冒険者ギルドからの依頼

 ようやく暑さも和らいだ頃、俺はいつものように仕事を終えて冒険者ギルドの受付カウンターで報告を済ませた。依頼主からの依頼完了証明書と引き替えに報酬を受け取る。


「いつもより銀貨が多いってのはいい気分だな」


「珍しく当たりの仕事だからな。良かったじゃないか。ところでミルデス、お前、レイフの親父に呼ばれてるから次の鐘が鳴る頃に応接室へ行けよ」


「ギルド長? なんでまた俺が呼ばれるんだよ?」


「そんなの知るわけないだろ。オレは伝言を頼まれただけだ。確かに伝えたぞ」


「マジかよ。せっかく早めに帰れると思ってたのに」


 この後すぐ祝杯を挙げるつもりだった俺は受付係に呼び出しの件を伝えられて肩を落とした。もう何年も大きな失敗なんてしたことがないから、ギルド長に呼び出される心当たりなんてないぞ。


 そうは言っても、組織で一番偉い人に呼ばれたとあっちゃ無視するわけにもいかない。仕方なく、俺は冒険者ギルド内で待つことにした。




 たまたま居合わせた知り合いと雑談して暇を潰した俺は鐘が鳴ると応接室へと向かった。扉を軽く叩いて許可を得ると中に入る。来客に使う部屋だけあって打合せ室にはない調度品が目に付いた。けどすぐに中央のソファへと顔を向ける。


 一人は白髪で皺の刻まれた顔のギルド長だ。大柄だが痩せ細った体にこざっぱりとした服を着込んでいる。昔は有名な冒険者だったらしい。俺が生まれる前の話だが。


 そしてもう一人、来客用の長ソファに見慣れたエルフ女が座っていた。驚いて立ち止まった俺に振り向いたクレアが声をかけてくる。


「なに突っ立ってんの。早く座りなさいよ」


「なんでお前がいるんだ?」


「ギルド長に呼ばれたからじゃない」


 俺が何かと言い返そうとしたが、ギルド長も顔を向けてきたから黙った。そのまま背負っていた荷物を床に下ろしてクレアとは反対側の端に座る。


 他にも誰か来るのかと俺は一瞬思ったがそうではないらしい。ギルド長が口を開く。


「二人ともよく来てくれた。今日はお前たちに引き受けてもらいたい仕事がある」


「割のいい仕事でしたら喜んで引き受けますわよ?」


「あんまり年寄りから毟り取らんでくれ。こっちは半分干からびとるんだ」


「ご心配なく、毟るのはギルド長からではなくこのギルドですから。これだけ立派な建物なんですもの。さぞや貯め込んでいるでしょう?」


「勘弁してくれ。下手すりゃこのギルドよりも長生きしとる」


「報酬は言い値の十倍でお願いしますわね」


「すまんかった、歳の話は禁句だたな。今のはなかったことにしてくれ」


 笑顔を浮かべるクレアにギルド長が苦笑い向けた。うっかり歳の話を持ち出したところに親近感を抱く。そして、丁寧な口調で喋っているクレアに違和感しかない。


 そんな内心を隠したまま俺はギルド長へ声をかける。


「それで、引き受けてほしい仕事とはどんなやつなんです?」


「おおそうだった。その仕事とはな、勇者アレンの支援をするというものだ」


「勇者の支援? でも、既に王家が全面的にしてるでしょ。警備も万全だし、剣の修行も近衛騎士がしてますし」


「妙に詳しいな」


「先日ちょっと聞いたんです。それより、俺らの出る幕なんてなさそうですが」


「そうでもない。王家は十年前から続いてる魔王軍との戦いに今もかかりきりだ。王宮で保護している間はともかく、勇者が魔王討伐に本格的に乗り出すとなると手が回らんだろう。そこでワシらの出番というわけだ」


 ギルド長が面白そうに笑うのを見た俺はろくでもないことを考えていると直感した。そして、ワシらの出番というギルド長の言葉に引っかかりを覚える。


「その言い方だと、俺とクレア以外の冒険者にも依頼しているんですか?」


「察しがいいな。何しろこの国全土が仕事の範囲内だ。人手は何人あっても足らん」


「フレディのパーティがギルドから長期の仕事を引き受けたって聞きましたけど、もしかしてこれ関係だったりします?」


「あいつと知り合いか。確かに頼んだな。快く引き受けてくれたぞ」


 引っかかりを覚えてたことがなくなって俺はすっきりとした。しかし同時に、また話が横道に逸れていることに気付く。話が全然進んでいないな。


 会話に間ができると、隣に座ってるクレアが次いでギルド長に話しかける。


「それで、具体的な支援の内容は?」


「敵対者の排除、有力者への支援依頼、魔王四天王の弱体化、そして魔王軍との戦いなどだ。冒険者ギルド全体でやることだが、これらの仕事をその都度やってもらう」


「随分と手広いですわね。それが全部できるのなら勇者はいらないのではありません?」


「肝心の魔王討伐は勇者でないとどうにもならん。だから、それ以外のところをワシらがあらかじめ下準備しておくんだ。勇者には充分働いてもらう必要があるが、働き過ぎで疲れ果てさせるわけにはいかんのだよ」


