第42話

 どうにか我を取り戻すと、エルラーザも爆炎も消えており、紺碧の海と蒼い空、上下左右の感覚が戻ってきた。


「……シズミル、パルア、大丈夫?」


 呼ぶが返事がない。気絶でもしたかしら?


「ルミアン、操縦をお願い」


「……りょ、了解……」


 魔眼航法で支援船橋とドゥ・シャトゥーを覗いて見る。


 どちらも青い顔をしているが気絶はしてない。これなら時間をおけば回復することでしょうよ。


 二人から式幻に映る計器類を見る。


 船体の六割が真っ赤に染まり、空雷弾と核石弾は空。裂鋼弾は残り一割。魔力炉はまだ平気だが魔石は残り二十を切っていた。


 これまでの修理費に戦費に改造費に停泊費に……あれやこれ。ざっと見積もっただけでも六千万タム以上。とても個人でどうこうできる金額ではない。


 ……どこかに景気の良い悪党っていないかしらね……?


「……お、お姉ちゃん、あれ……」


 ルミアンの脅える声に顔を上げ、目に映る光景にまたも絶句した。


 爆炎に放り込まれたエルラーザが炎を纏ってそこにいた。


 いや、それはそれで表現通りなのだが、的確な表現ではない。


 あれは核石弾による爆炎ではなく、自ら魔炎を纏っているのだ。


 キラン!


 茫然とするあたしに目を覚ませとばかりにエルラーザが槍を突いてきた。


「……フフ。まさか、本当に"暁の鳥"だったとはね……」


 驚きから歓喜に変わり、そして、命の尊さに感動した。


「……うふ。うふふ。ああ、これよ。これこそ命。これこそ人生。生きているとわかる瞬間だわ……」


 ほんと、あたしってダメね。地味に生きたいと思いながら戦いの中でしか生を感じられない。命を燃やす人にどうしても引かれてしまう。ああ、アレフ。あなたの物語が見い! あなたと物語を紡ぎたくてしょうがないわ!


 船橋信号灯を使い、アレフに呼びかけた。


(──これで良いかい?)


 直ぐにアレフが思念波を送ってきてくれた。


(ありがとう、アレフ)


(なに、先程の礼さ。で、なんだい?)


(こちらの魔石は二十程あるけど、そちらは大丈夫?)


(ちょっと待ってくれ──)


 しばし思念波が途切れる。


(──安心しろ。まだ二十五はある)


(……新興勢力のクセに『三大悪』より羽振りが良いじゃないですか。『メサイアル』ってのは国ですか……?)


 エルラーザだけでも軽く億は超えている。にも関わらず3使徒にゴルファを足したら幾らになるのよ。ちょっとやそっとの国でもこんなにはできないわよ!


(さーな。おれたち"末端"に届くのは命令と活動資金だけ。内部事情など知らんよ)


 ……うう。夢なら覚めて。現実なら逃避させて。そんな厄介な組織をあたしの敵にしないでよぉぉっ……!


(まだ聞きたいことはあるかい?)


(……もう良いです。これ以上聞いたらやる気がなくなるわ……)


 と、ラ・シィルフィー号の左右に六騎団が現れる。戦いの激しさを語るような姿で。


(フフ。さすが『三大悪』と戦う小覇王さまだぜ)


 一機に四千万タムも費やして(奪ったお金だけどね)いるのよ。無駄に終わるならとっくに廃棄してるわ。


(ま、それはそれとしてだ。なんとも見事な魔鋼機だな。ロリーナが造ったのか?)


(あたしの最高傑作よ──と、いいたいところだけど、肝心要な魔力炉は狂才製だし、脳みそはそれぞれの持ちもの。唯一自慢できるとしたら軽量化させた体かしらね)


 技術面では人並み以上にあると自負するが、シズミルのような感覚的才能は丸っきりないのよね……。


(そう卑下されたら『メサイアル』製のラ・シィルフィー号を改造したおれの立つ瀬がないだろう。なけなしの誇りがズタズタだぜ)


(か、改造って、どう改造すればあんな動きができるんですかっ! 飛翔戦艦を極めた技導師の船に勝ってるんですよっ!)


(フフ。そこまでいわれたら断れんじゃないか……)


(……アレフ……)


(我は炎、我は闘い、天空を斬り裂く紅き星なり。汝、我を灼き殲くす糧となれ──)


 と、アレフとの思念波が途切れてしまった。


「……うふふ。ありがとう、アレフ……」


〈ロリーナ!〉


 自分の世界に浸っていたあたしを銀騎が無理やり引き出した。


「そんな顔しないの。大丈夫。あたしは負けたりはしない。わくわくして見てなさい」


 兜の奥にある悲しい表に微笑みを送り、魔眼航法に移行した。


 ──さて、やるわよ!


 ドゥ・シャトゥーを固定具を爆破。口を開く第二格納庫から射出させた。


「「お姉ちゃんっ!?」


 何事かとルミアンとネルレイヤーが一斉にあたしを見る。


「あとは銀騎の指示に従いなさい」


 二人が行動を起こす前に船長席を昇降路に飛び込ませた。


 途中、船橋と支援船橋の気密扉を閉鎖。食堂の床に固定されると同時に制御連結する滑走式扉が昇降路を閉じた。


「ルミアン。副長として姉としてしっかり役目を果たしなさい」


 返事の代わりに扉を叩く音が聞こえてきた。


 船橋部が脱出艇となった今では魔眼航法でしか伝達できないのよ。


 溢れてくる感情を押さえつけ、四十四箇所の止め金を爆破。脱出艇を射出した。


 六騎団が脱出艇を安全圏に運ぶまでラ・シィルフィー号の中央制御集積結晶(早い話が脳みそよ)へと意識を潜らせ、魔力炉の抑制式組を解除させる。


 一歩制御を間違えば暴走するが、ラ・シィルフィー号を最大限活かさなければ炎の翼を羽ばたかせるアレフには勝てないだろう。


 全ての準備が整い、炎の翼を羽ばたかせるアレフ──いや、『炎の鳥』へと全ての意識と覚悟を向けた。


「我が翼は光。闇夜を斬り裂く剣なりっ!」

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