第33話

 生々しい感覚が体中に生まれ、狂ったように鼓動が跳ね回った。


〈……ロリーナ……〉


「……だ、大丈夫よ……」


 こんなもんで泣き言なんて吐いてたら幻想記作家など勤まらないわ。


「……し、白いのは……?」


〈ファルシスの自爆で爆沈しました。各飛翔戦艦から出た戦闘艇は全滅。生存する海騎隊二機と空騎隊一機で黒い飛翔戦艦と戦闘中。雷騎と風騎は青い飛翔戦艦と戦闘中です〉


「まったく、最近負けっぱなしね」


 ……小覇王の異名が泣くわ……。


〈双頭邪竜の遺伝子を組み込んだ魔竜を倒し、白い飛翔戦艦を爆沈。帝国軍にも負けない戦闘艇を……〉


 突然、沈黙する銀騎ちゃん。なんなのよいったい?


〈白に青に黒。なにかを象徴していませんか?〉


 映像盤に二隻の飛翔戦艦を投影させる。


 風進機の性能といい兵装といい帝国軍にも負けてない。なによりその腕は、敵ながら見事としかいいようがないわ。


〈違います! 白はエルリオン。青はダルナス。黒はフィルシー。これでもわかりませんかっ!〉


 理解すると同時に全身から血の気が引いた。


「──全騎、速やかに離脱! ルミアン! 第二魔力炉も始動! セーラは各浮標の観測。ネルレイヤーは全方位を監視。なにか見えたら報告しなさい!」


 がぁーっ! あたしの大馬鹿者がァッ! こんな初歩の初歩を忘れるなんて幻想記作家失格よッ!


〈ロリーナ、いったいなんなんだ?〉


 ドンガメにいる鋼騎から思念波がとどく。


「良いから離脱しなさい! それと、エレーネとセルをダルナスに。シルビートさんをフィルシーに。天騎は護衛して。雷騎と風騎は二艘の援護。鋼騎は万が一に備えなさい!」


「お姉ちゃん! 黒いのと青いのが雷騎と風騎の相手に回ったよ!」


「お姉さま! ゴルファの巣に近い第六浮標が海面から筒状のものが出てくるのを捉えました。数は四つ。ドンガメに向かってます!」


「ラ・シィルフィー号いつでも発進可能だよ!」


「船首を戦闘領域に向けて待機してなさい。銀騎、二十から三十までの浮標に攻撃指令を出して。鋼騎たちが逃げるまでの盾にするわ」


〈二十から三十までの浮標に攻撃指令発動。でも、良いんですか? 転影されませんよ〉


「そんなことどうでも良いわ。あたしの勘が正──」


「──そんなっ!?」


 ネルレイヤーの叫びに勘が現実になったことを理解した。


「チッ。迷彩解除!」


〈了解。迷彩解除します〉


 戦闘領域から遠く離れた場所にラ・シィルフィー号が忽然と現れる。


「第一、第二魔力炉異常なし。気密漏れなし。重力制御値正常。その他諸々全て良し。ラ・シィルフィー号、戦闘領域に向けて発進ッ!」


「ラ・シィルフィー号、発進します!」


 両舷の風進機が唸りを上げ、船体が加速される。それに同調して船橋の重力結界も発動された。


〈二十七、二十八浮標からの信号途絶。どうやら見えているようですね〉


 ちゃんと幻を纏わせたのに破壊されるとは。なかなか良い"眼"を持つ監視員がいるじゃないのよ。


「黒いのがこちらに気がつきました!」


「ルミアン。今までの空賊とは一味も二味も違うわよ。全神経を注ぎなさい」


「はいっ!」


 戦闘を天女たちに任せ、浮標が見ている景色を映像盤に映す──が、生きているのは四つだけ。いや、三つになってしまった。


 ったく。空雷弾六発に煙幕弾を搭載させたのに、まったく役に立ってないじゃないのよ!


 ──鋼騎、まだ生きてる?


〈なんとかな〉


 直ぐに思念波が届く。ちゃんと脱出はできたようね。


 敵の姿は見れた?


〈ああ。しっかり見たよ。真っ赤な"ラ・シィルフィー号"を、な〉


 あ、あの腐れがッ! あたしをコレに乗せてココに送った真の目的はコレだったのかよっ!! なんでもかんでも敵にすんじゃねーよッ!


 頭に昇りかけた血を無理やり押さえつけ、目の前の敵に集中する。


〈浮標全滅。騎隊も撃墜されました〉


 鋼騎、全力で逃げなさいよ!


「銀騎。あっちは任せる。ルミアン、操縦もらうわよ!」


 黒い飛翔戦艦との交差した瞬間にルミアンと敵の力量差を理解して即座に操縦を奪い取った。


 すぐに魔眼航法に移行し、急速旋回する。


「お姉ちゃん、赤いラ・シィルフィー号がきます。距離、約四リノ」


〈ロリーナ〉


 わかってるわよ。二隻相手は無謀だってね。


 にしても黒いのにまったく当たらない。当たらないどころか背後につけれない。なんとかつけても空雷弾も裂鋼弾も掠りもしないわ……。


〈ロリーナ、もう限界です〉


 銀騎の冷静な告知になぜ当たらないかを理解した。


 魔眼航法は両刃の剣。船を自在に操れるが、その精神力の消耗率は狂気の域だ。魔術師で幻想記作家のあたしでも一時間が限界(まあ、それでも脅威の域なんだけどね)。それ以上やれば廃人決定だわ。


 ただでさえ擬似体の遠隔操作に二度の意識断絶をしている。そんな状況で魔眼航法を使用するあたしがバカなのだ。


〈ルミアン。操縦を渡します。逃げなさい〉


「りょ、了解です」


 ラ・シィルフィー号に吸い込まれていた意識が逆流し、座席に座るあたしに意識が戻った。が、肉体と精神がうまく繋がらない。その影響で目眩やら吐き気、鼓動が暴れ回っている。


 懐からお酒が入った水筒を取り出し、気付け薬の代わりに飲み干した。


 ……畜生が。最高の回復薬も全然役に立ってくれないわ……。


「あ、あの、銀騎さん。シルビートさんやセルレインがまだ……」


〈逃げるまでの盾にします〉


「そ、そんな、見捨てるんですか!?」


「見殺しなをて酷すぎます!」


「黙りなさい、二人とも!」


 騒ぐネルレイヤーとセーラをルミアンが一喝した。


「これがあたしたちが選んだ道なのよ! 今更殺すのも殺されるのも嫌なら船を降りなさい! 生きようとする者の道を塞ぐなっ!」


 いつにないルミアンの激高に二人が沈黙する。


 朗らかで可愛らしいルミアンだが、その芯はマグナに匹敵する。最悪に陥っても揺るがない精神力があるからこそ、あたしは生きる術を教えたのよ。


「大丈夫。あたしたちが生きていれば助けられるよ。諦めず、生きる努力をしよう……」


 霞む視界でネルレイヤーとセーラが恥じていた。


 誰よりも生きる辛さを知っている。死ぬ怖さを知っている。それでも生きる道を選んだのだ、泣き言がなにも生み出さないことを身に染みてわかってるのだ……。

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