第36話
前方に海賊島が見えてきた。
世に海賊島は数あるが、空賊率が多いのはセセレア海の海賊島だけだろう。
〈これ程の浮遊岩を見るのは初めてだ〉
海賊島を覆うように浮いている岩を見て天騎が感嘆と呟いた。
二百年前、ここには翼人族が住む浮遊島があったが、なんらかね事故で島は砕け散り、落ちることなく浮いているという。
「落とすことも振り払うこともできずに浮かぶこと二百年、か~。そりゃ、悪党の巣になるわな~」
〈ロリーナ。前方でなにか光ってるぞ?〉
奪った空賊船の船首に立つ天騎が報告してきた。
五十メローグ級の飛空船(空賊船)がこの海賊島に入る回廊は2箇所。どちらも監視員がいて普通の港のように運営しているそうだ。
「海賊島に入るための合言葉を求めてるのよ」
捕獲した空賊船を停止させる。
「風騎、雷騎。甲殻兵の配置はできてる?」
〈万全です〉
〈ばっちりお任せよっ!
頷き、船長席の肘あてにある発光灯器釦を叩いて合言葉を送った。
記録と照合して船籍を確認。黙視で船体を確認して入港許可が下りる。と、この空賊船に乗っていたバカどもが教えてくれたわ。
海賊島からまた光が点滅した。
〈なんだって?〉
「第一港は使用不能。第二港に回れってさ。いったいなんなのかしらね?」
〈覚えてないのかよ?〉
「なんのこと?」
〈いや、なんでもないよ。ったく、蒼騎がいないといまいちだな……〉
……なんなのよ、いったい……?
なにやらとんでもない爆発で壊滅した第一港を横目に第二港へと向かった。
天女たちの訓練で犠牲になった船が多いのか、第二港には風速船が六隻に飛空船が四隻しか停泊してなかった。
「不景気ね」
〈ロリーナがいうセリフじゃないな〉
はい。ごもっともです。
水進機の舵を操り桟橋に接舷させた。
「さて。雷騎は好き勝手に暴れなさい。風騎は捕まっている人がいるなら救出。天騎は金目のものをいただいて」
んじゃ、やりますか。
〈よぉ~し! 燃えてきたぁ~!!〉
〈万事お任せあれ〉
そう意気込みながら無法地帯へと飛んで行った。
ったく。あの二人ときたら戦いと人助けくらいにしか役に立たないんだからたまんない。少しは維持費を考えて働いてもらいたいわ……。
〈さて。なにがあるかな?〉
魔剣士でありながらちゃんと生活をわかってくれる天騎ちゃん。あんただけが頼りだよ。
船長席から立ち上がり、甲殻兵をあたしへと変幻させる。
──そうだ。銀騎。エルリオンって今どの辺?
〈第17浮標を通過しましたから、あと半分という距離です〉
ちょうど良い頃合いね。じゃあ、天女たちの面倒をよろしく。
思念波を切り、船橋から出て繁華街へと向かう。
第二港付近は倉庫街──というよりは、羽振りの良い空賊の住みからしく、余り人通りはない。まあ、敢えて見るなら見張りをしている下っぱくらいかしらね。
静かな住宅街(?)を散歩するぐらいの速度で通り抜け、この海賊島の大通りへと出た。
港と同じく繁盛している様子はなく、朝方くらいの人通りしかなかった。
「……不景気ね……」
まあ、あたしがいうセリフじゃないんだけど、資金調達できるくらいには繁盛してて欲しかったわ。
滅入る気持ちを振り払い、不景気にも関わらず唯一繁盛している最高級娼婦館──『深紅館』を見上げた。
紅の海賊女王と異名を馳せたシャルラが引退して始めたという、趣味の結晶だ。
洒落た玄関へと歩むと、柱の陰から男装したお姉様らが現れ壁と化した。
「あら、あたしでは入れないかしら?」
「とんでもございません。ロリーナさまを閉ざす扉はございません」
さすが深紅館の護衛兵だこと。しっかり教育されてるじゃないの。
この玄関の責任者らしい男装のお姉様が一礼すると、残りのお姉様が左右へとわかれ、道を作った。
臆することなくお姉様方の前を歩み、扉をくぐり中に入る。
豪奢な広間には執事風の老紳士が待ち構えており、あたしの目的を知っているかのように待合室兼社交室へと案内してくれた。
しかしなんだ。立派なのも趣味が良いのも認めるが、なぜに荒くれ者が集う地ばかりに建てるかね? いくら趣味でも維持するの大変でしょうに。なにか秘訣があるなら教えて欲しいものだわ……。
貧富の差に嘆いていると、窓際でこちらを見る一団に気がついた。
根っからの空の男というのだろうか、花園でも防護服で寛いでいるよ。
