第7話

「か~~っ! 久しぶりのお風呂は最高ね!」


 これで冷たい羊乳があれば文句ないんだけどな~。


 でもまあ、お風呂に入れるだけ幸せってものか。船とつくものにお風呂という贅沢品はついてない。なのに、海水濾過装置までつけてあるんだから趣味人のこだわりって呆れるわよね。


 頬を朱色に染め、腰に手拭いを巻いて食堂にくると、四人用のテーブルにパンと海鮮シチューが並んでいた。


 ぐぅ~。


 お腹の虫さんが早く食べさせろと文句をいっている。では、ご命令のままにっ。


〈ロリーナ。行儀が悪いですよ〉


 パンに腕を伸ばすと、岩をも砕く銀騎の手が遮った。


〈それに、敵がいないとはいえ無防備にも程があります〉


 おっと。あたしとしたことが大馬鹿でした。


 急いで船橋へと向かい、荷物の中から"いつもの装備"に"いつもの法衣"を纏った。


 知り合いに『お前は歩く武器庫か』と突っ込まれたが、こうして最初から装備して行くと、うん。まさしく武器庫だった。まあ、腐れに売られるごとに増やして行ったから当然といえば当然なんだけどね……。


「なんにせよ、いただきま~すっ!」


 万全の状態でテーブルにつき、銀騎が温めてくれた海鮮シチューを掻き込んだ。


〈ほら、溢れてますよ〉


 わかっちゃいるけど止められないってね。久しぶりに全力で戦ったから力が激減してるんです。


 まったく、烈火竜れっかりゅうの爪すら弾いた甲殻鎧を纏って大技を連発したのに、あの腐れに全然効かないんだもん最後の手段──集束弾(核石弾の最上位版って感じね)を喰らわしたのに負けちゃうんだからたまんないわっ!


〈怒りながら食べると消化に悪いですよ〉


 差し出された葡萄酒を一気に呷った。


「──! 美味しいじゃないの、コレ。まだある?」


〈どうやら渡りの空賊だったようで大量にありました。それよりこれからどうするのですか?〉


「銀騎はどう思う?」


 あたしの肉体から造られたとはいえ、銀騎はもう別個体。思考も価値観も同じではない。見るところ感じるところが違う相手との会話は新たな発見に繋がるのだ。


〈あの人が冒険をさせるために高価な船を与えるわけがありません。なにかあるのは確かでしょう。ですが、あの人の思考はわたしには理解できるところにはありません〉


 あたしに冒険させるなら六騎団の誰かを改造して監視させればいい。空を翔たいならそこそこの飛空船で充分。こんな戦軍艦並の飛空船なんて与えられたら戦争するしかないじゃない。それとも空賊王にでもなれっていうのかしら……?


「なんにせよ目的がわからないでは反抗もできないわね。くれるっていうなら素直にもらっておきましょう」


〈維持費が大変ですけどね〉


 ううっ。それはいわないでよぉ~。


 とはいうものの星船型飛空船(世間では飛翔艦って呼ばれてるわ)を維持するなると莫大な資金が必要となる。


 まずは飛ばすための『魔石』だ。


 この三種の奇蹟を一つを買うのに安くても百万タムかかる。


 わかりやすく家族構成四人の一般家庭で例えるなら1年分の収入になるわ。


 で、魔石一つで星船型飛空船なんて飛ばすのは無理。飛び立つだけで1つ消費しちゃうわ。最低でも魔石は十五個。戦闘を目的にするなら三十個は必要よ。安全を考えるなら予備で十個は欲しいわ。もうそれだけで個人で持つものじゃないってわかるでしょう。


 で、次は人件費よ。


 ラ・シィルフィー号の船橋には、船長席、操縦席、監視席、支援攻撃席、航法席がある。この席を埋めようとしたら帝国飛翔艦隊から大金出して引っ張ってこなくちゃならない(まあ、無理だとは思うけどね)。


