勇者アレンの経緯、今の支え

 故郷の町で冒険者になってからずっと、オレは王都カルマニーに行きたいと思っていた。とにかく絶対に一旗上げて貧乏な生活から抜け出したかったから。


 最初は地元で活動するパーティに入ったオレはそこで下積みの日々を過ごした。最低限のカネと装備は必要だからね。理不尽な思いもしたけど我慢した。


 入っていたパーティが魔物狩りの依頼に失敗して解散すると、オレは故郷を飛び出す。王都方面行きの荷馬車の護衛で欠員募集を探し回っては入り込んで少しずつ進んだ。


 何度か荷馬車の護衛を渡り歩いた後、オレはついに王都へ直接向かう隊商護衛の欠員募集に巡り会った。そこで出会ったのが同じ欠員募集に応募したミルデスというおっちゃんだ。親子ほども歳の離れていそうなベテラン冒険者だった。


 何か特別なものがあるようには感じなかったし、実際ただのおっちゃんだったと今でも思う。でも、話をしていると妙に気が合った。何て言うか、あんまりガキ扱いしないというか、変に見下してきたりしなかったんだよな。


 だから、オレは自分の夢を話せたし、褒められたときも素直に嬉しかった。王都に着いてからはずっと会ってないけど、短くてもあの人と一緒にいられたのは良かったと思う。




 王都カルマニーにやって来て最初の夏が巡ってきたとき、オレは抜剣の儀式に挑戦することにした。最初は王都に来てすぐ挑戦しようかとも考えてたけど、何となく生活に追われて先延ばしにして夏までやらなかったんだ。


 珍しく緊張して眠れなかったせいで寝過ごしたオレは慌てて起きて王宮へと向かった。必死で走ったおかげで応募にはぎりぎり間に合って一息つく。


 王宮の城壁に沿ってオレたち参加者は係の兵士に城門から奥へと案内された。向かった先は小さな聖堂で、その前で改めて集められる。聖堂の前にはきらびやかな服を着た偉そうな人が何人か立っていて、周囲はたくさんの騎士様や兵士が警備していた。


 初めての場所で見たことのない人たちを見たオレが緊張していると、案内してくれた兵士が声をかけてくる。


「これより、抜剣の儀式を始める! 名前を呼ばれた者は順番に目の前の聖堂に入り、聖剣の柄に手をかけて真上に引き抜くこと。一定時間かけて抜けなければそれまで、抜ければ勇者と認定する」


 説明が終わると参加者はざわつき始めた。オレも声には出さなかったけれど聖堂へと熱い視線を向ける。


 そんなオレたちの動向とは関係なく係の兵士が羊皮紙を手に参加者の名前を一人ずつ呼び始めた。いよいよ始まった!


 参加者の一人が聖堂へと入ってはしばらくすると肩を落として出てくる。それが一定時間ごとに繰り返された。聖剣が引き抜かれると自分の番が回ってこないので、オレは引き抜かれないよう内心で祈り続ける。


「次、最後の者、アレン! 聖堂へ入れ!」


「はい!」


 願いは通じ、ついに順番が回ってきた。誰もオレが抜けるとは思ってないらしく、周りのほとんどが興味なさげな目を向けてくる。


 小さな聖堂の中に入ると、中は簡素だった。部屋は一つだけで室内の中央に膝ほどまでの小山がある。そのてっぺんに、白銀色の刃に黄金色の鍔、そして白亜のような柄の聖剣が刺さっていた。


 目の前の聖剣をじっと見つめていると、隣に立っているきらびやかな服を着た人が声をかけてくる。


「柄に手をかけ、聖剣を引き抜くがよい」


 ちらりと声をかけた人に目を向けたオレは言われたとおり、両手で聖剣の柄を握った。逆手持ちの状態だが構わず引き抜こうとする。


「はっ、うわっ!?」


 思い切り力んだオレは予想外の軽さに後ろへとのけぞった。勢い余って何歩か後ろへと下がる。てっきりすっぽ抜けたのかと思って真正面の小山へと目を向けた。すると、刺さっているはずの聖剣がない。


