第5章

第29話

 天の明星エルラーザが輝くとき、対空戦に特化させたラ・シィルフィー号が"あたし"を乗せて発進する。


 続いて支援機材を載せたドンカメも発進した。


 そんな勇姿を防護服を着た"あたし"は二隻が見えなくなるまで見送った。


「さすが売れっ子幻想作家です。わたしにも区別がつきませんよ」


 振り向くそこに、グレントおじさまが感心していた。


 ……そーね。この人も公国の魔導師。あの腐れと同じ聖ルベージュ学院を卒業した人だったわね……。


「なんの用ですか?」


「見送りも依頼者の責任です。あ、エルドラ産の葡萄酒です。どうぞ」


「お小遣いより景気が良いですこと」


 差し出された葡萄酒(ざっと百タムはするわね)を受け取った。


 ったく。消耗品に進水式もないでしょうに。


「ま、勝利の前祝いということで」


「んじゃ蒼騎、やっといて」


 後ろにいる蒼騎に放り投げた。


〈はいはい〉


「……そんな簡単に済ませないでくださいよ……」


 良いのよ簡単で。エルフィー号の運命は決まってるんだからね。


 明星エルラーザを背にエルフィー号へと向かう。


「なかなか勇ましい船になりましたな。四十年も空を飛んでいたとは思いませんよ」


 新しくなったエルフィー号を見て感嘆するグレントおじさま。ほんと、自分でも良くやったと思うわ……。


 以前捕獲した空賊船の魔力炉を載せ、腐れ外道の式組(魔力運用式組だけね。他を入れたら怖いもん)を転写。翔べば良いと装甲を極力削り、腐食していた竜骨を補強。数えるのが嫌になるくらいの部品の交換等々を八日間でやったんだから奇蹟だわ。


「作戦はいかに?」


「ドロシー・ライザードの『聖なる空の天女たち・聖海の死闘』をご覧くださいな」


 これは幻想作家の習性であり、生きるための資金稼ぎでもある。転んでもタダでは起きんぞ!


「なるべく穏便にお願いしますよ。セレイアとの航路は漁獲域でもあるんですから」


「微力は尽くします。天騎、蒼騎、エルフィー号に乗船」


 船橋に固定されているファルシス(操縦席)へと身を沈めた。


「船首、接続は良い?」


〈ああ、良いよ〉


 エルフィー号の攻撃を担当する天騎が答える。


「船尾、接続は良い?」


〈よろしくてよ〉


 エルフィー号の防御を担当する蒼騎が答える。


 座席の四点式固定帯を着け、魔力炉始動の水晶盤に船長認識の魔力を注ぎ込んだ。


 趣味に走ったラ・シィルフィー号とは違い、一昔前の飛空船の始動の仕方は魔力認識で動き出すのだ。ちなみにラ・シィルフィー号は魔力認識と音声認識の二通りあります。


「さて。隠れているお嬢さん。発進するんで降りてもらえませんか」


 ゴン! と、鈍い音が響き渡った。大丈夫ら?


 痛みが引くくらいの時間が過ぎ、自前の防護服を着たシズミルが非常用具が収まった棚の裏から出てきた。


 ……この子の執念と努力には頭が下がるわ、ほんと……。


「降りなさい」


 いいたいことめやりたいこともわかるから先に制した。


「お願いお姉ちゃん! あたしを乗せて! 海獣退治に参加させて!」


「ダメです」


「そんな! あたし、なんでもするから! 邪魔にならないようにするから! 船に乗せてよ! 星船型の戦い方を学ばせてよ!」


「シズミル。あなたには才能があるの。最高の技導師になれるくらいの才能がね。そんなあなたが裏で生きるあたしから学んじゃダメ。陽の当たる世界で学びなさい」


「でもあたし、早くお父さんやお母さんの汚名を晴らしたいんだもん!」


「あたしが教えられるのは生き残る術だけ。なに一つシズミルの夢を叶えてあげることはできないわ。それに、あたしに味方することは『三大悪』を敵にすること。夢を叶えたいのなら割り切った関係でいなさい」


 あたしの弱点にならないのなら『三大悪』は手出しはしない。なんたって、『味方を囮にして潰す作戦』を何度もやっちゃったからね。


「……ね、狙われたって良い! 一日でも早く一人前になれるのなら構わない!」


 一途なゆえにその言葉の重みに気がつかない。


「それは、パルアも巻き込むということ。パルアの夢を潰すことでもあるのよ」


 やっと気がついて沈黙するシズミル。


「あたしが生きる世界は、邪魔なら親でも友達でも切り捨てるってところなの。そんな世界に安息はない。毎日が苦難と苦闘の繰り返し。夢を持つ者が気軽に入って良い世界ではないし、入って欲しくもない。もし、それでも入りたいというのなら全てを捨てなさい。覚悟しなさい。挫けぬ意志を持ちなさい。それができないのなら、今のままでいなさい……」


〈ロリーナ。時間だぞ〉


 天に輝いていた明星エルラーザが消え、島合いから生命を育む光が現れた。


「……ごめんなさい……」


 朝日に涙を光らせながら船橋を出て行った。


〈二年前のルミアンを思い出しますね〉


 朝日に照らされたセセレアの海の景色と一緒に銀騎の思念波が届いた。


 これが片付いたら旅立ちましょう。


〈どこに行きます?〉


 どこでも良いわ。ここでなければ……。


〈では、山の方に行きますか〉


 そうね。深緑の中で心を癒すのも良いかもね。


「まあ、これを成功させたらね」


 近い未来の人生設計を振り払い、魔眼航法へと移行。船内の最終点検を行う。


「全項目異常なし。天騎?」


〈異常なしだ〉


「蒼騎?」


〈こちらも異常なしよ〉


「良し。では諸君。これより『海獣殲滅作戦』を開始します。エルフィー号、発進!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る