中年の冒険者と夢見る少年

 荷台の隅っこに座っていると、小刻みかつ強い振動がケツにひたすら叩きつけられる。我慢しているとたまに強烈なのが頭にまで突き抜けてくるのが鬱陶しい。


 顔をしかめてほろの中から外を眺めれば、春先の青空の下、少し離れた後方を馬に引かれた荷馬車がわだちの上を進んでいる。同じ隊商に所属する一台だ。


 今、冒険者である俺は隊商の護衛をしている。別件で王都を離れた帰りに旅費を浮かそうと欠員募集に応じたんだ。そして現在、ケツを酷使しすぎて感覚がない。


 そんな俺とは反対側の隅っこに金髪の少年が平気そうに座っている。駆け出しの冒険者アレンだ。地震のように揺れ続ける荷台の中で笑顔まで浮かべていやがる。


「浮かれてんなぁ」


「憧れの王都にやっと行けるんだからそりゃぁね!」


「俺もお前くらいのときはそんな感じだったかな。若いねぇ」


「そんなこと言うからおっちゃんなんだよ」


「誰がおっちゃんだ。ミルデスと呼べ」


「ミルデスのおっちゃん」


 やや幼いが見た目の良いアレンの顔に向かって俺は目を細めた。本気で怒っているわけじゃないが、そのまま流すわけにもいかない。そんな微妙なお年頃なんだ。


 若干顔を引きつらせた俺は小汚い服と装備の生意気な少年に言葉を返す。


「王都で一旗上げたいんなら、そんなつまらん切り返しなんていちいちするなよ。しょうもない奴はすぐに相手にされなくなるぞ」


「わかってるって。王都に着いたらうまくやるよ!」


「普段からやっとけばボロはでないもんだがな」


「ミルデスって年寄りくさいって言われない?」


「うるせぇな」


 反撃された俺は渋い表情を浮かべた。なかなか口の回る奴だ。むかつく。


「そういや、おっちゃんの夢はまだ聞いてなかったよな。どんなの?」


「おっちゃんおっちゃんって言うな。なりたいものか」


「あるんでしょ?」


「あーそれはだな、土地持ちの騎士になることだ」


「おお、すごいな」


 素直に感心の眼差しを向けてくるアレンを俺は微妙な表情で見返した。これは騎士になる方法を知らないんだなとすぐに気付く。


 通常、騎士になるためには幼い頃から騎士の元で修行をしないといけない。何年も下積みと修行を続けてようやくなれるものだ。しかし、戦場で大きな功績を上げた場合は例外的に任命されることもある。


 俺が狙っていたのは後者だった。にもかかわらず、引退が脳裏にちらつく今も冒険者のままだ。最近じゃ古い知り合いに酒の席で多少いじられるネタでしかない。


 そんな俺の色あせた夢にアレンは純粋な笑顔を見せた。例え無知からくるものであったとしても、なんだかこそばゆい感じがする。


「おっちゃんの夢、叶うといいな」


「まぁな。そうだ、王都に行ったら嫌でもわかるだろうが、抜剣の儀式について今教えておいてやろう」


「それ聞いたことがあるぞ! 聖剣を引っこ抜けるか試せるんだろ?」


「知ってたのか。その通り。魔王が現れて以来、勇者にふさわしい奴を見つけるために毎月王宮で開かれてるんだ」


「でも、今もその儀式をやってるってことは、まだ聖剣は引っこ抜かれてないんだよね?」


「そうだな。あれは誰でも挑戦できるから、気が向いたらやってみたらいいぞ」


「もちろん! でも、まずは王都で食い扶持を手に入れてからかなぁ」


 悩ましげに唸るはるかに年下の後輩を見て俺は生暖かい笑顔を浮かべた。ああやって悩んでいるうちが華なんだ。


 荷馬車の速度が緩んできたことを感じた俺は外の景色へと目を向けた。王都の外周のすぐ近くだ。この後、検問の順番待ちで長時間待たされることになる。


 ここまで来ると護衛の仕事もほぼ終わったも同然だ。俺は座りながらも大きく背伸びをした。早く中に入って一杯引っかけたい。




 今年の夏は例年よりも暑かった。いつもより夏バテがひどかった気がする。


 そんな酷暑も秋を前に一段落着きつつあった。それでも、硬革鎧ハードレザーで身を固め、生活用品と財産が入った背嚢はいのうを背負っていると暑苦しい。腰にいた長剣ロングソードもこうなると鬱陶しく思える。


 酒が恋しくてたまらない俺は馴染みの酒場へと入った。熱気と酒精に迎えられつつも空いてる席を探す。おお、暗緑色のローブを着た女がいるぞ。今日は休みだったのか、軟革鎧ソフトレザー短剣ショートソードも身に付けていないな。


