合流した現地の冒険者

 秋空の下、俺たち勇者を支援するチームはデザイラル地方へと向かった。カルマニア王国の南西部にある地方で、豊穣の川が中央諸侯との境だ。


 半月ほどかけて地方の中心であり、同時にデザイラル侯爵領の領都でもあるスーエストに到着する。交通の要衝でもあるこの都市はデザイラル地方で最も栄えていた。


 スーエストに着いてからの最初の仕事は待っているはずの冒険者との合流だ。俺は到着した翌朝にこの地の冒険者ギルドで確認する。受付係には既に話が通っていたようで、すぐに打合せ室を抑えるところまでやってくれた。


 そして本日、俺たち五人が打合せ室に入って待つ。長方形のテーブルの長辺にハミルトン殿とローレンスの旦那が並び、短辺に俺とクレアが座った。


 全員が座って間もなく、ローレンスの旦那が俺に顔を向けられる。


「ミルデス、今回やって来る冒険者はどのような人物なのじゃ?」


「俺も聞いただけだが、ギャリーって名前だそうだ。小柄な奴らしい。元盗賊とも言われたな」


「ここの冒険者ギルドは何でまたそんな者を寄越したんじゃ?」


「さぁな。でも、人類側が一致して戦わないといけないんだから、出自には目をつむるべきなんじゃないか? 人を選んでる余裕なんてないだろう」


「それはそうじゃが」


「自分もあまり感心はせんな」


 俺とローレンスの旦那の話を聞いていたハミルトン殿が口を挟んできた。若干渋い表情を浮かべて俺に主張してくる。


「これは勇者様一行をお助けするための大切な使命なのだ。元とは言え、あまり裏の者を関わらせるのはどうかと思うぞ」


「それを俺に言われても。デザイラルの冒険者ギルドが最適と判断したんだから、とりあえず受け入れるしかないだろう。ギャリーを拒否してここの冒険者ギルドの心証が悪くなったら、それこそできることもできなくなっちまう。それは困るだろう?」


「確かにそうだが」


「最初にこっちのギルドへ注文を付けとくべきだったな。元盗賊は選ばないでくれって」


 なんで会ったこともない元盗賊の冒険者の弁護をしてるんだと自分で不思議に思いながらも、俺はハミルトン殿に言い返した。そもそも人を選ぶ資格も権限もない俺にそんなとこを言われても何もできない。


 地元の人間との顔合わせが始まる前から疲れた俺はため息をついた。これ以上言い返してこないハミルトン殿とローレンスの旦那に安心しながら椅子に座り直す。


 その直後、扉が開いた。薄汚れた服を着た焦げ茶色の髪の胡散臭そうな顔つきをした小柄な男が入室してきた。軟革鎧ソフトレザーで身を固めて短剣ショートソードとダガーを腰に吊している。


「ミルデスって冒険者からここに来るよう伝言されてたっす。ここで合ってるっすよね?」


「合ってるよ。俺がミルデスだ。お前は?」


「オレはギャリーっす。こちらの方々が今回のチームメンバーっすか?」


「そうだ。一緒に仕事をする方々さ。こちらの二人は、騎士で今回のチームリーダーのハミルトン・バグウェル殿、魔法使いのローレンス・アリングハム様だ。俺はハミルトン殿とローレンスの旦那って呼んでる」


「ギャリーっす。スーエストで冒険者をしてるっす。元々盗賊をしてたっすけど、色々とあって冒険者になったっす。で、そっちの美人はもしかしてエルフっすか?」


「クレアだ。歳の話はするなよ、絶対に」


 思ったよりもまともなやり取りができたことに俺は内心驚いた。たまに極端に口下手だったりなぜか横柄な態度の奴がいるから身構えていたんだ。ギャリーとはうまくやっていけそうだという手応えを感じる。


 ちなみに、約一名から目を細めて睨まれてるがあえて無視した。お互い不幸にならないためにも事前に禁句は教えてやるべきだと思うんだ。


 俺の紹介とギャリーの挨拶が終わるとローレンスの旦那が口を開く。


「元盗賊というところに多少引っかかるところがあるが、今の情勢では協力せざるを得ないじゃろう。とりあえずそういった感情は棚に上げるしかあるまい」


「ありがとうっす」


 挨拶が一段落すると俺はギャリーに椅子を勧めて座らせた。すると、ハミルトン殿が話を始める。


「これでチームメンバーが揃ったな。ようやく本格的に活動を始められる。ギャリーのためにも改めて言うが、我々は魔王討伐を始める勇者様を支援するためのチームだ。このような少数精鋭の集団が各地に派遣され、勇者様が魔王討伐しやすいように地ならしする。その我々の担当地域が、ここデザイラル地方だ。王都から来た自分たち四人の他に現地の者であるギャリーを加えたのは、この地の情勢に詳しいからだである。存分にその力を発揮してもらいたい」


