第2章

第11話

 次の日、シズミルから借りた水上輸送艇で街にでかけた。


 操縦は、当分の食料品を買い込むパルア。あたしの護衛は、天騎と蒼騎。そのあたしといえばのんびり景色を楽しんでいた。


 小さな島が点在するセセレアは、自然の防波堤により海面は穏やかで透明度は帝国一。水面下では色鮮やかな小魚たちが泳いでいた。


「海も格別だこと」


 旅は内陸部と決めていたあたしには、セセレアの輝く自然は刺激が強すぎる。このまま海に沈んじゃいそうだわ~。


「ねーちゃん、落ちるなよ」


「──おっと、危ない危ない」


 本当に落ちてしまいそうな体を引き戻し、海上の景色に目を向けた。


 遠くの空に真っ白な飛行船が見えた。


 飛ぶではなく浮かぶといった感じからして、どこぞの貴族さまの遊覧船だろう。確か、セセレアには、貴族や金持ちの避暑地があったと記憶している。


「ふん! いいご身分だよ!」


 なにやらパルアが吐き捨てた。


「パルアは、貴族や金持ちが嫌いなの?」


「別に。なんの苦労も知らないで威張ってるヤツが嫌いなだけさ」


 言葉だけならよくある下級層の者にありがちなセリフだけど、感じからしてちょっと違うみたいね。


 烈鋼弾や空雷弾を積み込むだけで丸一日費やしたからパルアとの親交はないに等しい。それでも休憩時に色々話しかけたんだけど、どうしても心を開いてくれないのね。あたし、そんなに怪しいの……。


「ねーちゃん。見えてきたぞ」


 うるうるした目で、ひょういと船縁から顔を出した。


 セセレアの街並みが見えないほどたくさんの船が停泊していた。


「……あらら。想像以上に大変なことになってるみたいね……」


 これだけの船が停まっているってことは経済が留まってるってこと。至るところで被害が出てるってことだ。


 船と船の間、数メローグもない隙間を縫うように通り抜け、艇専用の桟橋に接舷させた。


 さすが海で生活しているだけあって見事なもの。羽毛が地面に落ちるくらい軽やかだった。


 パルアが音もなく桟橋に跳び出し、手慣れた感じで輸送艇を係留させた。


「あたい、昼までには終わるけど、ねーちゃんはどのくらいかかる?」


「あたしは時間がかかるから先に帰ってていいわよ。終わったら迎えにきてもらうから」


 答えながらあたしも輸送艇から桟橋に移った。


 あの腐れときたら、烈鋼弾の一発も入れてなければ皿一枚、ブラシ一つすら置いてないんだもん、思わず蒼い空を紅蓮の炎で染め上げちゃったわ!


「じゃあ、またね」


「あ、足止め喰らった水夫や悪党が転がってるから注意しなよ」


 パルアの心遣いに感謝の笑みを送り、髪を纏め、フードを深く被った。


 セセレアのような大都市には、『三大悪』の支部や二流の悪党どもの隠れ家が多くある。空賊やら盗賊やらを混ぜれば百は超えているでしょう。そんな馬鹿どもの半分──いや、半分以上には、この顔は知られている……から顔を隠す訳ではない。このセセレア公の手の者に見つからないようにするために顔を隠すのだ。


