第10話

「もはや要塞だな、ココは……」


 正面には二隻横列式で着岸可能。反対側は陸揚げ可能な造船施設。間には倉庫群と居住施設。各所にある侵入者防止用の結界塔。迷彩網に隠れた守護用魔鋼機団。並の軍港より厳重である。


〈いいんですか?〉


 操縦席に座るシズミルに気がつかれないように銀騎が思念波交信をしてきた。


(気にしない。この子に守れるような敵なら心配ないわ。もしきたのなら2度とこれないように燃やしちゃえばいいわ)


〈ロリーナの悪い癖ですよ〉


(いいじゃないの。こーゆー子は幻想記の主人公に持ってこいなのよ)


「おねえちゃん。補給や修理するなら陸揚げするけと?」


「そーね。じゃあ、お願い。後ろのドンガメは正面に入れるわよ」


 輸送船は速度が出ないからドンガメっていわれてるのよ。


「うん、いいよ」


「鋼騎。接岸させたら雷騎たちを戻して」


〈あいよ〉


 横にいたドンガメが港へと降下し、滑らかに桟橋へと接舷させた。


「へ~。凄い上手。あの子はどんな子なの?」


「技術工作型で技法師並の実力と風将ふうしょう級の腕があるわ」


 風将ってのは飛空船乗りの最上級の称号よ。


「技法師に風将か。凄いなぁ~!」


 もっと凄いのはこの子だ。


 操縦桿で飛空船を操るには、時間と練習が必用だ。昨日今日の操縦では真っ直ぐにも飛ばせない。なのにこの子ときたら離水技術も飛行操作も賞賛に値する腕前だ。下手したら中堅より上手いかもしれないわよ。


「シズミルも負けてないわよ。凄い操船技術じゃないの」


「えへへ。そ、そうかな~?」


 まんざらでもなさそうに照れながらも見事にラ・シィルフィー号を着水させた。


 そのまま水上を進み、陸揚げ機へと移動させた。


 横幅のあるラ・シィルフィー号をぴたりと陸揚げ機に着け、起動呪文を発し、造船施設へと陸揚げした。


「船体固定よし。おねえちゃん」


「了解。ラ・シィルフィー号、魔力炉停止開始」


 始動の三倍をかけて魔力炉が完全に停止する。


「魔力炉停止確認。お疲れさま」


「おねえちゃん。この船、外部接続凸ってついてる? うちの魔力炉と接続すると作業がしやすいんだけどさ」


「確か、あったとは思うけど、どこだったかしら? 鋼騎」


〈あとはこっちでやっとくよ〉


「わかった。お願いね。シズミル。鋼騎に任せるから相談しながらやって」


「うん、わかった」


 さて。なによりまずは要点確保ね。すぐにでも戦えるようにしないとゆっくり修理もできないわ。


「銀騎。対空戦用を中心に警備をお願い。甲殻兵は全部出撃ね。後はいつものように臨機応変で行きましょう」


 こちらを見るシズミルにウインクする。


「……ご、ごめんなさい。黙ってて……」


「気にしなくていいわよ。こんなの慣れっこよ」


 じゃないとやってらんないわ。


「……おねえちゃんって何者なの……?」


「職業は作家、兼この船の船長よ」


 やれやれ。しばらくドロシー・ライザードの名は封印ね。この体に一億タムなんていうアホみたいな賞金をかけられてるってのに、ドロシーまで賞金かけられたらたまんないわ!


「──シズミルっ!」


 と、拡声器からシズミルを呼ぶ声が発せられた。


 なにかしらと船橋から外を見れば、亜麻色の髪と亜麻色の瞳を持つ、どこからどう見てもウインノス族の女の子が、造船施設の操作室に立っていた。


 髪と瞳と魔力を除けばあたしら人魔族と同じ人間種。でも、随分とミナス語がお上手ね。全然訛りがないこと。


「出かけるなら一言いえっ! 心配するだろうッ!」


 どんな種族に能力差があり、誰でもが種族の名に当てはまる訳ではない。あたしら人魔族だって魔力の強い弱いはあり、誰でも魔術が使えるわけでもない。


 ウインノス族は戦闘に特化した種族といわれるが、それはルミナス王国やランティア帝国といった大国の騎士や戦士、まあ、戦いを専門としている者にいわれることだ。国の常で農民もいれば商人もいる。騎士や戦士だけでは国は回らない。