 そういえばとオレは手の感触を確認すると何かを握っていた。上げたままの両手を見上げると逆手に握った聖剣が目に入る。


 この日から、オレは聖剣を引き抜いた勇者になった。




 最近はすっかり夏の気配も去ったので日に当たっていても暑苦しくない。というより、近頃は日陰だと肌寒く感じるときがある。


 暖かい日差しを浴びながら座っていると同時に尻が痛くなりつつある。荷馬車に乗ってるときのように突き上げられることはないけど、これはこれで地味にきつい。


 まぶたをゆっくりを開けると自分の手足が目に入った。あれだけかいていた汗はすっかり引いている。


「んあ? そっか、寝てたんだ」


「かなりお疲れのようですね、勇者殿」


 そばから声をかけられたオレはそちらへと顔を向けた。赤毛で精悍な顔つきのギルさんが笑顔でこっちを見ている。


 すっかり冷え固まった体をゆっくりと動かしてオレはもたれていた壁から立ち上がった。背中と尻の感覚があんまりない。


 きらびやかな装飾の多い王宮の中でも簡素な造りで目立つ近衛騎士訓練場が目に入った。広い場所だけあって、遠くて何人かが模擬戦をしている。


「ギルさん、オレってどのくらい寝てました?」


「大した時間ではないですよ。休憩時間の範囲内です」


「はあぁぁ、なんかよく寝た気がするんですけどねぇ」


「短時間の仮眠で頭がすっきりとしたのでしょう。良いことです」


「ギルさんの稽古きついもんなぁ」


「あまり時間をかけられませんので、ご容赦ください。これでも手加減しているのです」


「うげぇ、マジですか」


 わかっていたことでも口に出して言われるときつかった。逃げるようにギルさんから離れると、オレは近くに置いていた水袋を手に取って口にする。


「勇者殿、この訓練が終わったら部屋で待っていてほしいとセラ殿から言付かっています」


「この後はじいちゃんの魔法の授業じゃなかったでしたっけ?」


「エセル殿は国王陛下に呼び出されたので授業は中止だそうですよ」


「それでセラさんの授業が代わりに入るんだ。そのまま休みになってくれてもいいんだけどなぁ。ダメ?」


「文字を覚えられたら授業はしなくても済みますよ」


「ですよねー。はぁ、ギルさんと稽古した後は眠くて仕方ないんだけどなぁ」


「その我慢も修行のうちです。魔王討伐に出たら苦労は今の比ではありません」


「わかってるんですけどねぇ」


 頭の方はすっきりしたけど体はすっかり重くなっていた。動かせばましになるのはわかってるものの、それまでがつらい。


 大きく息を吐き出したオレはぽつりと漏らす。


「それにしても、なんであんな夢を見たんだろ」


「夢、ですか。うなされてはいなかったようですので、良い夢だったのではないですか?」


「う~ん、いいかどうかと言われても、何とも言えないなぁ。聖剣を抜くまでのことがぽつぽつ見えてただけだし」


「走馬灯のような感じだったんですか?」


「別に死ぬわけじゃないんですけど。まぁでも、そんな感じなのかな」


「良くも悪くもなかったと」


「なんか淡々と過去の事実を振り返ってたような感じなんですよね」


 冒険者になってから数えてもまだ何年にもなっていないオレにとって、さっき見た夢の内容は思い出というほど古いものじゃない。特に聖剣を抜いたのは三ヵ月ほど前の話だ。懐かしむにしては近すぎる。


 でも一つだけ、懐かしいことがあった。王都にやって来るときに出会ったミルデスのおっちゃんを思い出したことだ。まだ半年前のことだけど、あれだけはもう何年も前のことのように思える。


 先月、ギルさんがミルデスのおっちゃんからの伝言を伝えてくれたとき、やたらと嬉しかった。聖剣を引き抜いた話は瞬く間にみんなの知るところになって、かなり羨ましがられたり妬まれたりしたのが厄介だったから。更に、赤の他人が知り合いだと名乗って近づいて来たのもかなり嫌だったな。あれのせいでしばらく誰にも会いたくなくなったくらいだし。


 だから、純粋に応援してくれたミルデスのおっちゃんの言葉は嬉しかった。できれば会って話したかったけど、今は難しいだろうなぁ。


「勇者殿、何を笑っているのです?」


「笑ってる? オレが?」


「今のあなたは笑顔ですから。やっぱり夢の中で良いことがあったのでは?」


「いや別にそういうのじゃないですよ。夢とは別のことを思い出しただけです」


「そうですか。まぁいいでしょう。では、そろそろ稽古を再開しましょうか」


「うえぇ、ついに始まるんだ。もっと手加減してくださいよぉ」


「さっきも申し上げましたが、これでも加減しているんですよ。これ以上は」


「はあぁ、しょうがないかぁ。そんじゃやりますか」


「では、先程教えた型の復習から始めましょう。その後、模擬戦をします」


「こうでしたっけ」


 休憩前に教えられた型を思い出しながらオレは模造剣を構えた。体は重いがやったことは覚えてくれているらしい。


 満足そうに頷くギルさんを見ながらオレは剣を振り始めた。

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