第9話

 操縦桿を色々操り、水面を滑らせてると、上空であたしを守護する天騎が思念を送ってきた。


「なーに?」


〈四時方向から変な飛行艇がついて来るぞ〉


 小さく術式を唱え、防風窓の一角に後ろの風景を映し出した。


「あらら」


 思わず口に出したくなるほどおもしろい飛行艇だった。


 左右についてるのは、脚よね? なぜに飛行艇に脚が? ん? あの関節部、どこかで見た気がする? はて、どこだったかしら……?


 気になることは確かめる主義なのでエルリオンを近くの小島に接岸させた。


 上部扉から外に出た。


 あたし(たち)をついてのは確かなようで、脚つき飛行艇が着水態勢に入った。


 その飛行艇の素晴らしさを証明するかのような見事な着水である。


 飛行艇ではまず見ない姿勢制御用の風進機でエルリオンの横へとつけ、防風窓を開けた。


「…………」


 想像していた人物像から余りにもかけ離れていたもんで、出そうとしていた言葉が口の中で霧散してしまった。


 銀の瞳に白銀の髪。南国地方に生粋の北欧人種か。着ている服は、見たこともない飛行服……というよりは作業服って感じね。とても12.3の女の子が着るものじゃないわね。


「……こ、こんにちは、おねえさん……」


 緊張してるのか、口調も態度も固かった。


「はい、こんにちは。あたしになにか用かしら?」


「えと、お、おねえさん、左舷の風進機が壊れた船の人?」


「ええ。あたしの船よ」


 不本意だけどね。


「え? おねえちゃんの船なのっ!? すっ、すごぉおぉぉぉぉいっっ!!」


 拳を振り上げながら歓喜するお嬢ちゃん。なんなの、いったい……?


「おねえちゃん、アレ、星船型飛空船でしょう?」


 あらら。若いのに粋なこというじゃないの。


 飛空船にも星船型飛空船にも明確な決まりがある訳ではない。一般的には同じ括りだ。それを一括りにできないのは物好きか玄人だけだ。


「ええ。ラ・シィルフィー号っていうのよ」


「ラ・シィルフィー号かぁ~。いい名前だね。魔力炉は何式なの? 主力風進機ってどうして封印してるの? 速度ってどのくらい? おねえちゃんが造ったの? あたし、あんな密封型なんて初め──」


 興奮の余り飛行艇から海へと落っこちてしまった。


 だが、それで諦めるお嬢ちゃんではなかった。笑顔のまま自分の飛行艇へと這い上がった。


 ……なかなか根性があるお嬢ちゃんですこと……。


「お嬢ちゃん、どこかの工房で働いてるの?」


 このセセレア公爵領は、帝都に次ぐ飛空船工房があるところ。見習いならお嬢ちゃんくらいの子がいても不思議ではない。


「うん、まあ、働いてるいるというか、経営してるというか、あたし、第3級技法士だから……」


 そりゃ凄い。第七から始まる技法士免許に年齢制限はないとはいえ、十二、三の子が得られるほど簡単ではない。第四あれば飛空船は整備できるし、中堅層の実力だということだ。


「じゃあ、その脚つきの飛行艇はお嬢ちゃんが造ったの?」


「うん! そーだよ。──あ、あたし、シズミル。シズミル・ローダーっていうの」


 ローダー? って、あのローダーか?