「お飲み物をお持ちいたしましょうか?」
「いらないわ」
短く答え、長椅子に寝そべる渋い男──アレフ・レットへと歩み寄った。
「ユーナル」
「どうぞ」
アレフ・レットの前にいたユーナル──副長さんが譲ってくれた席に座った。
「作家は作家でも幻想作家だったのかい?」
さすが空神さま。一発で見抜いちゃったか。
「いいえ。本のほうの作家が本職ですよ」
「フフ。覇王ミーコの再来にしては地味な職業だな」
空神さまの言葉に肩を竦めた。
あたしとしては地味に生きたいのに周りがそうさせてくれないのよね……。
「そちらは派手に生きてますこと。一日三百タムもふんだくる深紅館で暮らすなんて……」
まあ、こんな楽園で暮らしていたらあたしの名など出てこないか。ここの寝床姫さまたちときたら客を退屈させないよう、ありとあらゆる教育を施されているからね。
「男の悲しい性でな、覚えたら抜け出せないんだよ」
「船長」
「おっと、そうだった。お嬢ちゃんを待たせたら酷ってもんだな。ウーダリ」
「あいよ」
少し離れた席でお酒を楽しんでいた細目のお兄さんが立ち上がり、待合室兼社交室を出て行った。
「お礼を申し上げた方がよろしいかしら?」
「別に良いよ。あんなおっかないもの使われたらここにいられないからな」
おや。そんなことまで見抜かれちゃってましたか。ほんと、さすがです。
「いろいろ聞きたいが、まずこれだけは教えてくれ。あんたの船、なんて名だい?」
「ラ・シィルフィー号です。そちらは?」
「奇遇だな。おれの船もラ・シィルフィー号っていうんだよ」
その名を聞いたとたん、思わず笑ってしまった。
ラ・シィルフィー号、ゴルファ、空神。これだけ聞かされたらもう笑うしかないじゃないの。まんまと『四大悪』の敵にさせられちゃったんだからさ……。
「……なんて名前です……?」
笑いをなんとか収め、空神に尋ねる。
「船長!」
答えそうになる空神を副長さんがたしなめた。
「ふん。いつかは耳に入るんだ、今教えたところで問題はないさ」
「ですが……」
「気にするな。『メサイアル』の名を洩らしてる暇があるなら勝つ準備をしてるよ、この小覇王さまは」
ウフフ。話が早い空神さまで助かるわ~。
「暁に輝く星は一条のみ、ですからね」
「ああ。二つはいらない」
腐れの思惑に嵌まる訳ではない。良い男だろうと関係ない。あたしの邪魔をするなら排除する。生きるか死ぬかの人生に敗けは許されない。これはあたしの人生。あたしが望んであたしが戦うのだ。
「お姉さまっ!」
セルレインの悲鳴と同時に意識が揺らいだ。
意識を高め、腰に抱きつくセルレインの頭を優しく撫でてあげた。
〈もうちょっとかかると思ったけど、さすがロリーナ。非常識ね〉
白銀の髪を靡かせながら美少女がこちらへと近づいてきた。
魔術師たる蒼騎──いや、エレーネなら甲殻兵に幻を纏わせるのも難しくはないが、若作りにも程があるだろうが。見てるこっちが恥ずかしいよっ!!
「……大丈夫よ。セルレインは大丈夫?」
「……うん……」
泣きながらも小さく頷いた。
「フフ。彼の小覇王さまがこんなにも愛情深いとはな」
「秘密ですよ」
クスっと笑って見せた。
「……訂正する。お前さ──」
と、爆音と震動に空神さまの言葉が遮られた。
核石弾を満載したエルリオンが海賊島を空爆してるんです。
にしてもシャルラの店はどこでも頑丈にできてるわね。核石弾すら防いでいるよ……。
「──止めておけ。殺されるぞ」
あたしと目と目を合わせながら襲いかかろうとした仲間をたしなめた。
「小覇王ロリーナ。名に恥じないな、まったく」
「修理費を出してくれる人がいないものですからね、しょうがなくですよ」
「ああ。個人は大変だからな」
「経験者は語る、ですか?」
そうだよとばかりに片目を瞑って見せた。
「こちらは十日もあれば間に合いますが、そちらはどうです?」
報告は受けてないけど、それでなんとかして見せるわ。
「それで良いよ。で、場所は?」
「ゴルファの巣があった場所で」
「了解。じゃあ、十日後。陽の出とともに再会しようや」
空の男たちに微笑みを贈り、紅蓮の炎に包まれる街へと踏み出した。
では、諸君。速やかに撤退せよ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます