉を口に入れる。ソースの味が少し強いが悪くない。それを飲み込んでからワインで口の中を洗う。たまんねぇ、こりゃしばらく手を止められそうにない。


 そんな俺の隣に座るクレアは肉を摘まんだ後、ギャリーに声をかける。


「そっちの仕事は順調に進んでるの? 全然話を聞かないけど」


「御用商人のオルニー様の方はさっぱりみたいっすね。ローレンスの旦那から聞いた限りじゃ、こっちに協力できる余裕はないみたいっすよ」


「勇者様の支援ってそんなに大変なの? 別にたくさんの兵士を付けてほしいって言ってるわけじゃないのに」


「中央に食料を大量に送ってるせいで物が不足しがちで、しかも税収もぱっとしないから結構厳しいらしいっすよ」


「物の値段も上がってるって聞くし、思った以上にお財布事情が厳しいのかしら」


「ハミルトンの旦那が領主様とどんな話をしてるかっすよね」


「そっちの話は知らないの?」


「ハミルトンの旦那から聞いてないんで知らないっすねぇ」


 淡々と話すギャリーの話を聞いたクレアが眉をひそめた。結局進展が悪いということしかわからない。


「それじゃ、カイル司教の方は?」


「途中から教義の話になるから眠たいっす」


「教義ってあの宗教の教義の?」


「そうっす、ハミルトンの旦那もローレンスの旦那も宗派が違うから、話したくなるらしいっすね」


「今そんなことをしてる場合じゃないでしょうに」


「亜人の扱いをどうするかで意見が食い違っているみたいなんすよねぇ」


「嘘でしょ、今更そんな話を持ち出してきてるわけ?」


「唯一神派だと刃向かう獣人を討伐するべきって意見が強いらしいっすけど、こっちのデザイラル派はそれが気に入らないんっすよ。付き合いがあるっすから」


「なんか話の進展が期待できなさそうよね、どっちも」


「そうなんっすよねぇ。もっと簡単に決まると思ってたんすけど」


 ぼやいたギャリーが木製のジョッキを呷った。でも、暗い話をしているせいでうまそうに飲んでいない。


 一方、食べるのに熱心だった俺は一息ついた。みんな明るい話題がないな。よし、ここは一つ俺が話題を変えてやろう。


「なんか話が暗いのばっかりだな。ちょっと明るい話をしようぜ。例えば将来の夢とか」


「言い出しっぺのミルデスはどんな夢があるの?」


「俺は土地持ち騎士になることだ」


「まだ諦めてなかったの?」


「別にいいだろう。夢なんだから。それに、最近は別に騎士でなくても土地持ちだったらいいかなって思ってるんだ」


「農家でも始めるんすか?」


「どっちかっていうと、働いてもらう方かな」


「地主っすかぁ」


 俺の夢を聞いたギャリーが微妙な表情を浮かべた。既に知ってるクレアは我関せずと肉と酒を口に放り込んでる。


「ギャリーはどうなんだよ?」


「オレは、金を貯めて自分の店を開くのが夢なんすよ。食い物屋か雑貨屋かどっちにしようか迷ってるっす」


「食い物屋は良さそうだよな。開店したら覗いてみたいな」


「でもとりあえずは、真っ当な身分で町の内に住むことっすかね。オレ、外から来たんで居住権をまだ持ってないんっすよ」


「確かにそれがないと始まらんよなぁ。でも、どうやって移るつもりなんだ?」


「今回の仕事で手柄を上げて、その報酬ってのを考えてるっす」


「なるほど。その手があったか」


 今回は勇者関連という特殊な仕事だ。これで功績を挙げれば確かに普通でない望みも叶う可能性はある。ギャリーがこの仕事を引き受けた理由がわかった。


 その後も、俺たちは雑多な話をしながらテーブルを囲む。最近にしては珍しく、夜遅くまでその宴会は続いた。

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