「ねえ、シズミル。グレリコ・ローダーと関係あったりする?」


「おねえちゃん、おじいちゃんを知ってるの?」


 なんと、グレリコの孫かよ。それなら第三級にも頷けるわ。あの"狂才きょうさい"の下にいたら技法にも強くなるよ……。


「知ってるもなにも魔鋼機を造る者ならグレリコの名は避けて通れないわ。あたしも基礎からお世話になった口だからね」


 動く鎧から発展した魔法鋼鉄機人の需要と能力(と製造費)を飛躍的に高め、超一流の兵器にした歴史的人物だ。


「グレリコさんは今も息災かしら?」


 と、シズミルの笑顔が消えてしまった。


「……そっか。亡くなったのか。いつか人工知能について語り合うのを楽しみにしてたんだけどな……」


 自分で考え自分で行動する。その最大の悩みが脳ミソだった。


 これさえ解決できればあたしの六騎団……までとはいわないけれど、ジャンのよりは人に近い動きができるはずなのよ。


「おねえちゃん、魔鋼機に詳しいの?」


「天騎、降りてきて」


 上空にいる天騎があたしとシズミルの間に降りてきた。


「天騎、お嬢さんにご挨拶」


〈どうもお嬢さん。おれは天騎。支援攻撃型の魔剣士だ〉


 ラ・シィルフィー号を星船型飛空船という口ならこの天騎の素晴らしさも語ってくれるでしょうよ。


「……もしかして、人の脳を……」


 フフ。さすがグレリコの孫ね。人工知能の唯一の代用品を語ってくれたわ。


「ちなみにいっておくけど、この子たちの許可を得てるから」


 人工生命体とはいえ、その中には魂もあれば意思もある。生きたいという願いを条件にあたしの守護をお願いしてるのよ。


〈ロリーナ。ゆっくりしてないで停泊する場所を捜してください〉


 と、銀騎から思念波が届く。


 はいはい。わかりましたよ。真面目な銀騎ちゃん。


「ねえ、シズミル。この船団って、なにか意味があるの?」


「え? おねえちゃん、海獣退治にきたんじゃないの?」


「海獣退治?」


 なんだそれは?


「うん。セレイアとの航路上に謎の海獣が現れてね、定期便や商船が足止め喰らっちゃってるんだ」


「ふ~ん。それはご愁傷さまで。さぞやお困りのことでしょうよ」


〈薄情なものいいだな〉


 あたしの事情じゃないも~ん。


「ま、セセレア公爵にはお気の毒さまと送っておきましょう。ただでさえ空族やら海賊が涌き出てくるところなんだから」


「そうなの。レベリオとの航路上は空族や海賊が待ち構えてて、雷星艦隊が出たんだけど、全部落とされちゃったんだって」


 あらら。セセレア公爵自慢の雷星艦隊が全滅とは。なかなか羽振りのいいのがいるじゃないの。


「ん? そうなるとしばらく動けないってことか?」


 まあ、内陸に行けばいいのだが、船籍登録なんてしてない。あんな武装船で帝国領を飛んだら即、敵扱いされて戦争になっちゃうわよ。


「たぶん。でも、帝国第三飛翔艦隊がくるってウワサだから、以外と早いかもしれないよ」


 おいおい。いくらなんでもあの"竜殺しども"を呼ぶなんて、セセレア公爵はなに考えてんのよ?


 アレは帝都を中心に半径千リノの竜を根絶やしにした最強最悪の艦隊だ。しかも味方の被害など考えない。あんなのが暴れたらこの海は死の海になっちゃうわよ。


「ま、いいか。それもあたしの事情じゃないしね。けど、足止めされるのはキツいわね」


 竜殺しどもがくるとはいえ、一日二日で解決するとは思えない。六日七日もこんなところで足止め喰らっちゃたらたいした準備もできないわ。


「おねえちゃん、停泊するトコ捜してるの?」


「ん? あ、うん。そうなのよ。どこか知らない? 六十メローグ級の飛空船を二隻停泊できるところ?」


 贅沢をいえば技法屋(それぞれ得意分野を持った集団よ)がいて陸上げできる場所をお願いします。


「あ、あの、うちはどうかな? 港からは遠いけど、設備はセセレア1なんだ……」


 もしかして、呼び込みしてたのかな?


「キニル合金はあるかしら?」


「もちろん! 流体金属でも爆砕系空雷弾でもなんでもあるよっ!」


 ってことはグレリコが住んでた場所ってことか。ムフ。それはおもしろうだわっ。


「では、お願いしようかしら」


「はい! いらっしゃいませっ!」

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