第25話
「なるほど。そーゆーわけね」
白馬亭に入ってきた青年貴族を見て、なぜあたしがここに飛ばされたのかを悟った。ついでに腐れがいった代理者も、ね……。
「お姉さま?」
「なんだい突然?」
同行したセルレイン(荷物持ち)とパルア(道案内)が不思議そうにあたしを見る。
「気にしないで食べてなさい」
(──蒼騎。天騎。いる?)
〈どうしたの?〉
〈なんだい?〉
どちらからの思念波が届く。ってことは過去の遺恨じゃないわね。
(いつでも逃げられるようにしておいてちょうだい。それと、銀騎に連絡。いつでもラ・シィルフィー号を発進できるように伝えて)
〈あいよ〉
いつものことだから蒼騎も天騎も追求はしてこない。素早く逃げる準備を整えることでしょうよ。
「お嬢さま方、相席よろしいでしょうか?」
「どうぞ。セセレア公国の魔導師さま。それともグレントおじさまとお呼びした方がよろしいかしら?」
青年貴族は、ヤレヤレと肩を竦め、纏う幻を解いた。
「やはり本職には敵いませんな」
幻を見せる商売をしている者に幻が通用してたまるか。
「あ、宝石酒を1つもらえるかね」
ちょうど通りかかった給仕さんに注文する精悍な老魔導師。昼間っから高級酒とは良い身分だな、おい!
「それで、お小遣いて部品は?」
席に着くより早く用件をいう。
「ふふ。単刀直入は二年前と変わりませんな」
「お小遣いと部品」
軽口に構わず要求する。
老魔導師が苦笑し、懐から……金貨一枚と銀珠を十個、卓へと置いた。
「なにかの冗談ですか?」
「ゲオルが冗談をいいますかな?」
……冗談であって欲しいことは何度もあるけどね……。
もう良い。あんな腐れの言葉を信じたあたしがバカ。船の維持くらい『三大悪』でも襲って稼いでやるわよッ!
「ときにロリーナ。海獣の話は聞いてますかな?」
「まったく知りませんし、これっぽっちも興味がありません!」
「……実は、セセレアとセレイアとの航路上に正体不明の海獣が現れましてな……」
さすが腐れの親友だけはある。あたしの断固とした拒否をなかったことにしやがったよ……。
「……雷星艦隊を出して見たものの全艦沈められ、飛空船を所有する有名どころの冒険者に依頼もして見ましたが、沈められたのか未だに帰ってきません」
運ばれてきた宝石酒をちびちび啜った。
黙っていれば渋い紳士なのに、なぜか口調と態度が小庶民なのよね、腐れの親友って……。
「帝国に上申して第三艦隊に出撃を要請しましたが、出てきたのは二艦のみ。いずれも帰還していません」
竜殺しどもも侮れば海の藻屑となるか。空王やら空将になるのに費やした時間やら費用を考えたらもったいない限りね……。
「どうしたものかと悩み、ゲオルに相談したところ、ロリーナが飛空船で冒険に出たと教えられ、まあ、こうしてきた訳です」
なにを白々しいと思うが、こーゆー腐れになにをいっても無駄。しかも、命令をお願いにする外道に反論するのも癪である。
「公爵はなんと?」
「承諾を得られるのなら全面的に協力すると申しています」
「それには報酬も入ってるのかしら?」
「退治して頂ければ」
成功しなければ払わない。死んだら死んだで次に回すってことか。なんとも冒険者に相応しい対応ですこと。この平和を愛する旅人に対してさ……。
懐から紙とペンを出して、細かく文字を書いて行く。
染めた方が早いのではと突っ込みを受けるくらいの"注文書"を差し出した。
受け取った注文書を読むと、なんとも困った表情であたしを見た。
そんな表情に構わず"報酬額"を書き込んだ紙を良い笑顔を見せながら差し出した。
「……も、もうちょっと負かりませんか……?」
「作戦はそちら任せですか? それともこちら任せですか?」
「もちろん、そちら任せです。が、公国にも予算というものが……」
そんなものあたしには関係ない。こちらを冒険者扱いするならこちらは雇い主扱いさせてもらうだけよ。
「作戦は失敗。尻尾巻いて逃げてきましたでも良いのなら引き受けますが?」
こちらは最初からやる気はないし、守る矜持もない。こっちは闇の世界から高額な賞金かけられてんだ、今更表からかけられてもどうということはないわ。
「では、報酬の方を……」
いい終る前に懐から十五ログ程の円筒を卓の上に置いた。
あたしはあたしのために生きると決めたときから己の終り方を用意してある。止められるなら止めて見るが良いわ!
「……昔は素直で良い子だったのに……」
失礼ね。あたしは今でも良い子ですよ。
「わかりました。用意いたします」
「ドンガメで行きます。門は開けててくださいな」
なんとも苦い顔をするグレントおじさま。
生き抜こうとする力は情報収集能力を高めてくれる。秘密の軍港くらい簡単に見つけられるのよ。
「では、二日後においでください……」
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