第28話

「海獣を退治します」


 ラ・シィルフィー号の天女たちにそう宣言してから準備と訓練を開始した。


 物資が届くまで、あたしに鋼騎にシズミルでラ・シィルフィー号の修理や補給に集中し、船橋組のルミアンにセーラにネルレイヤーは、銀騎の指導のもと計器類の意味や使用方法のお勉強。残るセルレインはパルアから飛行艇の操縦方法を学んでいる。


 そんな慌ただし二日が過ぎると、何でも屋から注文の品が届き、銀騎と船橋組で中身を開封して整理をさせた。


 その間に鋼騎とシズミルを伴い、セセレアの秘密軍港に出向き、旧型の飛翔戦艦一隻に突入艇を一艘、その他諸々の資材を受け取った。


 旧型飛翔戦艦をエルフィー(神語で天女を意味する)、突入艇をファルシス(エルフ語で幻を意味する)と命名した、対海獣用の兵器が完成した。


「……こんなに働いたの、六騎団設立以来だわ……」


 ラ・シィルフィー号の自分の部屋に戻り不眠不休で七日間着続けた工作型甲殻鎧を解いた。


 このままベッドに倒れ込みたいが、まだまだやることは残っているし、お腹が空いた。なによりお風呂に入りたい。


 霞む意識に喝を入れ、裸のまま甲殻法衣を持って風呂場へと向かった。


〈無用心ですよ、ロリーナ〉


 第一格納庫から続く中央通路(憎たらしいことに六騎団使用になってるのよね)から銀騎がやってきた。


「今なら死んでも良いわ。それより食事の用意と報告をお願い」


 そう指示して風呂場へと入り、湯気立つ湯船へと飛び込んだ。


 あ~~。お風呂の文化がある国に生まれて良かったわ~~。


 身も心も溶けて行きそう……なところを銀騎(が操る甲殻兵)に助けられた。


〈湯船に入る前に体を洗いなさい。ロリーナの悪いクセですよ〉


 お前はあたしの母親かと、突っ込みたいが、まあ、あたしと違って女成分(?)が濃い銀騎ちゃん。色々細かいのよね。


「はいはい。んで、訓練はどうなの?」


 銀騎(が操る甲殻兵)に体を洗ってもらいながら報告を催促する。


〈ルミアンの操船技術はかなり上達しましたが、計器類への注意力は変わらずです〉


 まあ、あの子は直感型だから。


〈その分、セーラは警戒力、船体への注意力は良くなりました。やはり精霊エルフだけあって風読みや視力、感性は鋭いですね〉


 監視役にはもってこいか。ならその方向で伸ばしていきますか。


〈ネルレイヤーは、射撃力は上手くなりましたが、他は駄目ですね〉


 まあ、十年乗って半人前の世界だもんね。一つでも伸びたら儲けもか。


〈セルレインですが、やはり船橋員には不向きなので戦闘員に仕上げます〉


 しょうがないか。野生児だったもんね。


〈とはいえ、三使徒の操縦はシルビートさんより上手く扱ってましたが〉


 元々魔力ありきで造られた乗り物だしね、あの人には戦闘で役に立ってもらいましょう。


 銀騎(が操る甲殻兵)に隅々まで洗われ、湯船へと入れられた。


 またも身も心も溶けて行く前に湯船から出され、隅々まで体を拭かれ、甲殻法衣を着せられた。楽だわ~。


 ……今度、家事全般ができる甲殻兵を作ろうかしら……?


 なんて考えてたら食堂へと運ばれた。


 銀騎がなにかいってるが、今のあたしはお腹を満たすので精一杯。それまで待ってちょうだいな。


 黙々と目の前の料理を口の中に詰め込み、最後にライ酒で押し流した。


〈……鋼騎の作業は順調に進んでます。シズミルたちは寝かせました〉


「そっ。なら魔鋼機を組み立てますか」


 席から立ち上がり、外に向かう。


 ラ・シィルフィー号から出ると、今が夜だということに気がついた。


 見上げればキラキラ輝く星空が広がっていた。


 こんな日は、潮風に吹かれながら星見酒と洒落込みたいんだけどなぁ~。


「おや、船長。まだお仕事?」


 どこからともなくシルビートさんが現れた。両手に酒瓶を持ってね……。


「ええ。そちらは星見酒ですか?」


 ……まったく、どんだけ酒好きなんだ、この女は……?


