第7章

第40話

 吸い込まれそうな蒼い空。どこまでも広がる地平線。冒険心をくすぐる紺碧の海。ゴルファの巣ができる前のセセレアの海があった。


 だが、それも一瞬でしかない。もう直ぐゴルファ以上の強敵が現れ、ゴルファ以上の戦いが繰り広げられるのだから……。


「前方にエルラーザを視認しました!」


 ネルレイヤーの叫びに船望鏡から式幻に切り替え船橋の窓に投影させる。が、あたしの視力は中の下。精霊エルフ族のような特殊な視力はしていない。まだ点でしかないエルラーザの姿を消して船望鏡に戻した。


 エルラーザとフィルシー(雷神)の二隻だけ、か……。


〈風神はともかく水神は修復できなかったようですね〉


 エルリオンが風神でダルナスが水神ね。


「そうでもなければキレてるとこよ」


 風神と水神、そして眷族たち。そのぐらいの被害を与えたからこそエルラーザを賞賛できるのよ。


 徐々に赤と黒が近づいてくる。


 見る限りエルラーザも雷神も完全に修復されている。まあ、中身も修復されてはいるでしょうが、ラ・シィルフィー号対策はなしとは、ね。あちらさんの製作者は余程エルラーザの完成度に自信があるようね……。


「ん?」


 こちらとの距離が一リノを切ったところでエルラーザが右に大きく旋回し、船橋信号灯が瞬いた。


〈話がしたい。了解なら十四万ペカトで同調されたし、だそうです〉


 フフ。なかなかおもしろいペカト(思念波の単位よ)を要求するじゃないの。あたしが魔術師じゃなかったらどうするつもりだったのよ。


 なんて思いながらも左に大きく旋回するように命じ、瞼を閉じて精神を集中する。


(これでよろしいかしら、空神さま)


(できればロリーナには名前で呼んでもらいたいな)


(では、アレフ。なんの用かしら?)


(万全かい?)


(ええ。勝つための用意はしました。そちらはどうなんです?)


(ん、ああ。こちらも勝つ用意はしたよ……)


 歯切れ悪く、覇気がなかった。


(天翔る熱き星よ。孤高の鳥よ。我と語るのはその翼のみ。輝き翔よ。されば我は答えん)


 女神エルラーザが空を求める者に語った一説を贈った。


 アレフは語りかった訳でわけはない。ただ、確認したかったのでしょう。自分の技量に相応しい敵であるかを、ね。


(……フフ。我が翼は焔ほのお。我が身も灼く尽くす焔ほむらなり──)


 その身を灼き尽くす程の歓喜が途切れ、エルラーザから戦闘艇が三艘、飛び出した。


 ええ。喜んで応えましょう。赤き翼を持つ灼熱の星よ。


「セーラ。六騎団発進用意」


「はい。一番扉から六番扉まで開放します」


「銀騎、雷騎、風騎、鋼騎、天騎、蒼騎。脇役は任せた。全騎、出撃!」


 対空戦用に改造した六騎団が1番から順に射出される。


 わかるアレフは雷神と眷族たちを六騎団へと向けた。


「聖なる空の天女たちよ。我が思い、我が自由を求めてしっかり羽ばたきなさい。その小さな翼で、その熱き意志で。──ルミアン!」


「ラ・シィルフィー号、行きますッ!」


 両舷の風進機と魔進機が唸りを上げ、エルラーザに向けて翔け出した。


 一点に集中する視界に荒々しくも勇壮に羽ばたくエルラーザが拡大されて行く。


「先手必勝! パルア、第一核石砲開門!」


「第一核石砲開門!」


「パルアの間合いで撃って良し。ルミアン、セーラ。突っ込めっ!」


「了解です!」


 さらに加速され、体が座席に埋もれて行く。


 やはり一拍遅れて重力結界が働く。ったく、反応悪すぎっ! いったいどんな式組してんだ、あの腐れ外道はッ!


「核石弾、発射!」


 おっと。追及はあと。余所見してたらアレフに失礼だわ。


 船首左舷から光の矢が射られると、エルラーザも光の矢を射ってきた。


 ……相殺するつもりかしら……?


 核石弾で核石弾を撃つ。まあ、外れではないが、それ程当りな対応ではない。いったいなにをと思っていたらエルラーザの核石弾が爆発。視界が、遮られてしまった。


 その爆発でこちらの核石弾も誘爆され、更に視界を奪われてしまった。


「ルミアン、左舷に急速旋回ッ! ネルレイヤーは索敵! 見つけたら攻撃か防御かを指示しなさい!」


 フン! さすが空神じゃないのよ。


「真後ろに発見! 防御です!」


「違う! パルア!」


「──空裂十字砲!」


 風が船尾へと集中。放たれた十字の風刃がエルラーザの放った裂鋼弾の軌道を剃らした。


「いい、ネルレイヤー。飛空船や飛翔戦艦の噴射口には魔力壁は張れないの。いわば弱点なの。ここを狙われたら攻撃して守るか避けるしかない。まあ、裏技で閉じるという手もあるけど、空将くらいにならないと落ちちゃうから今はあるということだけ理解してなさい」


「は、はい!」


 実戦に勝る訓練なし、というわけではないが教えられるときに教えるのがあたし流なもんでね。


 旋回反転を繰り返し、ラ・シィルフィー号がエルラーザ背後を捉えた。


「ルミアン、敵の誘いに乗るんじゃないの。パルア、魔力の矢を四方に撃て敵の攻撃を封じる」


 ラ・シィルフィー号を包む魔力壁から幾十もの魔力の矢が四方に放たれる──が、エルラーザの巧みなこと。魔力壁を解除してかするように回避してしまった。


「下です!」


「空雷弾、発射!」


 間髪を入れず船底の空雷砲が火を噴いた。


「外れ──上です!」


「セーラ、上舷に烈光陣を展開!」


「烈光陣、展開します!」


 その直後、船橋の真上で紅蓮の炎が炸裂。その凶悪な威力に船体が弾かれてしまった。


「ルミアン、姿勢を戻して。パルア、敵を捉えたら追尾式噴進弾を撃て!」


「二時方向に敵! こちらに向かってきます!」


「ルミアン、そのままに最大加速! シズミル、それでも撃てる?」


「大丈夫。敵の魔力波形は記憶させてるから逆に撃っても追いかけるよ」


「ならパルア、四発発射!」


「了解!」


 ったく、重力結界だけじゃなく魔力壁の再構築が遅ずぎる! 傑作なら傑作らしい働きを見せやがれってんだ、こん畜生がッ!


 怒りながらも時間稼ぎに放った噴進弾から送られてくる映像(視界転送機を搭載したのよ)を確認する。


 だが、式幻に投影されているのは二つだけ。二十秒もしないで二発も落とされるとは……まっ、相手は空神。一度見れば充分か。


「パルア、出し惜しみなしよ。空にするつもりで射ちなさい!」


「了解!」


 各種砲門から空雷弾や裂鋼弾が射ち出され、エルラーザに襲いかかる。


 こちらの自棄っぱち的な攻撃に惑うエルラーザ。


「噴進弾、全て放て!」


 船底と船首上部に取り付けた噴進弾筒から一斉に噴進弾が発射され、エルラーザに襲いかかった。


 こちらの虚にまんまと嵌まったエルラーザに二発の噴進弾が命中した。


 これで終わりということはないが、無傷とはいかないでしょう。せめて飛行式組の破壊か距離を取ってくれれ──。


「──う、上からきます!」


「烈光陣!」


 で、防いだにも関わらずなぜかラ・シィルフィー号が錐揉みしながら落下していた。

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