一目会おうと思い立つ

 冒険者本来の仕事は、未開の地や人が滅多に入らない場所に立ち入って、お宝を探したり魔物を討ち取ったりするというものだ。


 けど、いつもそんな仕事ばかりがあるわけじゃない。普段は冒険者ギルドから提示される依頼をこなして日銭を稼ぐ。何かしらの調査、荷馬車なんかの護衛、荷物運びに路地の掃除なんかだな。


 はっきりと言って便利屋の類いだ。しかも、仕事になるような作業には大抵組合ギルドがあるから、冒険者こっちは人手不足解消のお手伝いでしかない。冒険を求めて冒険者になったのに延々と下っ端の仕事をするわけだ。


 これは辺境よりも中央ほどその傾向が強い。何しろ冒険できるような森や山がないからな。これが嫌で冒険者を辞めたり辺境に行ったりした奴を俺は何人も知っている。


 だからこそ、王都にやって来て早々に一旗上げるという夢を叶えたアレンは耳目を集めた。平民たちは魔王軍を何とかしてくれるという期待から好意的な意見が多いが、それが冒険者になると心情はもっと複雑だ。特にアレンが駆け出しの冒険者だっただけに。


 同じ冒険者でもアレンに対して好意的な俺だが、良かったですねそれじゃ、というように簡単には割り切れなかった。俺は俺でやっぱり気になるんだ。


 クレアから話を聞いて以来、俺は胸の内にずっともやのようなものを抱えていた。別に悪感情というわけではなかったが、何となく落ち着かない。


「どうしたもんかなぁ」


 昼過ぎ、うまく仕事を見つけられなかった俺は冒険者ギルドの建物から大通りへと出た。壁際へと寄ると周囲にぼんやりと目を向ける。石材で舗装された通りと多くの人が往来していた。王都に移り住んでい以来、すっかり見慣れた光景だ。


 今日はもう仕事を見つけられそうにないと悟った俺はこれからどうしようかと迷った。昼間から酒を飲むのは魅力的に思えたが、一人でちびちびと飲むところを想像するといささか寂しい。


「かといって、他にやることなんてないしなぁ。そうだ、どうせなら行ってみるか」


 やることがないのなら何かをして半日暇を潰してしまえばいい。


 方針が決まった俺は大通りを歩き始めた。目的地はそれほど遠くはない。冒険者がよく利用する宿屋街だ。


 前に聞いたことがある宿屋を俺は探し回って見つけると中に入る。受付カウンターには宿屋のおっさんが一人座っていた。そいつに話しかける。


「ちょっと聞きたいんだが、ここにアレンって駆け出しの冒険者が泊まってるんだよな?」


「またか。アレンってヤツならもう出て行ったよ。今頃王宮でいい生活をしてるだろうさ」


「王宮!? でも、またってどういうことだ?」


「お前みたいにどこかから嗅ぎつけて会わせろって言うヤツがちょっと前までたくさんいたんだよ。まったく、こっちはいい迷惑だ」


「あいつ、王都に来て半年でそんなに知り合いを作ったのか」


「中には本物の知り合いもいたみたいだが、あんまりいい感じにゃ見えなかったね。大抵は何かしらあやかりたいって連中ばっかりだったよ」


「あー」


「あの勇者様に会いたいんだったら王宮に行くんだな。あんたが本物の知り合いなら会えるだろうさ」


 気だるそうな態度のおっさんの話を聞いた俺は頷くしかなかった。そうだよな、有名になったらいろんな奴が群がってくるよな。そうなると、俺も同じように見えるわけだ。


 これは会えなさそうだという気持ちが俺の中に湧いてきた。軽い気持ちで始めた暇潰しで登れないほどの壁にぶち当たった気分だ。たかが暇潰しで超えられる気がしない。


 ただ、ここで止めると何とも中途半端な気がするのも確かだ。心のもやもやはある程度晴れたが、代わりにやり残し感が強くなる。


「どうせ始めたんだ。最後までやるか」


 気を取り直した俺は宿屋を後にした。そうして王都の中心にある大きな城へと向かう。


 王都と同じ名前のカルマニー城は大国カルマニアを治める中心地だ。元々関係者以外は立ち入り禁止である上に、魔王軍の侵攻が始まってからは出入りが更に厳しくなっている。俺のような一介の冒険者が入れるような場所じゃない。


 それがわかっているというのに、別にそれでもいいから行ってみようなんて考える俺も大概変だと思う。わかっていても行くわけだが。


 大きな空堀にかかった跳ね橋を渡ると大きな城門の前に着く。その城門は開け放たれているが門番が四人左右に分かれて警備していた。たまに出入りする馬車があるが、入る馬車は停められて何やら受け答えをしている。


