第26話

 昼食を済ませたあと、港北街にある『裏の商店街』へと向かった。


 大陸の玄関口ともなれば裏の商店街があちらこちらにある。


 あたしの調べでは大小混ぜて七ヶ所。今から行く処はセセレアでも一番の賑わいを誇る処だ。


 なんせ冒険商人から空賊まで相手している処だから品数が豊富。『三大悪』の次になんでも揃う処なのだ。


「ねーちゃん。裏街は高いよ」


 あたしの向かう先を理解したのかパルアが親切に忠告してくれた。


「行ったことあるの?」


「ああ。じーちゃんのを売りにな」


 なるほど。生活費はそうやって稼いでいたのね。


 天才とはいえシズミルは十三歳。この年齢に信頼する船乗りはいないでしょう。なら、烈鋼弾の百発でも売った方が効率的だわ。なんたってラ・シィルフィー号が余裕で入るような倉庫にぎっしり詰まっているんだからね。


「でも、良く入れたわね?」


 それなりの筋の者なら出入り自由だが、パルアのような子供が自由に入れる処ではないのだ。


「買い取り場所はそこだけじゃないからな」


 そりゃそうか。ご禁制をこんな処でやってたら護警隊ごけいたいに捕まえてくれっていってるようなもの。本当にヤバいものは"取引所"でやるしね。


 そうこうしているうちに裏の商店街に続く路上が見えてきた。


 そこには組合の者が二名立っており、一般人が入らないように選別していた。


「パルア、セルレインをお願いね」


「アタシも行きますっ!」


 法衣をギュっとつかんだ。


「あのね、セルレイン。何度も危険だっていってるでしょう。もう檻の中に入りたくないのならここにいなさい」


「行きますっ!」


 まったく、一度いい出したら聞かないんだから、この子は……。


 直ぐ済むとはいえ、これから行くお店は裏街でも特別で、技法師か魔導師級の実力がなければ入ることができない。短時間でも弱肉強食な場所に放り出すことになるのだ。


 あ、でも、あたしといるのなら危険は日常茶飯。ならば危険を乗り越える剛胆さを学ばさせるには良い機会かもね。


 懐から水色の耳飾りを取り出し、セルレインの右の耳たぶにつけてあげた。


「良い。死にたくなったら『フィーロ』と強く念じなさい。そうすれば半径三十メローグのものを消滅してくれるから」


 あたしの真剣な眼差しにセルレインはコクンと頷いた。


「うん。ではパルア、ちょっと待っててね」


「あたいも行くよ。生活費を稼ぐ場所を壊されたらたまらないからな」


 ぶっきらぼうにいうパルアだが、その心を知るあたしは笑ったりはせず、懐から甲殻の鞘(鎧化します)に収まったマグナの剣を差し出した。


「なら、これで守ってちょうだい。背中の剣では不安だからね。ちゃんと守れたらそれを報酬にするわ。いかがかしら?」


 どうするべきか悩んだもののすぐに決意を固め、両手で剣を受け取った。


「……必ず守ってやるよ」


 この決意した瞳を見ると、戦士というよりは騎士としての要素を感じてしまうわね。


「では、よろしくね」


 ──良い。ギリギリまで手出し無用よ。


(まさしく外道だな)


(あれは鬼畜っていうのよ)


 上空で漫才をするバカどもを睨みつける。


「なんだい?」


「なんでもないわ。じゃあ、行ってくるわ」


 あたしの行動に首を傾げるパルアに構わず裏街へと歩き出した。


 組合の人らに行先を告げ、路地へと入った。


 狭い路地を右に左に進むと、道幅三メローグ程の『北街裏通り』へと出た。


 全長は約四百メローグ。左右に六十軒程のお店が並び、裏人やら犯罪者やらが行き交いしていて繁盛していた。


「……人が多いわね……」


 セセレアで一番大きいとはいえ、公にできない街だ。いくら警護隊がここの存在を知ってはいるものの余りにも繁盛(犯罪が横行してるってことだからね)するなら取り締まりをせざるを得なくなる。それは、セセレアにとっても損失(ここもセセレアの経済を支えているのよ)になる。儲けすぎずがここでの暗黙の了解。表があるから裏で商売ができるのだからね。


 とはいえ、ここが潰れようが繁盛しようがあたしには関係ないこと。必要なら利用させてもらうし、なければ違う処に行くだけだしね。


 通りを六十メローグ程進むと、右手に空地が現れた。


 ちょっとした部屋くらいの空地には魔法陣が描かれており、横の看板には『何でも屋』と書かれていた。


 二年前、魔鋼機の材料を買いにきたときとなんら変わりがない。が、看板の前に団体さんがたむろしていた。


 人数は七名。どの顔も男臭く、修羅場を潜り抜けてきた雰囲気を纏わせていた。


 間違いなく飛空船乗りだが、着ている飛行服(もはや性能はないくらいボロボロになっているけどね)は帝国飛翔艦隊規定の"防護服"だ。


 高速機動の飛翔戦艦は、いつも気圧やら重力に悩まされている。防護服なしで乗ろうものならあっという間に空飛ぶ棺桶となるわね。


 ……ちなみにラ・シィルフィー号は気密防御構造で重力結界という古代の英知に守られています……。


 帝国軍人──ってわけでもなさそうだし、食うに困って空賊に転職したんでしょうよ。


 20隻以上沈めている船の責任者としては無視するのが一番。訝しむ団体さんの視線を無視して魔法陣の中央に立つ。


 呪文を唱えると、魔法陣が輝いた。


「──お姉さま?!」


「大丈夫。そこにいなさい」


 そういうと、セルレインが消え、粗末な椅子に座る老人が現れた。


「久しぶり、おじいちゃん」


 何でも屋の主人であり転移魔法陣を設置した老人(名前、年齢、一切謎なのでそう呼んでます)に挨拶する。


「やれやれ。今日は大繁盛だな」


「──なあ、じいさん。ライドラリー製のカルファ式風進機……」


 と、乱雑に積まれた商品の陰から中年男性が出てきた。


 あたしの目に狂いがなければその額に刻まれた紋様は『神の眼』。空を翔る最高の者に与えられる『空神くうしん』に与えられる称号紋だ。


 あちらさんもここに客がいるとは思わなかったらしく、あたしを見て驚いていた。


「風進機がどうしたって?」


 おじいちゃんの言葉に、見詰め合いの呪縛が解かれた。


「……あ、ああ。ライドラリー製のカルファ式風進機、あれだけか?」


「地下四階に新品がある。一基六千タムだ」


「格安なのはわかるが、もうちょっとまからないか?」


「うちの値段に不満があるなら他を当たれ」


 逡巡するもカルファ式風進機(制御用風進機でラ・シィルフィー号と同等の出力を出せるわ)が必要らしく、不承不承ながらも買うことにしたようだ。


「……四基もらうよ……」


 胸に取りつけられた多目的収納袋からマグナの板を取り出した。


 なかなか羽振りの良い空神さまだこと。ご利益にあやかりたいわ。


「それと、帝国軍仕様の防護服を八十着程欲しいんだが、あるかい?」


「寸法は?」


「そうだな。六十号が五着。七十号が三十着。八十号と九十号が二十着ずつ。残りは百号で頼む。あ、空帽も忘れずにな」


 数からして四~五隻。立派な艦隊ね。


「それはまけてやるよ」


「ありがとよ」


 おじいちゃんに挨拶を済ませ、どう見ても四十代の体とは思えない程颯爽と転移魔法陣へと進み、通りへともどっての行った。


 空を翔るのが本業の空神が何でも屋の門を潜るか。ならば技法師級の実力は持っているわね……。


「それで、お前さんはなにが欲しいんだ?」


 おっと。空神さまに気を取られて本来の目的を忘れてたわ。


「女性用の防護服を十着。四十号が八着。六十号が二着。帝国軍採用している緊急野外用品を六組。防護箱四十。浮遊型魔力増幅機を三十機。式幻六個。グリューネ魔石使用の核石弾を六発。キラキラ星を二十発。視界転送機を二十機。可能なら三十機。それと、二年前のを四十機。よろしくね」


 一気に注文を述べた。


 しばしの沈黙の後、深いため息を吐いた。


「……騎士バカといい悪辣賢人といい、お前らはうちの看板がそんなに気にいらんのか?」


 世にあるものとはいえ、どれも需要がないものばかり。看板に自負を持ってなければ絶対に取り扱わない品だろうよ。


「半値にしてやるから二日待て」


「はい。では、狂才宅に送ってくださいな」


 懐からマグナの板を五枚取り出し、卓に置いた。


 そして、あたしも颯爽と転移魔法陣で通りへと戻った。

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