第14話

「ありがとうございます。やっと主に吉報を送れます」


 奇蹟の姫の代理人が金貨が詰まった皮袋十七袋を寄越し、立ち去ってからもしばらく動くなかった。


 奇蹟の姫と剣姫の冒険談が蘇ってくる。


 ルミナス王国で行われた聖闘戦。そこでマグナの剣を折った奇蹟。帝都で起きた魔術師反乱。グラニア王国復興。空中都市エディア浮上。たった十五年の人世で沢山の奇蹟を起こしたお姫さまたち。死ぬまで何回……いや、何百回起こすことやら……。


〈ロリーナ。転移終ったわよ〉


「あ、うん。ご苦労様。二人とも、忘れものないわね?」


「あたしは大丈夫。ネルは?」


「はい、大丈夫です」


 荷物一式。調理道具全部。ありとあらゆるものを転移させた。いずれ小島でも買って屋敷を建てたときに使うかもしれないからね。


 最後に皆でドロシー亭に別れを告げ、風騎が迎えにくる埠頭に向けて歩き出した。


〈ロリーナ。お客さんたちの食事が終りました〉


 銀騎から思念波が届く。銀騎の目の前にいるお客さんの映像も、ね。


「天騎、お願いね」


〈あいよ〉


 差し出された大きな手にお尻を収めた。


 小さく呪文を唱えると、睡魔にも似た感覚が襲いかかってきた。そんな気持ちがいい感覚が消えると、ラ・シィルフィー号の食堂に意識あたしが現れた。


 そこにはウインノス族の女性と黄金色の髪と深い緑色の瞳を持つ精霊エルフ族の少女(見た目は十四歳くらい)が食後のお茶を飲んでいた。


 ふむ。あたしが調合した活力剤入りの食事をしても顔色がよくならない、か。なかなか厳しい逃亡劇だったようね。


〈リィズ。ご苦労様〉


 精霊エルフ族の少女の下にある水溜まりから三メローグの水龍が現れ、少女の脚に擦り寄った。


〈あらら。あたしの立場がないじゃないの〉


 リィズの頭を優しく撫でる精霊エルフ族の少女。リィズに触れるまで5日もかかったあたしの苦労はなんだったのかしらね……。


「……船長で?」


 意識交換などウインノス族には理解できないだろうに、片目片腕の女性はあたしと銀騎が代わったことに気がついたようだ。


〈はい。ロリーナ・ファイバリーと申します。声だけの自己紹介はご容赦ください。体は後程紹介しますので〉


「いえ、こちらこそ朝のお礼を申し上げなくて失礼しました。わたしは、シルビート・スイン。流れの戦士です」


 ふふ。なかなか隙のない人だこと。ウワサ以上だわ。


〈"聖騎士"さまにこんなことをいうのは失礼でしょうが、腰の剣を見せていただけませんか?〉


「……随分と物知りのようで」


 断られるのを承知でお願いしたかのに、あっさりと剣を差し出してきた。


 失礼しますと断り、汚れた鞘に収まった銀色に輝く刃を抜き放った。


 ふむ。感触は伝わらないが、奇蹟の金属で"創られた"剣からは素晴らしい波動があたしの意識に流れてくる。まさに名剣だわ。


〈さすが聖騎士に与えられた剣ですね。確か、ユリウスの紋章は、聖エヴァーゾン騎士団。リグイは、疾風でしたっけ?」


「本当によくご存知で」


 さすが導きの神が守護する王国だけあって聖剣には神語を使うのか。帝国の聖騎士とは違うんだ。ふむふむ。


 脳裏に焼きつくほど観察してからシルビートさんにお返えした。


〈これまで多くのマグナの剣を見てきましたが、これ程の名剣は初めてですよ〉


「いい目をお持ちで」


〈いえいえ。それ程ではありませんよ〉


 基本、あたしの敵はあたしの財布だと思っている。なので、鑑定眼は自然と良くなるんです。


「ロリーナどの」


〈どのはいりません。ロリーナでも船長でも好きに呼んでください〉


「では、船長。お願いがあります。聞いてもらえますか?」


〈そうですね。敵が『三大悪』のどれかなら伺いましょう〉


 精霊エルフ族と捕獲者か出てくるとなれば、奴隷商の『グリクス』か魔獣屋の『ナイタル』のどちらか。彼の三大悪とはいえ住み分けはあるのよ。


「敵は『ナイタル』。願いは救出。依頼料はこれで」


 朗々たる口調で一本の短剣を差し出した──って、いいのかよっ!?


 差し出された短剣もマグナ製。ただし、ただのマグナではない。その短剣は聖騎士になった暁に国王から授与されるもの。聖騎士の証だ。誇りといっても過言じゃないモノを出すか、普通!?


〈よ、よろしいので?〉


「今のわたしは流れの戦士。頼れるものはこの剣のみです」


 ルミナス王国の聖騎士は他の国の聖騎士とは一味も二味も違う。あたしたち帝国人でいうのなら魔導師に当たる。誰それが簡単になれる才能ではないし、なるための努力は想像を絶する。その誇りだって他とは比べようもないくらい高いのだ。


〈どうして『ナイタル』を相手にしてるんです?〉


「精霊エルフ族救出は姫さまからの依頼。あと、魔獣にはこの目と腕の怨みから、ですかね?」


 ミナス帝国とルミナス王国は、魔王軍最大攻撃地点。戦いともなれば地獄そのもの。その最前線に立つ聖騎士は、数千の魔獣を相手しなければならない。が、ここ十数年、ルミナス王国は平和のはず、では?


「いかがかしら?」


〈いいでしょう。お受けいたしましょう〉


 なにはともあれこの出会いに感謝します。なんせ、聖騎士やルミナス王国の歴史を聞けるのだから。


 ムフフ。

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