 さすがに貴族様の邪魔をするとどんな仕打ちを受けるかわからないので俺はじっと待ち、馬車が入城してから門番の一人に近づいた。一番童顔っぽいそいつに声をかける。


「ちょっといいですか?」


「なんだ貴様は?」


「冒険者のミルデスってんです。アレンの知り合いなんで会わせてもらいたいんですが」


「最近やっと落ち着いたと思ったら、まだお前みたいなのが来るんだな。さっさと帰れ」


「アレンが泊まってた宿屋の旦那にも言われましたけど、そんなに多いんで?」


「そうだよ。何かのおこぼれに預かろうとしているんだろうが、無駄だ。大体ここをどこだと思っている。貴様のような奴が来ていい場所じゃないぞ」


「だったらせめて俺の言葉だけでも伝えてもらえませんか? 夢が叶って良かったなって」


「なんだそりゃ?」


 俺の話を聞いた若そうな門番は微妙な表情を浮かべた。そのまま振り返って年配の門番を無言で見ると、小さく首を振って右手で追い払う仕草をしたのを目にする。


「駄目だ。諦めろ」


「どうしてです? 伝言くらいいいでしょう!」


「うるさい! さっさと帰れ!」


 もはや判決は下されたとばかりに若い門番が俺を追い払おうとした。まさか伝言すら拒否されるとは!


 それでも諦めきれない俺が門番と押し問答をしていると、城内から一台の馬車が現れた。気にせず俺と門番が言い合っているとその横で馬車が停まる。


 これには俺も門番も驚いた。馬車に乗るような身分の方々が俺たちを気にするとは思ってもいなかったからだ。思わずお互いに顔を見合わせる。


 動けない俺と門番に対して、馬車の窓から赤毛で精悍な顔つきの若い男が顔を覗かせた。それを見た門番が直立不動となる。


「ヒンチクリフ様!」


「城の前で何を騒いでいる?」


「この冒険者が、アレン様に会いたいと申したので追い返そうとしていたところです」


「だから会えないならせめて伝言だけでもって言ってるじゃないですか!」


「お前、黙らんか!」


「構わない」


 馬車の中から門番を止めたヒンチクリフという貴人は扉を開いて姿をお見せなった。一目見てわかるほどの上質な服を着ている年若い方が俺の前までいらっしゃる。


「私はギルバート・ヒンチクリフ、カルマニア王国の近衛騎士であり、勇者アレンの剣の師を務めている」


「あいつの剣の師匠!? 近衛騎士様がですか?」


「そうだ。いずれ魔王討伐の旅を共にする予定の仲間だからな。今から互いの絆を深めておくためでもある」


 いきなり大物に出会ったことで俺は目を白黒させた。ヒンチクリフ様の背後をちらりと見ると、馬車の中に銀髪の優しそうな美人と鋭い目つきをした老人が自分に目を向けていることを知る。ああ、これは絶対にやんごとない方々に違いない。


 俺の視線に気付いたヒンチクリフ様がわずかに苦笑いされる。


「馬車の中にいる二人は、私と同じく勇者アレンと旅をする仲間だ。女性がセラフィーナ・コルケット殿、ユニ教の教会が認めた聖女様で、ご老人はエセルバート・マガリッジ殿、あらゆる魔法を扱える天才魔法使い殿だ。そういえば、あなたの名前をまだ聞いていなかったな」


「俺はミルデス、冒険者をやってます。半年前にアレンが王都にやって来るときに一緒に隊商護衛をした仲です」


「伝言をしたいということだったな」


「一緒に護衛をしていたときにアレンが一旗上げたいと言っていたので、抜剣の儀式に挑戦してはどうかと勧めました。それで、夢が叶ったようだったので、良かったな頑張れよって伝えたかったんです」


「なるほど、そういうことか。わかった。勇者殿には必ず伝えておこう」


「はい、お願いします」


「ミルデスといったな。そなたは嘘をついておらんようじゃが、勇者の身の安全を守るためにも面会は諦めるように。嘆かわしいことじゃが、人間の中には魔王に内通している者もおるので危険なのじゃよ」


 馬車の中からエセルバート様が俺に声をかけられた。単に有象無象が群がってくるだけでなく、アレンの身を守るためでもあるらしいことをこのとき初めて知る。今になってようやく自分とアレンの立場が大きく違うことを実感した。


 礼儀正しく俺に黙礼したヒンチクリフ様が馬車に乗り込むと扉が閉じて動き出す。


 俺はその様子を門番と一緒に見送った。

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