第6章

第35話

 見るも無惨なラ・シィルフィー号が人工灯に照らされていた。


 五十ログ烈鋼弾により船体は穴だらけ。特に頑丈にした両舷の風進機の装甲など完全に貫かれている。制御翼や第一格納庫も酷い。ダルナスやフィルシーが入ってたらと思うと胃が痛くなってしょうがないわ。


「……あたしの負けね……」


 ああまでされると悔しさも湧いてこない。もう賞賛したいくらいだわ。


「……お姉ちゃん」


 肌着姿で佇んでいると、シズミルが現れ声をかけてきた。でも、あたしは振り向いたりはせず、見るも無惨なラ・シィルフィー号を見詰めていた。


「起きたりして大丈夫なの?」


「二日も寝れば充分よ」


 精神も肉体も復活した今なら街一つ簡単に壊滅させられるわ。


「そういえばまだお礼をいってなかったわね。ありがとう、助けてくれて。シズミルがきてくれなかったらラ・シィルフィー号と一緒に沈んでいたわ」


 振り返り、シズミルに頭を下げた。


「お、お礼なんて良いよ! あたしは"魔進機"かどうか確かめたかっただけだからさ!」


 ……なぜに魔進機が出てくるの? しっかり封印してたのに……。


「お姉ちゃん、あたしの記憶を封じたつもりでしょうけど、うちの地下倉庫には風進機や魔進機の模型がいっぱいあるし、なによりパルアを忘れてるよ」


 うぐっ。あたしとしたことがとんでもないマヌケをしてしまった。


 魔進機の本場で育っていれば一般人より知識があって当然。しかも、飛行艇を熟知しているパルアだもん、魔進機と風進機の違いくらいわかって当然じゃないの。


 ……もう帰らないと魔進機の噴射口を解除したのが不味かったのね……。


 可愛い睨みにたじろいていると、どこからともなく魔力炉の稼働音が響いてきた。


 その音の方向に目を向けると、魔鋼機と飛行艇を合体させたモノが荷物をぶら下げて現れた。


「…………」


 全高七メローグ。なにかをつかんだり殴ったりできる腕に二足歩行な可能な脚があり、姿勢制御用の風進機に烈鋼砲や空雷弾を搭載していた。


 あのときと同じか確信がないが、下半身はあのときシズミルが乗っていたものと同じだ。


〈シズミル。これ、どこに運ぶんだ?〉


 パルアのくぐもった声が発せられた。


「第六倉庫に入れて。まだ残ってる?」


〈これで最後だよ〉


 いうと空中を滑るように奥へと消えて行った。


「いろいろ聞きたいけど、まずここがどこか教えてくれる?」


「おとうさんとおかあさんの実験島だよ。今はあたしたちの秘密基地なんだ」


 なるほど、良く見れば造りが頑丈にできてるわ。悪夢前提の造りってのが気になるところだけどさ……。


「それで、あの魔鋼機と飛行艇を合体させたモノはシズミルが造ったの?」


「うん。でも、発想はパルアなんだ。人工知能が造れないのなら人が乗って操れば良いんじゃないかって。いろいろやってるうちにああなっちゃってね、なんだかんだで『魔法飛艇機人』──魔艇機に仕上げたの」


 なるほどね。発想の転換ね。固定観念を突き進んだあたしには絶対に出ない発想だわ。


「……まったく、ローダー家ってのは狂才ばかり生まれてくるのかしらね……」


 祖父は魔鋼機。両親は魔進機。孫は変形合体する魔艇機かよ。恐ろしい限りだわ。


「……まったく、ローダー家ってのは狂才ばかり生まれてくるのかしらね……」


 祖父は魔鋼機。両親は魔進機。孫は変形合体する魔艇機かよ。恐ろしい限りだわ。


「やっぱり追尾する空雷弾もシズミルが?」


「『噴射弾』の基礎理論はおかあさんで、追尾装置はあたしが造ったんだ」


 可愛い微笑みにため息が漏れてしまった。これだけ見せられたら認めるしかないか……。


「鋼騎でしょう、妙な知恵を吹き込んだのは?」


 この好奇心や探求心をくすぐるなんてそっくりだわ。


〈人聞きが悪いな。オレは強制してないぜ〉


 狭いところでも修理してたのか、工作型の甲殻鎧に脳を移して現れた。


「ったく。将来有望な少女を外道の道に誘い込みやがって」


〈シズミルが望んだ道なんだ、外道の道だろうが聖者の道だろうがどっちでも良いだろう〉


 良くないから突き放してんでしょうがっ!


〈それにシズミルの発想はおれたちにないものばかりだ。学ぶことは多いと思うぜ〉


「…………」


 反論できないあたしはシズミルへと視線を戻した。


「パルアはなんていってるの?」


「お姉ちゃんと一緒にいれば強くなれそうだから着いて行くって」


〈ハハ! 良くわかってるお嬢ちゃんだ。ああ、ロリーナといたら嫌でも強くなれるぜ!〉


「下がれ、バカ者がっ!」


 鋼騎を蹴り飛ばして追い払った。


 まったく、毒の抜けない野郎なんだから!


 ラ・シィルフィー号の中へと消えて行くバカにため息を吐き、シズミルへと振り返った。


 幼いながらも覚悟を決めた顔を見せていた。


「……あたしといると戦いしかないのよ……」


「これまでだって戦いだったもん!」


 覚悟揺るがず、か……。


 右耳に着けていた飾りを外し、シズミルの耳たぶに着けてあげる。


「もし、死を選びたくなったら『エイト』と強く念じなさい。シズミルを追い詰めたヤツくらい道連れにできるから。それと、これをパルアに渡して。同じく『エイト』と強く念じば自爆できるから」


 左耳の飾りを外して渡した。


「じゃあ、良いのねっ?! あたしを乗せてくれるんだねっ! やったー!」


「シズミル!」


 はしゃぐシズミルを一喝して黙らす。


「あたしの助手兼ラ・シィルフィー号の技師を命じる。修理と補給。そして、噴射弾を搭載できるように改造しなさい。場所や方法はシズミルに任せる!」


「了解です、船長!」


 ピシっと帝国軍流の敬礼を決め、ラ・シィルフィー号に駆け込んで行った。


 人世、なにが起こるかわからないというけど、まさか一億タムの賞金首が保護者になるとは夢にも思わなかったわ……。


〈ロリーナ。雷騎と風騎から連絡がきました〉


 銀騎からの思念波が届き、戦橋へと上がる。


「エレーネたちはどうだって?」


〈待遇がよろしいようで"深紅館"にいるそうです。どうぞ


 魔力送信機を取りつけた船長席へと座り、式幻を起動させる。


「ふふう。気前の良い敵で助かるわ」


〈……もの好きも大概にしてきださいよ……〉


「努力はしてみるわ」


 精神を集中。生き残った浮標を中継して雷騎と風騎がいる場所へと意識を飛ばした。

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