初めての顔合わせ
ギルド長に依頼を引き受けると宣言して数日が過ぎた。今日はいよいよ相手方二人とのご対面だ。願わくば冒険者に理解のある騎士様たちであってほしい。
冒険者ギルドの建物に入って受付カウンターの隅へと目を向けると暗緑色のローブを着たエルフがいた。今日は荒事をしないから鎧はなしか。俺は近づいて声をかける。
「もう来てたのか」
「朝の雑用が早めに終わったからよ。あんたはのんびりとしてるじゃない」
「どうにも気が進まなくてなぁ」
「その点は同感ね。でも、仕事なんだから諦めないと」
「さすが年上」
「あ゛?」
「ごめんて」
顔に似つかわしくない声で威嚇してきたクレアをなだめながら俺は応接室へと向かった。次回以降は打合せ室を使うことになるだろうが、初回だけは相手をお客様扱いするらしい。
入室許可を得てから扉を開くと長ソファに二人の男が座っているのを俺は目にした。その正面に回ると顔がよく見える。
向かって右側の青年は上質だがよれた服を着ていた。赤茶色の髪に意地悪そうな顔つきをしていて、やや高めの背丈だ。
その青年の反対側には茶色のローブを着た初老の男が座っていた。半ば色の抜けた茶髪に自信に溢れた顔、しかし全体的に痩せた感じがする。
どちらも見たことのある顔だ。組む相手にある意味納得した俺は座りながら声をかける。
「まさかお相手がハミルトン殿とローレンスの旦那とはね」
「それはこちらも同じだ。自分も貴様だとは思っとらんかったわ」
「儂もじゃ。しかし、特に険悪な仲ではないのなら、知り合いの方がやりやすかろう」
「ということは、あたしとハミルトンというこの方だけが初対面なのかしら?」
「そうらしい。にしてもエルフか。初めて見たぞ。随分と美しい」
初見の相手であるクレアを見たハミルトン殿が目を見張っていた。こういうときクレアはよく目立つ。耳目を集めたくないときには視線を独り占めしてくれるからありがたい。
全員が着席したところでハミルトン殿が俺たちに声をかける。
「揃ったな。では、初対面の者もいるので名乗ろう。自分はカルマニア王国の騎士、ハミルトン・バグウェルだ。今回のチームのリーダーを務める」
「冒険者で精霊使いのクレアよ」
「ほう、この辺りで精霊使いとは珍しい。ローレンス殿は、ご存じであったな」
「左様。以前、共に仕事をしたことがある。優秀な精霊使いじゃ」
「ローレンスの火の魔法もなかなかのものよ。森の中では使ってほしくないくらいにはね」
「はっはっは、開けた場所でいずれ儂の炎をまた披露してやるとも」
「それは楽しみだ。いずれ二人の力は必ず必要になるからな。これは頼りになるに違いない」
大半が知り合いだと馴染むのも早い。ローレンスの旦那を通じてクレアとハミルトン殿は早速既知のように接している。
騎士、魔法使い、精霊使い、そして剣士の俺がこうして揃ったわけだ。これがパーティなら前衛と後衛が二人ずつとなかなかいい感じだな。
お互いの自己紹介が終わるとハミルトン殿がこの場を仕切る。
「では早速、本題に入ろう。現在、勇者様は王宮で修行中だが、いずれ魔王討伐を始めることになる。しかし正直なところ、すべての問題を勇者様一人で解決することは現実的ではない。そこで、我々のような少数精鋭の集団が各地に派遣され、勇者様が魔王討伐しやすいように現地を調整するのだ」
「魔物の討伐というような単純な任務は冒険者パーティに任せるとして、儂らはそれよりも難易度が高い複雑な使命を引き受けることになっておる。そのため、冒険者パーティとは違い、失敗が許されない使命もある。二人とも心してかかってほしい」
隣から捕捉説明したローレンスの旦那の言葉を継いでハミルトン殿が話を続ける。
「既に説明を受けていると思うが、我々は貴様たち冒険者のようにパーティとしては動かん。いくつもある任務に対して、適切な者たちを組み合わせて担当することになっておる」
「やることが多いから小集団で同時に片付けていくと聞いてるが」
「その通りだ。勇者様の修行の程度次第になるが、いつ魔王討伐が始まるか正確にはわからん。こちらとしてはできるだけ早く任務を片付けておく必要がある。そのためのチーム制だ」
「俺たちの他にも参加する人がいるらしいけど、今日見かけないのはどうしてなんだ?」