 仕事の内容の広さには驚いたが、ギルド長の言っていることには俺も納得できた。しかし、話を聞いているうちに新たな疑問が湧いてくる。


「この仕事って結構な人手が必要なんですよね。でも、内容からすると駆け出しの冒険者は使えない。上級の冒険者も駆り出すんですか?」


「そこは難しいところだ。ギルドの本業をおろそかにはできんから、勇者の支援にばかりかまけるわけにもいかん。だから、仕事をしてもらうのはお前さんのような中堅になる」


「つまり、本業がおろそかにならない程度の中堅冒険者に依頼するってことですか」


「冴えないけど経験はある冒険者なら割といますものね」


 横から口を挟んできたクレアの言葉にさすがの俺もギルド長の思惑に気付いた。なるほど、使い潰しても惜しくない連中を使うわけだ。アレンが勇者になったのは最近、ということはこの支援も夏以降に始めたばかりってことになる。上級の冒険者を使う前に俺たちである程度地ならしをするのか。不測の事態で本当に優秀な冒険者を失わないためにも。


 わかっていたが、ギルド長は組織のおさだけにやり方が黒い。いいように自分を使おうとするところに腹が立つ。けれど、その考え方が間違っていないことも理解できた。それだけに一層むかつくけどな。


「それでうまく事を運べれば、勇者に対する協力で冒険者ギルドの立場を強くできますわね」


「いつまでも便利屋扱いは嫌だからな」


「その点については同意しますわ」


 そういう思惑もあるのか。その点については俺も常々思うところはあった。ただし、自分がギルド長にいいように使われそうになっているのは納得できないが。


 ここまで考えて俺は首を傾げた。知り合いの件を再び思い出す。


「ギルド長、フレディのところはパーティ単位で仕事を依頼したんですよね。なのに俺とクレアは個人に頼むんですか? 俺たちはどっちも基本単独ソロで活動してるんですよ?」


「確かに普通はパーティ単位で依頼をするんだが、今回は少し事情が違う」


「と、言いますと?」


「お前さんたちは王宮から派遣される方々と一緒に仕事をする予定だ」


「もしかして騎士様とかですか?」


「その通り。騎士様の魔法使いの二人だ。今回はこの騎士様の指揮下に入ってもらいたい」


 俺は露骨に嫌な顔をした。どう考えても俺たちとは合わない人種だ。うまくやっていける気がしない。


「顎でこき使われるのはまだしも、下手したら使い潰されますよ、俺たち」


「その懸念は確かにあるが、今回はパーティとして常に一緒に行動するのではなく、チームとして個別に活動することが多いはず。だからそこまで心配しなくてもいいとワシは考えとる」


「チームとして個別に活動ですか? どういうことです?」


「敵対者の排除、有力者への支援依頼、魔王四天王の弱体化、そして魔王軍との戦いなどと、やることが多岐にわたるとさっき話しただろう。それらを一つずつ順番に手をかけていてはいつまで経っても仕事が終わらんから、小集団で同時に片付けていくやり方なんだよ」


「なるほど。ということは、俺たちの他にも騎士様に雇われる奴がいるのか。あと、別のチームもいるとか?」


「雇われる者は他にもいる。チームに関しては当面お前さん方のみだな。その結果次第で増えるかもしれん」


「増えないかもしれないんですか?」


「何しろやることはあっちこっちにたくさんあるんだよ」


 若干眉をひそめたギルド長が俺に答えた。


 その様子を見た俺はこの仕事を引き受けようかどうか考える。正直面白くない。普段なら断っていただろう。しかし、どうにもアレンの顔がちらついて仕方がない。王家や冒険者ギルドのためというのは嫌でも、あいつのためというのならば悪くない気がした。


 渋面を作る俺は散々悩む。しかし、どうしても拒否する気にはなれない。


 結局、仕方なく俺はギルド長からの依頼を引き受けることにした。

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