「クレア、お前も来てたのか」


「ミルデスじゃない。今日も一人なの? 寂しいわね」


「お前も同じだろうが。隣に座るぞ」


「寂しいからって美人のあたしに相手をしてほしいってわけ? かわいいわねぇ」


「いつもの席を他の奴に座られてたんだよ」


 知り合いの女の隣に座った俺は通りかかった給仕に注文を告げてから右に顔を向けた。


 清流のような金髪に彫像のように整った顔、そして何より特徴的なのがその尖った耳だ。単に腕のいい精霊使いというだけじゃない。


「最初はあたしを見て鼻の下を延ばしてたじゃないのよ」


「はいはい、そりゃ最初だけだろ」


「かわいくないわねぇ。昔はちょっと言い寄っただけで顔を赤くしてたくせに」


「いつの話だ。もう駆け出しのときとは違うぞ。それに、この王国と同じくらいの年齢としって知っ、いてぇ!?」


「あらごめんなさいね~、ちょうどいいところにあったものだから」


 思い切り踏んづけられた足の痛みに俺はもだえた。涙目で睨むと目を細めて笑顔で勝ち誇られる。そうだ、こういう奴だった。


 給仕が酒と料理を俺の前に並べて去って行く。すると、隣のクレアが俺の酒を自分の前に引き寄せやがった。これにはさすがに声を上げる。


「それは俺んだぞ」


「失礼なことを言った詫び代よ。これで許してあげるんだから感謝しないさいよね」


 隣でうまそうに木製のジョッキを傾けるエルフ女を尻目に、俺は再び給仕に酒を注文した。しばらくは肉で口を慰めるしかない。


「そういえば、フレディのパーティが冒険者ギルドの長期の依頼を受けたそうなんだ」


「お金がないっていつも言ってたんだから良かったじゃない」


「取りっぱぐれもなく、安定した収入があるわけだ。羨ましいなぁ」


「内容によるんじゃない? どんな依頼なのよ」


「魔物の駆除らしい。詳しくは聞いてないが、結構あちこち回るんだとさ」


「いつもの討伐依頼と何が違うのよ?」


「そこまでは聞いてなかったな」


「ダメねぇ。あんたそんなだからパッとしないのよ」


「へーへー」


 言い返そうにも実例がいくつも思い浮かんでしまい、俺は顔をそむけて木製のジョッキに口を付けた。それでもこの歳までやってこられたんだから結構なものだと思うんだけどな。


 面白くなさそうにする俺を見たクレアは仕方ないという様子で肩をすくめる。


「その件はいいわ。それより、先月ついに聖剣が引き抜かれたって話、あんたも知ってるでしょ?」


「知ってる。本当に抜けたんだな、あれ」


「抜けなきゃ人間は魔王軍にやられちゃうじゃない。あんた人間のくせにのんきね」


「俺じゃさっぱりだったからなぁ」


「あはは、そうだったね! 勇者になってくるって勇ましく出て行ったのと比べて、帰ってきたときの落胆ぶりったらもう」


「その話はやめようぜ。あんときゃ俺も若かったんだ。で、その話がどうしたんだ?」


「あれを抜いたのが誰だかわかったのよ。冒険者のアレンだって。まだ子供で、半年前の春先に王都ここへ来たばっかりの駆け出しだそうよ」


 得意気に話すクレアを俺は見開いた目を向けた。名前はもちろん、年頃も王都にやって来た時期も心当たりがありすぎる。


「どうしたのよ?」


「知ってる奴かもしれないって思ってな。ほら、半年前の春先に俺が仕事で王都から出てただろう? あの帰りに欠員募集で隊商護衛に潜り込んだんだが、そのとき一緒だったのがアレンって奴だったんだ」


「なーんか話ができすぎよねぇ」


「でもあいつにしか思えねぇ。抜剣の儀式について教えてやったら、すぐ抜くか食い扶持を優先するかで迷ってたんだよな、あいつ」


 あのとき夢を語っていたが、もう叶えたことに俺は感心した。そして同時に寂しくも思う。そうなんだよな、持ってる奴ってのはすぐに夢を叶えちまうんだよ。


「そうか、あいつ、勇者になったんだ」


「どうしたのよ? 後輩に追い抜かれるなんて珍しくないことでしょうに」


「事実でも面と向かって言うなよ。それにしても、これでやっと魔王軍に反撃できるな」


「そうよ。でも、今までよく保ったと思うわ、この国」


「まったくな。あ~あ、すっかり有名になっちまって。もう俺にできることといえば、せいぜい裏で支えてやるくらいだな」


「面白い冗談ね。勇者の何をどう支えるつもりなのよ?」


「うるせー、言葉の綾だ。具体的に聞くな」


 せっかく感傷にひたりかけた俺はクレアに無理矢理現実に引きずり出された気分だ。まったくもって気の利かないエルフだな。


 木製のジョッキに残った酒を飲み干すと、俺は給仕に代わりを注文した。

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