 なにがいいたいのかいうと、そのウインノス族の女の子は、戦いを専門とした女の子だってことよ。


 腰に差した長剣に機動力重視の革鎧。細いながらも均整の取れた肢体。その眼の鋭さ。人魔ヒュードゥ族の同年代の女の子では出せない気配を放っていた。


「ごめーん! なにもなかったでしょぉーっ!」


 シズミルも拡声器を使って返事した。


「なにかあったらあたいは死んでるよっ!」


 できそうな娘とはいえシズミルと同じ年齢くらい。並以上がきたらパクりと食べられちゃうでしょうよ。


「シズミルの家族?」


 親友なのはわかるけど、あの子のシズミルを見る目は家族を見る目をしている。


「うん! パルアとは小さい頃から一緒なんだ」


「そうなの。良ければ紹介してくれるかしら?」


「もちろんだよっ!」


 フフ。楽しみ。


〈また悪い癖〉


 ボソっと思念波を送ってくる銀騎ちゃん。


 よいではないか。あの子もおもしろそうなんだからさ。


 超人ウインノス族でありながらミナス語を話し、なにやら訳ありな雰囲気を出している。いいよ、いいっ! 悶えるほどおもしろわっ! こーゆー子がいるから作家も幻想記も止められないのよっ!


 船橋から操作室に移り、シズミルに紹介してもらう。


 名はパルア。歳は十三。生まれも育ちもセセレアっ子。六歳のとき、貧民街にある孤児院を飛び出してからの付き合いだそーよ。


「なかなか鍛えられてるわね。冒険者を目指してるの?」


「……う、うん。まあ、そんなところさ……」


 あたしを見る目が胡散臭げな感じ。どうしてぇ~~?


〈気温三十二度。闇色のローブに深緑色のマントをしてたら当然だ〉


 ドンガメにいる鋼騎が突っ込んできた。


「……変かしら?」


 シズミルに聞いてみる。


「え、あ、うん。ちょっと……」


「そーかぁ~。やっぱり白の方が良かったのかしらね」


〈誰も色を問題にしているわけではありませんよ〉


 と、銀騎が操作室の扉のところに現れた。


〈ロリーナ。捕獲した財の確認が終わりました。維持だけなら二年は平気でしょう〉


「ありがとう。じゃあ、十日ほどでいいかしら?」


〈そうですね。修理と補給に五日。慣らしに三日。最終点検に2日あれば十分でしょう〉


「ま、そんなもんかしらね。シズミル。余裕を持って15日お世話になるからいかぼどかしら?」


「え? あ、んと、いくらだろぉ……?」


 横にいるパルアに尋ねた。


「あたいに聞くな。お前が頭だろう」


「じゃあ、使用料は相場よりちょっと色をつけてで払うわ。だから烈鋼弾れっこうだんや核石弾かくせきだんなんかもわけてくれないかな?」


「……あ、あの、核石弾なんて……」


「『グロークス』最大の敵が核石弾の一つも持ってないなんて不用心過ぎるわ。それじゃ、機動兵団や魔鋼機兵団に勝てないじゃないの。あたしなんて核熱弾かくねつだんや滅死弾めっしだんなんか持ってるわよ」


 投光器から飛翔戦艦まで。


 この世の魔導機の全てを扱う『三大悪』の一つ。うちの子たちを造るのに材料をもらいに行ったら敵にしちゃったのよね。てへ。


「……おねちゃんっていったい……」


「見ての通り平和を愛する放浪作家よ。まあ、三大悪やら権力者を敵にしちゃってるけどね」


 なんともいいがたい目であたしを見ている。


 グレリコの孫なら三大悪の恐ろしさは理解してるはず。まさに泣く子も黙る腐れどもだからね。


「うふふ。ちょっと刺激が強すぎたかしらね」


〈ちょっとどころではないでしょう。怖がらせてどうするんですか〉


 シズミルの顔色が白から青に変わり、パルアの手が小刻みに震えている。まあ、気絶しないだけ立派ってもの。帝国軍ですら逃げ出す腐れどもなんだから。


「使わない武器なら売ってくれないかしら?」


 シズミルに優しく語りかけた。


 最初はおろおろしたりパルアを見たりしてたが、祖父の亡き後、ここを守っていただけあって心は強いのだろう。段々と顔色が元に戻ってきた。


「うん、わかった」


 しっかりと言葉を放った。


「おねちゃん、一度もおじいちゃんの悪口いわなかったもん」


「グレリコ・ローダーの名を出すときは賞賛の言葉しか出てこないわっ!」


 狂才きょうさいがいなければ六騎団ろっきだんの発想も出てこなかったし、今の自分はいなかっただろう。悪口なんて死んでもいえないわッ!


「うふふ」


 自分がいわれてるかのように喜ぶシズミルの横であたしは吠えぬいた。


「グレリコサイコー!」

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