「船長もいかが?」


〈そうしたらどうです。なにも期限をつけられた訳でもないですし、船員教育も不充分なのですから〉


 本業が遠ざかって行くのが脳裏に浮かぶが、これってない誘惑にこくんと頷いてしまった。


 そのままシルビート(お酒)に連れられて桟橋へとやってきた。


 杯に注がれた冷たい葡萄酒を一気に飲み干した。


「くぅ~っ! 旨いっ!」


 なんてオヤジみたいなことを叫んでしまった。


「もう一杯」


 お言葉に甘えて杯を出す。溢れそうな杯をそっと口につけ、また一気に飲み干した。


「疲れが溜まっているようね」


「実質三人でやってますからね」


「それがいかに異常かを理解できるだけにご苦労さまとしかいえないわね」


 そういえばルミナス王国でも飛翔戦艦を導入してたっけ。


「ルミナスでは何人で動いてるんですか?」


 酒瓶が差し出され、遠慮なく杯を出す。


 たっぷり注がれた葡萄酒を今度はゆっくりと味わいながら飲み干した。


「一隻に一人の技法師に八人の整備士がついてたわ」


 さすが強国。充実した運営をしてらっしゃる。人材不足で資金不足のラ・シィルフィー号には羨ましい限りだわ……。


「それで、出撃はいつになりそう?」


「魔鋼機の組み立てに残り二日。ラ・シィルフィー号の艤装に一日。作戦説明に仮想訓練で三日。体調回復に一日。まあ、順調に行けば、ですけど」


 銀騎、なんかツマミない? あとお酒追加ね。


〈そういわれると思って用意してましたよ〉


 いつの間にか銀騎(が操る甲殻兵)が現れ、焼きイカや串焼きが盛られた大皿を桟橋に置いた。


 さすが銀騎ちゃん。お嫁さんに欲しいわ~。


「星が綺麗ね」


 情感の籠った声に視線を向けると、天空の星空を眺めながら心をどこか遠くへと飛ばしていた。


 人生色々。人に歴史あり、ってか。あたしには出せない味だわ……。


「……ええ。いつ見ても星は綺麗ですね……」


「ふふ。それはね、船長の心が綺麗だからよ」


 意識を戻すと、いつもの妖艶な笑みを浮かべていた。


「さすが元聖騎士。良いこといいますね」


「いいえ。これは姫さまがいったのよ……」


 自嘲気味に笑った。たぶん、そう奇蹟の姫からいわれたんでしょうね。


「奇蹟の姫って確か十五、六でしたよね? 良く人生の縮図を語れますね」


「人だからこそ人を知るのよ、あの方は」


「……人だからこそ人を知る、ですか……」


 ほんと、どんだけ濃い人生送ってるのかしらね?


「五ヶ月前、姫さまがエルフ族を導いた戦いがあったのを知っているかしら?」


「いいえ。初耳です」


 建国前にそんなことがあったのか。暇ができたら調べなくちゃ。


「エルフ族を聖地に導いた『グラバース島攻防戦』で、あの方が戦う姿を見たわ。そこには世間でいう奇蹟はなかった。何百というエルフの死体があった。傷心したエルフがいた。もっと力があれば、もっと戦う力があれば助けられたと泣く姫さまになにが奇蹟の姫だと思ったわ。奇蹟の姫なら奇蹟を起こせと叫ぶ者もいたわ。けれど、あの方は挫けなかった。涙を拭き、武器を取り、誰よりも戦場を駆け、誰よりも戦った。ただ、エルフ族の少年の願いを叶えるために前を向いていたわ……」


 なるほどね。奇蹟の姫が奇蹟と呼ばれる所以はそれだったのね。そりゃ確かに奇蹟と呼ばれるわ……。


「戦いに勝利して、数百ものエルフ族をマレナ山脈に導いたとき、少年がいったわ。『なんて綺麗な森なんだろう』って。そのときの姫さまの笑顔、わたしは決して忘れないでしたよね……」


 そういって星空へと目を向けた。


 あたしも星空へと目を向けた。


「星が綺麗ですね」


「ええ。とっても綺麗だわ」


 聖なる空から星が消えるまで、あたしたちはお酒を酌み交わした。

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