 それに船を掃除する人。資財を管理する人。整備する人。戦闘する人。それらの胃袋を守る人。それらを雇うだけで中流伯爵くらいの稼ぎがないとならない。


 まーね。それくらいなら"ドロシー・ライザード"の稼ぎでなんとかなるけど、幻想記での稼ぎは別のことに使用さているから一タムも回せないのよね……。


「星船が発掘されて数百年。なぜ一般的にならないか痛感させられたわ……」


 持ってみてわかるこの辛さ。できれば一生知りたくなかった。


〈左舷風進機大破。修理にどれ程かかることやら〉


 なるべく見ないようにしてたのに、いぢわるな銀騎ちゃんネ!


「空賊のお宝はいかほど?」


〈ざっと見ですが、六千万タムかと〉


「鋼騎」


 値踏みしている鋼騎に思念波を送る。


〈……なんだ?〉


「どんな感じ?」


〈ん~そうだな。その船と規格が違うから代用は無理だが、売るならまあまあじゃないか? 風進機、装甲版、空雷弾、烈鋼弾、送信線、結晶版、計器類は、一般に出回っているものだから売れるだろう。ただ、魔力炉はダメだ。魔眼航法が組み込まれているからオレではどうにもできんな」


 解体ならあたしでも鋼騎でも可能だけど、魔眼航法の入力や改造となると話が違ってくる。


 数百の魔術を操るあたしでも三十人もの技法師が何十日もかけて何千もの魔術を組み込んだものを理解できる訳がないわ。


〈でもまあ、試しには丁度いいだろう。式組を転写するくらいならオレとロリーナでなんとかなるからな〉


 ぽん。鋼騎ちゃんったら賢いじゃないの。


 あの腐れが自爆式組だけ入れているなんて考えられない。もっと難解で悪質な式組が仕込まれているに決まってる。それを調べるにはもってこいだわ。


〈問題は、どうやって持って行くかだ?〉


「輸送船だけ持って行きましょう」


 正直いえば全部持って行きたい。けど、今のあたしにはラ・シィルフィー号だけで精一杯。その点、輸送船は運ぶのがお仕事。戦いに出すんじゃなければ操縦員一人いれば充分。維持費もそれほどかからない。荷物置場にも使える。少々無理しても損にはならないわ。


〈だが、全部は積めんぞ〉


「食料第一。魔力炉第二。他は高い順に。輸送船なら飛ばなくても進めるから沈まない程度に詰め込んでよ」


〈搭載艇はどうする? 新しくはないが結構性能良さそうだぞ〉


「捨てたくはないけど、捨てて行きましょう。入れるトコないしね」


 自由を愛し、束縛を嫌う女神には三人の使徒がいる。からって、ラ・シィルフィー号にも当てはめなくともいいじゃない。ただでさえ限られた空間を活かさなくちゃならないんだからさ~。


〈捨てるって、誰かの頭を甲殻鎧に移すなり座席を取っ払うなりすればいいだろう〉


 あ、そういえばそうだった。六騎団を設立してから魔術の勉強に集中してたから忘れてたわ。


「ならそれで行きましょうか」


〈あいよ。攻撃艇が二艘。突入艇が一艘。誰にする?〉



「攻撃艇には雷騎と蒼騎。突入艇には風騎ね」


〈にゃ~っ! そんなのヤだ~っ!〉


「座席も安くないし、甲殻鎧でいきますか」


〈あいよ〉


〈嫌だっていってるでしょうっ! 無視しないでよっ!〉


 無視です。


 さてと。お腹も膨れたし、あたしも働くとしますか。ラ・シィルフィー号の操作法から性能と、やることはいっぱいあるんだからね。


「銀騎。生き残りの始末と積み込みが終わったら魔進機は封印。水進機で航行させて」


〈了解です〉


 やれやれ。こんなことなら腐れの書庫から式組関連の本も奪っておくんだったわ……。

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