第22話
鏡のような湖面に自分の姿を映した。
色白く小さな顔に大きな瞳。顔の作りに合った鼻と口。女にも見えれば男にも見える中性的な顔立ちをしている。
体格は細いが低くはないのが救いだが、やっぱり女にも見えるし男にも見える中性的な体格である。
……まったく、どちらかに片寄っててくれれば踏ん切りがついたのにな……。
「どうしたの? そんなあわれもない姿で」
湖面に片目片腕の女性が映し出される。
戦いに生き、戦いに傷ついても女の色香がまったく失ってない。さぞや燃えるような恋をしたんでしょうよ。
「愛しい殿方には逃げられたようですね」
湖面に映る女性が苦笑する。
「あなたも人の心を感じとれるの?」
「いいえ。あたしは人を見てるだけですよ」
奇蹟の姫のように感じる心もなければ解放する心もない。あたしにあるのは人を見る目だけよ。
「どう、違うのかしら?」
「王子と浮浪児って物語、知ってます?」
国を問わず種族も問わない、まあ、そこそこの文化のあるのなら普及している有名な童話だ。
「……え、ええ。大体は……」
幻術で王子と浮浪児を湖面上に創り出す。
「声も姿も同じ二人ですが、衣服が違えば見分けがつきます。でも、こうしたらどうです?」
どちらも立派な衣装に変化させ、位置を混ぜ返した。
「……わからないわ……」
「そう。同じものを二つ並べたらわかりません。けど、その人を見て、その人と会話すれば違いが見えてくる。どちらが王子か浮浪児かを、ね」
種族に関係なく環境がその人を作る。観察力と想像力、そして、沢山の人と触れ合っていれば誰だって見抜けるものよ。
「……隠せないものなのね……」
それ以上なにもいわず、悲しさだけを残して去って行った。
人世色々。シルビートさんの人世はシルビートさんだけのもの。自分でさえ乗り越えていない心に他人が触れるものではない。あたしだって乗り越えられずにいるんだからね……。
〈ロリーナ〉
続いて銀騎が湖面に映し出される。
〈せめて法衣だけでも纏ったらどうです。リィズだけでは不用心ですよ〉
「いいのよ。今は危険にさらされたいんだからさ」
山賊でも良いから襲ってきてくんないかしら。ムシャクシャしてたまんないわ。
〈八つ当たりされる方はたまりませんね〉
近隣の方々には感謝されるんだから良いじゃない。どうせろくな死に方しないんだからさ。
「……で、なんなの?」
〈捕獲した器材の積み込みですが、倉庫全てに収まり切れません。エルリオンもいっぱいです。もちろん、ドンガメもいっぱいです。残り三分の一くらいです〉
「お金は?」
〈ざっと七千万タム。第一格納庫に詰めてあります〉
金銭的には満足。でも、収納的には不満足。戦いばかりに場所とってんじゃねーぞ、こん畜生が!
「秘宝島に送るのもバカよね」
〈でしょうね〉
あの口振りからしてあたしの"金庫"からも奪ってるはず。三使徒は造れるだけのお金と物資はあったんだからね。
「しょうがない。次の秘宝島が見つかるまでシズミルのところで預かってもらいましょう」
預かり賃を弾ずめば許してくれるでしょうよ。
〈了解です。それと、弟子希望が二名きてますがどうします?〉
……二名……?
「シルビートさんのこと?」
〈いいえ。獣人の子供です〉
強くなりと思ってるセーラはくるとは思ってたけど、救出した中に獣人の子供なんていたっけ? 全然気がつかなかったわよ……?
〈一般捕獲房からの救出です〉
ここは、魔獣製造工場兼販売所。ならば"材料"も豊富なのも当然じゃないのよ。
〈どうします?〉
なにやらあたしに会わせたくない感じね。
「連れてきて」
〈……了解です……〉
応えはするものの銀騎はそこから動かない。
どうやら銀騎がそつなく警備態勢を敷いてくれたようね。ほんと、銀騎がいてくれて楽できるわ~。
しばらくして甲殻兵に連れられた二人が湖面に映る。
あたしは振り向かず、湖面に映る獣人の子を観察する。
記憶に間違いがないのなら半獣人──変獣系種族の『黒狼《こくろう
》族』でしょう。
黒髪に黒目。黒い尾。精霊エルフ族とは違う長い耳。着ている服は獣の皮で作った粗末なもの。珍しい種族ではあるが禁忌とされている種族でもなければ狩られるような特長的なものもない。
……この子が見た目十歳でなければ、ね……。
セーラは良い。十五歳とはいえ精霊術も魔術も心得ている。剣術だって知識だって並以上だ。そこら辺の三流戦士なら難なく倒せるでしょうしね。
「歳は幾つ?」
湖面に映るセーラが獣人の子を肘で突っ突いた。
「じゅ、じゅうです!」
やっぱり見た目通りか。もうちょっと上であって欲しかったわ。
「黒狼族は、もっと内陸部の大森林地帯からウィズラー神国端まで渡る種族。今の時期ならロード公国のはずじゃない?」
「……ア、アタシ、一族から逃げたから……」
まあ、どんな種族にも掟やら風習がある。今の言葉からして一族にいづらいから逃げ出したってことでしょうね。
「ちょっと変獣してごらんなさい」
「で、できない……」
小さい声で呟いた。
「できないっていうのは、したくないって意味かしら?」
「ううん! そうじゃなくて変われないのっ!」
「どういうこと?」
「……アタシにもわからない。生まれたときからそうみたいで、変わろうとすると体が痛くなるの……」
遺伝的か混血としての異変か、それとも封印されてるか……なんにしろ調べて見ないとわからないわね。
「ならいいわ。それで、一族を逃げ出したのはいつ?」
「……えーと、春が二回すぎたくらい……」
まあ、人と会話できるだけマシか。
「一人で生きてきたの?」
「うん。獣を狩ったり薬草を売ったりしてた」
自然の中で生きてきた割りには俗世間の生き方を知ってるじゃないの。
「あたしといると戦いばかりよ」
「はい、構いません!」
セーラが即座に答える。
「……ア、アタシもっ!」
遅れて……あ、名前なんだっけ?
いやまあ、後で良いか。今はそんな気分じゃないしね。
「じゃあ、着いてらっしゃい。銀騎。あとのことはよろしく」
〈了解です〉
「んじゃ、終り」
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