 昔、あたしに不埒なことをしようとしたセセレア公の馬鹿息子を"再教育"したらえらく気に入られてちゃって、馬鹿息子の嫁にってうるさいのよ。


 さすがに公爵の息子をうるさいからと排除するのは、世間的にも気分的にも憚れる。なのでなるべく近寄らないようにしてるのよ。


 まあ、そんなことはどうでもいい。買い物に集中せねば。


「んーと。まずは食器屋でも行きますか……って、そういえば、場所聞いてくるの忘れたわ……」


 まあ、適当に歩いてれば見つかるか。などと軽い気持ちで大通りを真っ直ぐ進んだ。


「うん?」


 歩き出して百メローグちょい。酒場や食堂が建ち並ぶ通りで、なにやら騒ぎが起こっていた。


〈まったく、物好きなんだから〉


 騒ぎの方向に足を向けると、幻術で擬装した蒼騎が嫌味をいってきた。


 まったく持ってその通りなので反論はいたしません。


「天騎」


〈はいはい〉


 小柄なあたしには人垣の向こうを見ることはできない。なので、天騎の大きな手に乗せてもらう。


「あらら」


 思わず口から驚きが漏れた。


 見るからに悪党の群れの中に超人種、ウインノス族の女戦士が立っていた。


 いやまあ、なにが珍しいと声をあげる方もいるでしょう。現に、パルアみたいな娘もいるし、向かいはウインノス族が占める大陸だ。それでなにが驚きかというと、そこの女戦士さんときたら右腕と右目がないのよ。しかも、その腰には、マグナの剣が差されてあった。


 三種の奇蹟の一つ──『精神金属マグナ』は、意志の強さで最強にも最高にもなる不可思議な金属なのだ。


 とはいえ、奇蹟ではあるが希少ではく、至るところでで採掘されてたりする。


 この不可思議金属は、鉄より低い温度で溶け出し、結構簡単に形を変えられる。だが、そこから精神金属マグナが精神金属マグナと呼ばれる由縁であり、意志で鍛えなくては鉄にも劣る強度なのだ。


 まあ、鍛えている方々には、語弊があるかも知れないが、簡単にいえば『硬くなれ』と念じると強度が増すのだ。


 強く念じれば念じるほど、強度は勝り、名剣とも呼ばれるくらいになると金竜の鱗すら切断するという。しかも、『魔を斬れ』と念じれば破魔の剣になるし、『姿を変えろ』と念じれば剣が腕輪になったりもする。


 あくまで簡単にいったらそうなるのであって、そのようなものにするには原理の把握や意匠の感覚がなければならない。


 精神金属マグナを鍛える者を『錬法師れんぽうし』と呼ぶのだが、そう呼ばれるまでには、魔導師級の実力と名工と呼ばれるような細工師の感覚がなければ精神金属マグナを鍛えることはできないのだ。


 マグナの剣を持ってるだけでも驚きなのに、柄頭に刻み込まれた雷花らいかを見せられたら誰だって驚くわよ。しかも、その片目片腕の女戦士の背後には、精霊エルフ族の少女がいた。


 その流れる血は不老妙薬の材料なるため、悪党やら権力者に狙われ、今では絶滅寸前とまでいわれている。


 そんな存在が欲望渦巻く街に出て来たら食べてくださいっていってるようなものだわ。


「……どうしても引けないと……?」


「引けないね~。そんな美味しい子がいるのによぉ~」


 群れのボスだろう小汚ない中年男がイヤらしく笑う。


 野次馬連中には、与太者かゲス野郎にしか見れないだろうが、何度も売られているあたしには、一流の『捕獲者ほかくしゃ』にしか見えない。


 ……ヤナ眼力がついちゃったわ……。


 片目片腕の女戦士さんにもわかるようで、囲む全てに注意していた。


 とはいうものの魔術を使えないウインノス族には少々不利ね。


「蒼騎」


〈お任せあれ〉


 掌に握り拳ほどの光の球を生み出した。


〈ほいっとな〉


 放たれる光の球───光魔弾が、結界魔術を構築しようとしていた髭面の中年男を吹き飛ばした。


 と、片目片腕の女戦士が消えた。


 見えるのは吹き飛ぶ男たちと銀線だけ。まさに"疾風"に相応しかった。


〈ロリーナ。うるさいのがきたぞ〉


 城がある方向から守備兵さんたちが駆けてくる。


「も~! おもしろいとこだったねに!」


 なんて怒っている場合ではない。さっさと逃げねば。


「リィズ。あの2人を助けてあげて」


 右腕に宿る水の精霊獣を開放させた。


 では、撤収っ!

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