「全力を尽くすっす」


 現地組であるギャリーはハミルトン殿の言葉に素直に応じた。とりあえず、すんなりとチームに入ってくれたので一安心だ。これは俺も当てはまるんだが、欠員募集なんかで途中から入ったときにうまく馴染めないことがたまにあるんだよな。そういうのがないと仕事はやりやすいから素直に嬉しい。


 気を良くした様子のハミルトン殿が新顔のギャリーに声をかける。


「それでは早速、ギャリーにはこのデザイラル地方の状況について説明してもらいたい」


「状況っすか? どんなことを説明したらいいっす?」


「色々とあるが、魔王軍との戦いの様子をまず知りたいな」


「この辺りだと魔王軍とは戦ってないんで何もないっすよ。何年か前にいろんな国と連合したときの戦争に参加したきりのはずっす」


「平穏なことはいいことだが、王国の西側では激戦が続いている。いささかのんきすぎると思えるが」


「オレにそんなこと言われてもどうにもならないっす。戦争に参加するかどうかは領主様が決めることっすから。でも、戦争の影響はあるっすよ。物の値段は年々上がって生活が苦しくなってるっす」


「どのくらい上がっているのだ?」


「十年前の三倍くらいっすね。これがオレたち庶民にとって結構つらいっす」


「そうか。王家としては派兵を望んでいるが」


 物価の話にハミルトン殿はあまり興味を示さなかった。物の値段が上がってるのは王都も同じだからだろう。地味にきついんだよな、あれ。依頼の報酬はそこまで上がってくれないから真綿で首を絞められるような感じがするんだよ。ローレンスの旦那も興味なさそうだな。クレアは小さく頷いている。


 話が一旦途切れると、ギャリーが何かを思い付いたかのように目を見開いた。すぐにハミルトン殿へと話しかける。


「でも、まったく平和ってわけでもないっすよ。ここデザイラル地方の西の端にある村なんかは獣人に襲われて大変なんっすよ」


「なんと、獣人が襲ってくるのか?」


「そうっす、主に狼族なんですが、割と広い範囲で襲ってくるもんですから領主様も苦労してるみたいっす。酒場じゃ兵隊が愚痴ってましたし」


「派兵できないほど激しいのか?」


「どうなんっすかね? 領主様が何を考えているのかまではわからないっすよ」


 再び首を横に振ったギャリーにハミルトン殿は顔をしかめた。随分とデザイラル地方からの出兵にこだわっているな。勇者の活動に何か直接関係があるんだろうか。


 黙り込んだハミルトン殿に代わって、今度はローレンスの旦那がギャリーに話しかける。


「この地方の教会は西の果てに住む亜人たちと交流があると聞いておる。それでも獣人が人を襲ってくるというのか?」


「獣人全部と敵対してるわけじゃないっす。獣人の中でも人間嫌いの連中だけが襲ってくるっすよ」


「ということは、仲のいい獣人との交流はあるというわけか」


「そうっす。獣人連合っていう組織を作って人間と交流してると聞いてるっす。亜人は普段部族単位で生活してるそうっすから、あんまりまとまりがないらしいっすよね」


「その獣人連合に申し込んで、襲ってくる獣人たちを止めさせることはできんのかのう」


「あっちも色々とあるらしくて、なかなかうまくいってないそうっす」


「それは困ったものじゃ」


 眉をひそめたローレンスの旦那が口を閉じた。次いでハミルトン殿がギャリーに声をかける。


「そういえば、デザイラル地方で勇者を非難している領主殿がいると聞いているが知っておるか?」


「もしかしてオビシット伯爵様のことっすか? 噂なら知ってるっすよ。勇者一人で魔王を討ち取れるわけがないってやつっすよね」


「やはりそういう領主殿がいるのか」


「でも、オレが知ってるのはあくまで噂っすよ? 直接領主様から聞いたわけじゃないんで、本当のところはどうか知らないっす」


「さすがにそれはわかっている。こちらも自分らで何とかしないといかんな」


 やはり問題は獣人以外にもあるようで、ハミルトン殿はギャリーから噂の存在を確認して唸った。デザイラル地方の情勢を聞くだけで仕事が増えていく。


 俺たち全員はため息をついた。

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