第43話
ラ・シィルフィー号に光の翼が生まれた。
「──我が翼、羽ばたけ!」
光と炎が同時に羽ばたき、光の剣と炎の槍が蒼い空で激突した。
衝撃が光の翼と炎の翼を震わせ、凄まじい圧力を我が身に与えながらあらぬ方向に弾き飛ばされた。
意識を集中させラ・シィルフィー号を制御する。
キラン!
真っ正面てわ閃くものに光の盾をかざさた──が、なぜか左舷船首に衝撃が生まれた。
「──こなくそっ!」
なにが起こったかを確かめる前に船体を捻り、その場から逃れた。
フフ。なんとも変幻自在な槍さばきじゃないのよ。ならば、こちらも変幻自在な剣さばきを見せないとね。
光の翼を羽ばたかせ、ラ・シィルフィー号でなければ空中分解するだろう速度と角度で旋回する。
「烈光剣っ!」
姿勢を戻したところで両舷姿勢翼から光の剣を抜刀し、こちらへと突っ込んでくる炎の鳥へと翔た。
距離にして二百メローグ。時速七百メローグ。もはや回避不能というのにまったく揺らぎがない。それどころかさらに加速してきた。
「ふふん! それが命取りだ!」
光の剣と炎の槍が激突する瞬間、船首下にある風進機を最大噴射し、炎の鳥を掠りながら交差し、シズミルたちを真似て拘束錨を打ち込み強制旋回した。
……クッ! 飛翔服のような重力抑制ではなく衝撃拡散機能の法衣では無茶な行動だったわね……。
「──魔砲っ!」
破裂しそうな意識を根性で堪え、炎の鳥のケツへと魔石一つ分を放ってやった。
「──なっ!?」
魔砲を放った直後、炎の鳥も魔砲を放ってきた。なぜにだ!?
逆飛びのままさらに加速。直撃の時間を稼いだ。
「クッ! 閃光陣っ!」
威力も速さもこちらの魔砲を上回っていると判断し、盾では最強(魔力消費もね)の陣で魔砲を弾き飛ばす──暇なく炎の鳥が真下に出現。炎の槍を突いてきた。
慌てず騒がず魔砲を耐えたままに光魔の矢を幾十と放った。
侵攻不可能と悟るや直ぐに旋回。魔進機を最大噴射させた。
魔砲を完全に打ち払い、光の翼を折り畳んだ。
悲鳴を上げる魔力炉に喝を入れ、魔進機を最大噴射させて炎の鳥のあとを追った。
時速が徐々に音速に近づき、そして、悪魔の壁を突き破った。
白く、どこまでも広がる美しい世界。そんな神々の世界に炎の鳥が翔ていた。
……まったく、ここまで性能が違うと怒る気も失せるわね……。
剣と槍の勝負から速度勝負に切り替わった2隻のラ・シィルフィー号。下から見たら神が射った光の矢と炎の矢に見えるでしょうね。
(……空だ。……以来だよ……空は……)
余裕ができた意識を何気なく14万ペカトに合わせると、アレフの情感籠った呟きが伝わってきた。
……聖なる空を愛した男の挽歌ってところね……。
(ウフフ。あたしの翼では不満なのかしら?)
(……ふふ。そりゃ失礼した。でも、良くできるな、この速度で?)
思念波は出すより受ける方が難しいのよ。
(アレフが"空神"ならあたしは"魔神"よ。このくらい余裕だわ)
(魔神かよ。小覇王よりおっかねーな。お前、見た目通りかよ?)
(見た目通りですよ。どこかの誰かと違って我が身が可愛いですからね)
(……なにもかもお見通しってかい……)
表と裏の生命工学を学び、魔術医の称号を持つあたしがアレフが『見た目通りの年齢ではない』ことくらい嫌でも看破する。だが、アレフの心情までは看破できない。その身すら灼き殲くす焔などね……。
(どうして偽りの空神になったの?)
(名もない貧乏技法師が聖なる空を飛ぼうと思ったら悪党になるしかない、ってな、そんな下らない理由からだよ)
あたしに責める資格はない。悪党を倒して生きてきたあたしにはね……。
(……それで、満足はしたの?)
(いや、もっと満足したくなった。聖なる空で輝く星が綺麗なんでな)
(ならば輝きましょう。聖なる空の紅き星のために──)
返事がくる前に思念波を断絶。ラ・シィルフィー号を包む魔力壁を操り軌道を剃らした。
「フフ。凄いこと」
背後から紅き星が追いかけてくる。
臨界を超えてさらに加速。幾つもの雲を突き抜ける。
「本当に速いんだから」
噴射を少しだけ緩め、紅き星を照準に捕らえる──が、一瞬で消失。直ぐに反転して降下する。
確認はできなかったが、照準に捕らえられたのは確か。消失したら回避が間違いないだろうて。
限界の飛翔に船体が悲鳴を上げる。だが、噴射を緩めたりはしない。どこまでも高く、どこまでも速く飛翔する。
そんなあたしに呼応し、紅き星も限界を超えて飛翔する。
「そうだ、紅き星よ! あたしを照らす太陽となれ──」
暴走寸前の魔力炉をさらに稼働させ、魔砲に匹敵する魔力を魔進機から噴出させる。
魔術師として勝つ機会はあった。技法師として勝つ手段もあった。でも、それでは意味がない。なんの意味も生まれない。そんなんじゃ生きることにどうでもよくなるあたしに勝てないのよ……。
あたしは、女でもあり男でもある、突然変異の『両性具有体』だ。
普通の両性具有体なら然程問題はなかった。歴史的にも種族的にも多々あることだから。だが、あたしは突然変異中の突然変異体。神話の世界まで遡らないと出てこない『双生体』──つまり、男てして女としてどちらでも子孫を残せる完全生命体であり、その身体能力は通常体より遥かに優れ、寿命も精霊エルフ族にも勝り、その血には生命を進化させる力を秘めているのだ。
……まさに『三大悪』や『権力者』がなによりも欲する存在なのよ……。
それでもあたしは生きた。生きるために努力した。諦めず生きてきた。
なのに、あたしの暮らしは波乱万丈の坂道を転げ落ちて行くばかり。友達も仕事も遠くに離れて行ってしまうのよ……。
『──だから終わるの──』
「──!──」
沈み行く意識を懐かしい声が繋ぎ止めてくれた。
熱くなって行く瞼をカッと開くと、悲しい笑みを見せる"白髪の少女"があたしを見詰めていた。
『──ロリーナの物語は敵に破れて終わりなの──』
「……──ッ!!」
流れる涙を拭き払い、どこかに飲み込まれて行くあたしを殴りつけた。
「物語に窮地はつきもの。ちょっとした山場だ! そんな悲しい顔していたら見過ごすわよ。あなたが愛してくれた『ロリーナ物語』はこれからおもしろくなるんだからねッ!」
意志と魔力と命を全て使い、暴走する魔力炉を押さえつける。
一点に集中していた視界が徐々に広がり、全てを支配した瞬間、聖なる空が現れた。
「……わ、我が翼は光。闇夜を斬り裂く剣なりっ!」
音速のまま右舷に旋回。不可能と思える距離で紅き星の背後に食らいついた。
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