「もう一人の冒険者は現地で会うことになっておる。よって、ここではまだ面通しできん」
「現地か。そういえばどこなんだ?」
「デザイラル地方だ。主にデザイラル侯爵の領地とその近辺で我々は活動する予定になっておる」
説明を聞いた俺とクレアは顔を見合わせた。場所は知っている。カルマニア王国南西部の地方だ。土地が肥沃で農産物が豊かだが、獣人や魔物などと長年戦っているので人々に尚武の精神がある。近年、魔王軍侵攻後は食料の供給地として重要視されつつある場所だ。
再び顔を正面に向けたクレアがぽつりと漏らす。
「
「なかなかの辺境だからな。しかし、我々はそこに行かねばならん」
「それで、あたしたちの具体的な仕事はどんなものかしら?」
「自分は主にその地の領主様や貴族様との交渉をする予定だ。また、ローレンス殿には教会関係を担当してもらうことになっておる。貴様たち冒険者はそれ以外だな。亜人、特に獣人との折衝を任せる予定だ」
ハミルトン殿の返答を聞いたクレアが何とも言えない表情を浮かべた。
目の前の二人の担当は恐らく適材適所だろうと俺も思う。ただ、俺たち冒険者の担当が亜人や獣人というのはどうなのかと首を傾げた。
亜人というのは人類生存圏の外周部で生きる人間に似た者たちのことだ。人間の姿に近く、対話ができる知能があることが一般的に知られている。クレアのようなエルフが代表例だ。
その亜人の中でも動物の姿を色濃く残した者たちを獣人と呼んでいる。一般的には、犬、猫、狼、狐、虎、熊なんかが有名どころだろう。
適材適所というより、俺たち冒険者には残った任務を押しつけたような感じがする。もっとも、こっちには
そこまで考えなが俺はらちらりと横を見ると、クレアがまだ微妙な表情をしているのに気付く。
「クレア、どうした? 何かあるのか?」
「まぁいいでしょう。獣人との交渉の件はわかったわ。それで、ハミルトン、あたしたちは何を交渉すればいいの?」
「そこはこれから次第だ。デザイラル侯爵とも一度話をする必要がある。その結果次第で交渉の内容が変わる可能性があるのだ」
どうも単純な仕事ではないらしいことを俺とクレアはこのとき知った。直接俺たちが関わることはないだろうが、振り回される予感がする。厄介事の臭いを強く感じた。
さてどうしたものかと俺とクレアが黙ると、それまでほとんど口を挟まなかったローレンスの旦那が話しかけてくる。
「それにしても、意外といえば意外じゃな。クレアはこういう話は断ると思っていたが」
「最初はどうしようか迷ったんだけど、いつも好き勝手やってるし、ここで引き受けて恩を売っておくのもいいかなって思ったのよ」
「なるほど、お前さんらしい」
「そういうローレンスはどうして受けたの? 火の魔法の研究以外に興味ないのに」
「いよいよ魔王軍が王都に迫ってきたからじゃ。屋敷にある物をすべて持って逃げられんじゃろう?」
「ローレンス殿、もっと国の危機に思いを馳せるべきではありませんかな」
「ハミルトン殿は志願されたのでしたな。まぁ、人それぞれで良いではありませんか」
「それはまぁ。ミルデス、貴様はなぜこの仕事を引き受けたのだ?」
この雰囲気だと話がしやすい。俺は気軽に答える。
「半年ほど前に聖剣を抜く前のアレンと会ったことが会ったんだ。それでいい奴だったんで何か支えてやれたらなと思って」
「なんと、勇者になる前の勇者様にお目にかかっていたのか」
「誰にも信じてもらえなくて、王宮に行って会おうとしても追い返されたけどな。でも、そのときに馬車に乗ったヒンチクリフ様たち三人に出会って、頑張れよって伝言を頼めたけど」
「貴様、ヒンチクリフ卿と話をしたのか!?」
「お前さん、マガリッジ殿と会ったのか?」
「え?」
目を見開いたハミルトン殿と横から口を挟んできたローレンスの旦那の二人から同時に声をかけられた俺は目を白黒とさせた。わけもわからないままヒンチクリフ様とマガリッジ様について根掘り葉掘り質問される。そして更に、クレアも話しに加わってきた。こっちはアレンについてだ。お前には前に話しただろうに。
ともかく、散々話をさせられた末にデザイラル地方への出発は三日後と告げられる。仕事とは関係ないところで一番疲れたのは予想外だった。
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